Call this number
茂の足が速い。
朝の、親の行事に無理やり付き合わされている子供みたいな様相からすると別人になっていた。
美沙子にはそれが良い兆候であるとも思えるし、なんだか不安すら覚えてきた。
茂は、家に着くまで一言も喋らなかった。
茂は家に着くなり自分の部屋に駆け込んだ。
「あ、ちょっと茂!!」
心配になったのは両親も同じである。
特に母親は小声で帰ってきた美沙子に話しかけた。
「帰ってくるの早かったね……?」
「違うの」
美沙子の心の中には期待と困惑が同席していた。
「この謎解きイベント、何か変なの」
「変?」
「まだちょっとわからないけど……でも任せて。
茂やる気出したみたいだから。ハワイ旅行もゲットできそうだよ」
そこまで聞くと、母親は意外そうな顔をした。
「危険がないなら、いいのだけれど……」
美沙子は、茂の部屋に駆け込んだ。
部屋はカーテンが閉め切っており、埃とカビと、食べ物が傷んでいる匂いが漂っていた。
その中で、茂が唯一の灯りと言っていいパソコンのモニターを取り憑かれたように眺めている。
「ねえ、茂……?」
「……」
茂は返事をせず、何かのソフトウェアを立ち上げていた。
「茂ってば。何が『わかった』の?」
美沙子はそおっと茂の後に回り込むと、
茂は迷惑そうに、スマホを見せた。
そこには先ほど目にした馬と鹿の合いの子のキャラクターが、あかんベーをしているイラストと、
『アウトーー!!
引っかかったでやんすね?」
これはトラップでゲスよ!!』
という、イベントにしては客を馬鹿にしているふざけた文言が書いてあった。
もちろん、美沙子にはなんのことだかわからない。
「つまり、『神田』はハズレだったってことでしょう?」
「ハズレならわざわざあんなもの用意するかね」
「ハズレじゃないってこと?」
しつこい美沙子に、茂はため息を一回ついて、文章を指差した。
「これだよ! 『アウト』と『ゲス』だ!」
「……うん?」
「『out guess Program』 画像解析ソフトだ」
説明されても、美沙子にはなんだかわからぬ。
「暗号解読だよ! 『ステガノフラフィー』っつって、
スパイとかジャーナリストとかが、画像とか音声の中に文章を隠してるんだ!」
「……ごめんよくわからないけど……考すぎじゃない?」
美沙子は、毎年この鉄道会社のイベントに挑戦している。
しかし、暗号解読ソフトを持ち要らなければならないイベントなんて、聞いたこともない。
そんな現実を受け入れられなかった。
「思ったより『ハワイ』は遠いな。
……でも、困難な分、ハワイより楽しいかもしれないぜ…… ……ほら! なんか出てきた!!」
「え……!! ……嘘…… ……」
美沙子は、まだ目の前の現実を信じきれなかった。
本当に文章が現れたのだ!
『Next clue: Call this number - 000-010010-111000』
美沙子は眩暈がした。弟がハッカーみたいに見える。
この2年間で弟は何を蓄えていたのか心配になってきた。
「コール、ディス、ナンバー? これ、電話番号なのか? 」
と、言い終わる頃には、茂はスマホに番号を入力していた。
「えー、やめようよ。偶然だって。こんなのおかしいもん……だいたい、こんなの電話番なわけ……」
「し!!……繋がった……!!」
「え」
茂の受話器口から、無機質な機械音声が流れた。
『イ イ ダ くん。 よくやった。
疲れたなら楽をして、優先席に座れ。
そして、この電話番号が書かれている画面に隠されている二つの素数をかけて頭三桁を三つに区切れ。
そこで待っている。 キングオブキング アイデア6602』