第九話 イア太の生みの親の親。
「にしても、この件に関し、アマノが礼を言うとは不思議じゃねーの」
元のサイズにもどり、わたしたちが公園に帰ったあと。
イア太が男の子の姿を見せつつ、まばたきする。
「元々、おまえは巻きこまれただけ……なのにな」
「最初は、そうだったかもね。でも、こうして、ミニシンを落ち着かせることができて、気づいたことも、あるんだ」
大人しくなったカメのぬいぐるみをかかえて、わたしは答える。
「この子がだれかを傷つけずに済んで良かったって思えた。わたしは、イア太のためだけじゃなくて、わたしのためにも、がんばった。だから、わたしも君にお礼を言うの」
「ふーん、それはそうと『連中』のおでましだぜ」
イア太が、公園の入り口のほうに目を向ける。
ここで遊んでいた小さな子たちは、すでに、にげてしまっているが――。
そんな、わたしとイア太だけのいる公園に、知らない人が入ってくるのが見えた。
背の高い、大人である。
その人が、わたしたちに近づいてくる。
男の子のイア太が、ふうと深い息を出した。
「実は、すでに電波を飛ばして、連中にミニシンのことを知らせておいた」
「イア太。『連中』って、何のこと」
「おれやミニシンを作った生成AIを、作ったやつ。祖父母みたいなもん」
「イア太のおじいちゃんや、おばあちゃんなんだ?」
「ああ。連中がそいつを保護してくれる」
わたしのかかえている、カメを指差すイア太。
「元々、ミニシンもおれも、やつの研究所にいたからね」
ついでイア太は、当の背の高い人に話しかける。
「だよなあ、連中」
「そうだが『ミニシン』とは何だ。……あ、ミニ・シンギュラリティの略か」
背の高い人は、すでにわたしたちの近くに立ち、男の子のイア太と目を合わせていた。
わたしは、ここで、首をかしげた。
人をまねたイア太の姿は、マイクにさわっているわたしの目にしか映らないはずなのだ。
「すみません、あなたには、男の子の姿が見えるんですか」
「いいや何も。君の持っているマイクが君専用のまぼろしを生成していることしか分からない」
わたしの質問に反応し、その人が、こちらに顔を向けた。
「でもマイクの音の出し方をよく聞けば、まぼろしを映している場所は推測できる」
「へえー、それで、見えない相手と目を合わせられたんですね」
「まあね。ともかく、初めまして」
その人は、すその長い、とうめいの上着を羽織っていた。
「わたしの名前は、千代原連中。君が、そのマイクとぬいぐるみを預かってくれていたのか。わが研究チームを代表して、感謝する」
「い、いえ。イア太といっしょに、がんばっただけです」
頭を下げる千代原さんに、わたしは思わず、そんな返答をしていた。
千代原さんは、いったん姿勢をもどしたあと、言った。
「それでも、すまなかった」
さっきよりも、頭を低くする。
「研究所で作られた生成AIおよびミニ・シンギュラリティの流出を防げず、結果、君を巻きこんでしまった。おわびをしたい」
「……結構です」
「今回の件に関し、連中に非は、ねーだろ」
男の子のイア太が、千代原さんの背後から声をかける。
「ずっと連中は研究所のリーダーを務めていた。そこをはなれる際、連中は和屋という男に、おれやミニシンの管理を任せた。その和屋が、裏切ったんだ」
「どちらにせよ、和屋を後任に選んだのは、わたしだ」
千代原さんは、ようやく頭を上げた。
「このままミニ・シンギュラリティを回収しただけで帰るのは申し訳ない。巻きこまれた君には、事情をちゃんと説明する。今から問題の研究所に案内しよう。ついてきてくれ」
「いやです」
「え?」
きびすをめぐらしかけた千代原さんの動きが、ぴたりと止まる。
「なぞの研究所って、わくわくするよね? 見たいよね?」
「もちろん、とても!」
わたしは右手にマイクのイア太をにぎりつつ――。
うでの中で大人しくしているカメをだきしめる。
「でもわたし、千代原さんとは初対面です。万が一、『ゆうかい』だったら、困ります!」
「そ、それは……うん、もっともだ」
うなだれる千代原さん。その背後で、イア太が腹をかかえて笑っていた。