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「あれが、森の民。なんでこんなところに」
「なんでもカルベリア公爵夫人のご厚意らしい」
翌日の入学式。
アシーナはベルと共に、講堂へ向かう。
「ロナルド様の婚約者?あれが?」
「あ、でも一人は可愛いかも」
その途中、二人の耳に話し声が飛び込んでくる。
視線は侮蔑、興味本位、好意的なものは感じられなかった。
「ベルは可愛いって思われていていいな」
「別にあいつらに思われても嬉しくないよ」
アシーナの言葉にベルは顔を険しくさせるだけだ。
それも可愛いなあと思いつつ、アシーナは前を向く。
「おはよう!アシーナ」
金髪碧眼の美青年がさわやかな笑顔を浮かべて、講堂の前に立っていた。
金色の髪は光を浴びてキラキラしている。
「うわ、ロナルド様」
心の声が漏れてしまい、挨拶よりも先に口から出る。
「ひどいなあ。アシーナ」
アシーナは好かれるつもりはないので、無言のまま。ベルの態度も同じだ。
「何か御用ですか?ロナルド様」
しかし彼女の前に立って、ベルは尋ねる。
「さすが侍女候補だね。だけど、私に対して少し失礼だ。まあ、いい。私の友人を紹介しようと思ってね。フォルナンデ伯爵子息のルーカスだ」
「おはようございます。アシーナさん、ベルさん」
紹介されたルーカスは物腰が柔らかい。微笑みは天使のよう。青色にも見える銀色の髪は光できらめき、紫の色の瞳は宝石のようだった。
「おはようございます。ルーカス様。私は森の民のアシーナ。そして私の幼馴染のベルです」
アシーナだって丁寧な言葉は使える。ロナルドと違って、ルーカスに嫌われる理由はないので笑顔で対応する。それに驚いたのはロナルド、ベルも意外に思い、彼女を見てしまった。
『たまには礼儀正しくしてもいいでしょ』
なんだか照れてしまい、アシーナはベルにだけ聞こえる声で言い訳した。
ベルはちょっと面白くないと思いつつ、再び前の二人に視線を戻した。
「よろしくお願いしますね」
ルーカスはそう言って手を差し出してきた。
アシーナは迷ったが、手を握り返す。
「柔らかい」
触った感触が思ったものと違い、アシーナは思わず感想を漏らしてしまった。
「よく言われます。私は軟弱子息ですから」
「ルーカスは運動嫌いだからね」
ルーカスは苦笑し、ロナルドが唇の片方を釣り上げて微笑む。
「ロナルド様。新入生の代表挨拶があるのではないのですか?」
そんな会話に敢えてベルは割って入った。
「本当、君は失礼だよね。そうだよ。じゃあ、アシーナ。またね。ルーカス行こう」
「はい。ロナルド」
ロナルドは笑顔で手を振り、ルーカスは軽く会釈すると講堂の中に入っていった。
その後、アシーナとベルは前よりも更に嫉妬交じりの攻撃的な視線に晒されることになる。
「本当、僕はあいつが嫌いだ」
「わざとかな?だったら性格悪い!」
「うん。絶対に性格悪いと思う」
ベルは確信をもって宣言した。
もし配慮できる人であれば、貴族の令息や令嬢に囲まれた森の民がどんな風に見られるかわかり、人目の多いところで声を掛けたりしないはずだった。
それをしないということは、アシーナのことはどうでもいいと思っている。
嫌われる第一歩なのでいい兆候なのだけれども、好意的でない視線に晒されるのは気分が良いものではなかった。
早く森にもどりたい、アシーナは心底そう思った。
入学式が終わり、新入生は割り当てられた教室へ移動した。アシーナとベルは同じクラスであり、ロナルド達とは別のクラスだ。
身分で分けられているらしく、アシーナ達は平民に近い男爵の多いクラスだった。
平民に近いと言っても貴族意識は高く、アシーナ達に好意的ではない。孤立する中、アシーナとベルは二人だけで話をする。
学校生活を楽しむつもりだったが、前途多難とアシーナは少しがっかりした。
学生寮に戻り、二人は今日のことを話す。
「結局あいつ、来なかったね」
「来なくてよかったよ。面倒だから」
ベルにアシーナは答える。
「それにしても本当に憂鬱!」
「本当だね。さっさと嫌われて森へ帰ろう」
「嫌われるために、接触しないといけない。それがとっても面倒」
アシーナはむうっと口を尖らせて唸る。
「でも会わないと嫌われないよ」
ベルも正直ロナルドに会うことは億劫だ。しかし、嫌われるという目的のためには仕方ない。アシーナを宥めてどうにか嫌われるように動かないといけない。
「頑張るしかないかあ」
「僕も応援するから」
二人は現状に不満たらたらであったが状況を楽観的に見ていた。
森の民は相手が嫌いであれば、直接言う。なので、悪質な嫌がらせなど二人には無縁なものだったからだ。
