dark web
茂は、美沙子の推理に完全に納得したわけではないが、他にとっかかりは無さそうだった。故に、
再び電車に乗らなくてはならなくなった。
茂は山手線が嫌いだ。出口と入口がくっついている生物を想像するだけで吐き気がする。
どうやら茂がやる気を無くすと、美沙子の元気が出てくるようだ。
これがうまく出来てるのか、腹立たしさに拍車をかけるのか……茂は複雑だった。
二人は有楽町駅を降りた。
目的地である銀座2-5-6は、確かに近くだった。
人が多い。どの人も茂とは違って、不安さを微塵も感じない表情をしており、
人生を謳歌しているように思えるのは、『銀座』という名前からくる偏見だろうか。
それを直訳すると『シルバー・シート』になるってんだから、いい皮肉だと茂は感じた。
あたりは個性的な建物が立ち並び、そのどれもが自己主張してくる。これでは、
渋谷や新宿とどう違うのかなんてわからなかった。
違いは、二人とも『銀座』にはあんまりきたことがないことだ。
「いーーーてててて!!!」
茂は耳を塞ぎ出した。
「あ、大丈夫!?」
「……だから嫌なんだよ! 山手線沿線は!!」
茂の耳は子供並みに若い。つまり、
ネズミよけのモスキートーンが聞こえてしまうのだ。
それは千枚通しのように茂の耳を突き刺し、脳みそに響いた。
ネズミよけがあるなら書いておけよ!! と茂は町中に訴えたかったが、世間はマイノリティには厳しいのだ。
銀座、2ー5ー6についた。
「……まあ、すぐには見つからないよね」
あまり期待はしていなかったが、当たり前のように現実の壁は高かった。
あたりをうろつけども、まず2-5-6に建物などないのだ。
……間違いか……。
……なんだ現実の壁って。これはただの遊びじゃないか。
「……喉乾いた」
体力のない茂はすでにへばっていた。
ちょうど、大きいビルに囲まれた駐車場があり、
自販機が何個か並んでいた。
このむしゃくしゃした居心地の悪さを炭酸で流し込んでしまおうと、茂は自販機で飲み物を買い、
空な目でビルの壁に寄りかかった。
そして駐車場の方を眺めていると……目の端に見覚えのあるものが写った。
車が止まっていたらわからなかっただろう。駐車スペースのアスファルトの上である。
数分前まで見続けていた、馬と鹿の合いの子のようなキャラクターが笑いながらスープを飲んでいる絵が、まるでバンクシーの絵のようにその場に馴染んでいた。
隣には、QRコードのようなものまである。
ちなみに茂の視力は両目とも2.5である。
茂は持っていたジュースを乱暴に床に投げつけ、目の前の金網をよじのぼった。
「茂!?」
横で見ていた美沙子は、あまりにもの茂の豹変ぶりに驚いた。
茂は金網を乗り越え、絵の近くのQRコードをスマホで読み込んだ。
「あってたの!? ねえ!!」
美沙子の問いかけに答えず、茂は険しい顔をした。
「……読み込まないな……こんなサイトは存在しないみたいだ」
「え……どういう……」
金網を挟んで千代子はまた、弟が「悪役っぽい顔」になっているのを恐れた。
「……」
茂は、地面のQRコードを写真で撮ると、立ち上がる。
「姉貴、帰るぞ」
「なに!? なんなの!?」
「……QRコードに接続しても、サイトが出てこないのは、
サイトがないからか、
サイトを覗けないからさ」
「???」
「スマホのブラウザじゃ開けない、ダークウェブって意味だよ!!」