Get ratchet
ダークウェブというのは、特別な手段を持ちいらないとアクセスできない、
匿名性の高いネット空間のことを指す。
なぜそんなものが存在しているかというと、
陽の部分に目を向ければ、政治活動、機密情報、ジャーナリストが弾圧を避けるための通信手段。
逆に影の部分は、ダークウェブは麻薬取引、違法ハッキングツールの取引、他人の個人情報売買に使われる。
「なんで茂は、これがその……『ブラックウェブ』だと思ったの?」
「……ダークウェブな」
帰路の電車の中で、茂も美沙子も、ソワソワしていた。
これは明らかに常軌を逸している。少なくとも、
忘れてはいけないのはこれは、単なる鉄道会社の謎解きイベントなのである。
ダークウェブにまで潜らないと解けない謎解きイベント。斬新すぎる。
二人は鉄道に乗りながら、事の異常さに困惑していた。
「……決め手から話すと、このキャラクターだ」
茂は、スマホに撮影した、例の馬と鹿の合いの子のキャラクターがスープを飲んでいるイラストを開いた。
「こいつ、見覚えあるだろ?」
「え?……うん。さっき出てきた、喋り方がおかしな生き物だよね」
「QRコードの画像がフェイントなのさ。正解は、この画像をまたアウトゲスプログラムで解析しないといけない。
このキャラはアウトゲスを使え、という合図を伝える役だろうな。」
「ああ、そういえば『アウトでゲスよ』って言ってたの、このキャラだったね。
でもそれがどうして、『マッドウェブ』につながるの?」
「ダークウェブな。 ……このスープだよ。
ダークウェブのアドレスは、もちろん『.com』や『.jp』なんて用いられない。
一般的には『.onion』が用いられる」
「……オニオンスープ……ってこと?」
「わからないが……、
そう考えるとQRコードが読み取れない、なんてことの説明がつくと思わないか?」
美沙子は、また影の世界に向かおうとしている茂を見て不安を募らせた。
こんなことは自分の望んだことではない。
……いつの間に茂はこんな知識を身につけていたのだろう?
悪いことに関わったりしていないだろうか?
「ねえ、茂……もうやめない? あんまり面白くないよ。このゲーム」
そう言われると茂は一瞬うつむき、
「……お袋たちをハワイに連れてってやるんだろ?」
などという。
茂なりに家族の役に立とうとして、歯止めが効かなくなっているのだろうが、その事実ですら美沙子には悲しく思ってしまった。
未来につながる何かに一歩踏み出して欲しかっただけだったのに……。
二人が家に戻った頃にはすでに陽が傾いていた。
両親は、何度も家を出入りする姉弟を不思議がった。
茂は、ただいまも言わないで自分の部屋に駆け込んだ。
「……どこに行ってたの?」
母親が美沙子に話しかける。
「銀座。なにもしないで帰ってきたけど」
「なに? あんたたちは何をしているの?」
「……よくわからないんだよね」
「危険は、ないのよね?」
「それも、よくわからなくなってきた……
でも、茂はやる気みたいよ」
「あ、そう……」
なら、いいんだけど、という言葉を、母親は飲み込んだ。
美沙子は、もはや謎などどうでも良かったが、茂を放っておくことができず、
茂の部屋に入って行った。
相変わらずひどい匂いだ。こんな部屋に2年も閉じこもっていたら、私だったら体を悪くする……
美沙子はドアを開けて換気をした。
普段ならここで激怒する茂だが、そんなことですら気にしなくなっており、
目の前のタスクに集中していた。
その姿は、明らかにハッカーや、社会に後めたいような人間にしか、美沙子には見えなかった。
「茂……?」
「『出てきた』!!」
「え……」
茂のパソコンのモニターには、茂がスマホに撮影した画像をアウトゲスプログラムで解析した画像が出てきた。
そこには……
『you are an idiot. Get ratchet. KOK idea K 6602.onion』
と出てきた。
茂は専用のツールを使い、アドレスにアクセスすると……次に現れたのは、ランダムな数字だった。
「茂! もうやめよ! これはやっぱ変だよ! 」
「シッ!! …… …… …… ……この数字は……座標?
数カ所の座標だ」
「え、なに?」
「…… ……日本だけじゃない。 この座業は……台湾、中国の長安、……ロサンゼルス、そして……メキシコ?
……これはブラジルのどっかか?
これはイランのあたり…… 、こっちはアルメリア……? 最後のはよくわからないな。でも、どこかの小さな島だと思う」
「まさか……そこに行けっていうの!?」
「……Get ratchet……つまり『がんばれ』って意味だな」