翌日から嫌がらせが始まる。
「汚い」
部屋の扉が重いなあと思って、開けるとそこにはたくさんの生ごみが置かれていた。
呆然とする二人を見て、寮生たちは見ないふり、また嘲笑うものばかりだ。
「最悪。文句言ってくる!」
「無駄な気もするけど」
「それでも言う!」
ごみをかたずけた後、アシーナ達は寮監のところへ行く。しかし、ベルが予想した通り、どう見ても口先だけという返答をしていた。
「それは困りましたね。私も気をつけておきます。ですが、相手があなたたち平民とは違う貴族であることを理解しなくてはなりませんよ」
寮監は全く当てにならない。
アシーナはそう悟り、それ以上言うことなく寮監室を後にした。
「むかつく!絶対に犯人割り出して、仕返ししたい」
「そうだね。今晩は二人で交代して見張ろうか」
「うん。そうしよう」
アシーナ達はそう決め、教室へ向かった。
そこでもまた嫌がらせがある。
机の上にこれまたゴミが載っていたのだ。
「また、ごみ?犯人は同じかなあ」
アシーナがぼやく。その横でベルは腕を組んで唸る。
「うん。わからないね。でもやることが単純すぎる」
「とりあえず無駄と思うけど、先生に言ってみるよ」
アシーナは寮監の態度を思い出しながら可能性はないけど、言うだけいうことにした。
「証拠は残しておいた方がいいよね?」
「うん。そうだと思う」
ベルにも同意を得て、アシーナはゴミを机の上に載せたまま、先生が来るのを待っていた。
ごみを置かれても平然としているアシーナ達をクラスメートは遠巻きで見ている。
「アシーナ、ベル。これはいったいどういうことですか!」
教室に入ってくるなり、先生が二人に怒声を上げる。
「私に聞かれても困ります。ごみを置いた人に聞いてください!」
アシーナは気が少し短い。しかし相手は先生だ。丁寧な言葉遣いを心がけ、怒鳴り返す。
「なぜ片付けないのですか?」
勢いを削がれた先生は少し声の調子を落として聞く。
「片付けるよりも先に、犯人を見つけるのが先ではないのですか」
それに淡々と質問を返したのはベルだ。
「犯人捜しは後です。片付けが先。授業に差し障ります」
「犯人はこのクラスの人だと思います。まず犯人を見つけてください!」
「犯人捜しは後です。片付けなさい!」
「なぜですか?片付けも犯人の仕事だと思います」
アシーナは感情的に、ベルは淡々と先生に主張する。
「私は先生です。あなた方を指導するものです。私の言葉にあなたたちは従う義務があります。アシーナ、ベル。まずは机の上を片付けなさい。話はそれからです」
アシーナは先生に殴りかかりたい衝動に駆られるが、ベルにそっと腕を触られ、気持ちを落ち着かせた。
「わかりました。片付けます。犯人は見つけてください。必ず」
視線で殺せそうなほど先生を睨みつけ、二人は片付けを始める。ゴミを焼却場に持っていき、教室に戻ると先生は消えていた。
「先生はどこにいったのですか?」
近くにいた生徒の一人に聞くと無視された。
アシーナは思わず手を出しそうになり、ベルがそれを止める。
「殴ったら負けだよ」
「うん」
悔しいと思いつつ、アシーナは頷いた。
アシーナは気性が荒い。
しかも狩りが得意な女性にいろいろ教わっているため、喧嘩も強い。本格的にやり合えば負けるだろうが、この学校にいる生徒の大半に比べると強いほうだろう。
「もう学校諦めようかな。あの人を殴って嫌われて終わりにしたい」
「本当にそれでいいの?勉強したかったんだよね?」
「だけど」
「じゃあさ、別の手段を考えようよ」
「うん。そうだね。ベル。ありがとう」
アシーナは本当にベルが一緒に来てくれてよかったと思いつつ、席に着く。先生は戻ってきたが、授業をするだけで、嫌がらせの犯人を捜す話など一つもしなかった。
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「ロナルド。始めちゃったみたいですよ。どうするつもりですか?」
「今日は一日目だ。三日くらい様子をみて、それから私の登場だ。きっと私のことを英雄だと思い、惚れ直すだろうな」
ロナルドは女性のほとんどが自身のことを好きだと思い込んでいる。
実際彼の周りにいる女性はそうだった。
なのでアシーナが結婚する気などない、ということを想像できていなかった。
自分にとことん惚れさせ、結婚した後もうまく利用して遊びまくろう、そう考え、彼はアシーナ達が虐められているのを知っていても高みの見物だった。
「私は知りませんよ」
遊び人ではあるが、ルーカスは自惚れやではない。なので溜息をついた。




