KOK idea K 6602
茂は自然な動きで、出かける準備をはじめた。
「どこに行く気……?」
美沙子は震える声で尋ねた。
「…… ……」
それに対して茂は反応を返さず、リュックに適当なものを詰め込んだ。
「無理だよ!! 山手線関係なくなっちゃったもん!! イラン!? アルメニア!? どうやっていくのよ!!
やめよう! 馬鹿馬鹿しいよ!!」
「……知ってるよ。知ってたよ。
そもそも必死になってる人間を、高いところから覗いて楽しんでいるんだっていうのは、感じていたよ」
茂は、パソコンに KOK idea K と書いた。
鉄道会社が催した、謎解きイベントの名だ。
茂は一行下に、こう、書き加えた。
KOKKeida
「滑稽だ。……だとさ」
「わかってるならなんでやるの!? 」
「滑稽でも、解いたらハワイに連れてってもらえるんだろ?」
「そのためにブラジルとかイランとか……なんか危険そうな場所を回るわけ!?
おかしいよ!!」
「そうだな。……お袋のためじゃない。自分のためさ。わかってるよ」
「茂のためにもなってないよこんなの!」
すると、茂の顔は、『悪役』っぽい表情から、数年前の真面目で一生懸命な弟の顔に戻っていた。
「姉貴、俺はわかったんだ。謎を解くことが目的じゃない。
俺は……充実したかったんだ。
自分に都合の悪い現実に、不満を言うことは簡単だ。嘆くのも簡単だ。
でもそこには何も生産性がない。ただ不満を吐いて、食うものを食って、デブになって死ぬだけだ」
茂が楽しそう。それは嬉しいことなのだが、なんだか突然遠くに行ってしまうような気がして美沙子は思わず茂の腕を掴んだ。
「目の前のタスクに集中すること。
来月までにどうこうじゃないんだ。そして、目標が達成できなかったことに落ち込むのも違う。
『やることがある』それがなんなのかはわからなくても、そのことだけに向き合う。
充実した人生って、こう言うことじゃないのか……?
ハワイ……?それも楽しいだろう。
でも本当に楽しいのは、ハワイに行くために努力をしてる今さ。滑稽だよな本当」
そして茂は、美沙子の腕を振り切り、カビている部屋を後にした。
美沙子は当然追いかけようとしたが、こんなに楽しそうな茂を見たことがなかった。
最後に茂は振り返った。
「ちょっと行ってくる。帰りは遅くなる。
……でもハワイをプレゼントするよ」
最後に微笑んで、茂はそれ以降、美沙子と顔を合わせることはなかった。
遠くで、「行ってきます」の声が聞こえた。