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 北の大陸に、 神の子を王と為す国があった。

 その国の王族には不思議な力があり、己の血を使って誓約を結べば、それは呪いのような効果を発揮した。

 誓約を違えれば罰が下る。

 避けられない罰、それは通常誰かが死に至るものだった。

 王族が生涯で結べる誓約は一つだけ。

 誓約は呪いとも影で呼ばれ、結ぶ者も稀であった。


「お断りします」

「なぜ?私はこんなにあなたを愛しているのに」


五十代目の王の末娘はとても美しかった。しかし甘やかされ、我が儘に育てられた。


「俺には愛する妻がいる。いい加減諦めてください」


王女が愛した男は、王女から逃げるため身分を捨てて木こりとなっていた。しかも森で一目ぼれした娘と結婚していた。


「仕方ありません。諦めましょう。けれども誓約は結んでください」

「誓約?」


 王女は横暴ではなかった。妻を殺し、木こりとなった男を手に入れることはしなかった。しかし、その代わりに妻の命を盾に誓約を結ばせた。

それはお互いの子を将来結婚させるというもの。


「呑むしかない。しかし条件がある。あなたの子が俺の子との結婚を断れば、無効になると条文をいれてくれ」

「いいでしょう。まあ、そんなことはありえないでしょうけど」


自信に溢れた王女は高笑いをし、木こりの条件を受け入れた。


 そうして月日は流れ、木こりは娘を授かり、森の中で大切に育てた。

 誓約のことなど忘れ、このまま静かに森で暮らせれば、木こりはそう願っていた。

 しかし娘の十五歳の誕生日に、書状が届く。

 それは貴族学校への入学手続きであり、誓約通り子供たちを結婚させると書かれていた。誓約から発し、木こりの知らないところで、子供たちは婚約まで結ばれていた。 

王女が木こりの娘を学校に入学させる意図は、令嬢として教育をうけさせること。けれども木こりは別のことを考えた。

 もし、王女の息子が学校で娘を嫌ってくれれば、婚約も解消、誓約も無効にされるのではないかと。

 娘に事情を話し、木こりは娘を学校へ送り出した。



「頑張って嫌われよう!」

「うん。そうだね」


 学生寮の一室で二人の()()が気合いをいれていた。

 一人はこの物語の主人公、木こりの娘アシーナだ。木こり似の緑色の瞳、森の民である母から受け継いだ黒髪を持つ少女だ。

 もう一人は黒髪黒目の美少女。しかし実際の性別は男、幼馴染の為に女装した男の娘ベル。

 二人は与えられた学生寮の一室で、作戦を練っていた。

 王女の子、カルベリア公爵子息ロナルドにいかに嫌われるかと。

 

 アシーナの父、木こりは元から森の民ではなく、王都のある貴族の子息だった。王女から逃げるために森に踏み入り、森の娘に一目惚れ。半ば駆け落ち状態で森に住み彼女と結婚した。

 しかしストーカーの王女に見つかり、結婚するように脅された。妻まで人質に取られ、木こりは仕方なく誓約を受けた。誓約が守られなければ、妻の命はない。誓約は現在婚約という関係になり、アシーナと王女の息子を繋いでいる。

 アシーナはこの話を聞かされた時、王女に対して強い怒りを覚えた。

 だから絶対に婚約を解消させて、王女をぎゃふんと言わせようと決めていた。


「普通、男の人は可愛い人が好きだよね。その点、残念ながら私ははずれ。この場合喜んでいいのかわからないけど」

「まあ、喜んでおこうよ」


 ベルは少し傷ついた様子のアシーナに笑って答える。

 その笑顔が可愛らしく、ベルの板についた美少女ぶりにアシーナは少し嫉妬した。

 森にいた時から、可愛いに定評があったが、まさか女装したらここまで美少女ぶりを発揮するとはアシーナは思っていなかった。

 一緒に学校に通うと聞いた時は驚いたが、こうして女子として一緒についてきてもらって、かなり心強かった。


「あと、男の人って庇護欲をそそる女の子好きだよね。うちの母さんみたいな」

「うーん。一般的にそうなのかな」

「そうだよ。村にいた男の人はそうだったよ」


 アシーナは育った村の男達を思い出しながらそう言う。

 村で人気の女性は、小さくて可愛い小動物のような人が多かった。アシーナのように背が高く、狩りに行くような活発的な女性はもてなかった。


「だから、私は飾らず素でいく。粗野で女性らしくなければ簡単に嫌ってくれそうだから」

「そううまくいくかな」

「うまくいくよ。だって、ここにいる女の子って、小柄で綺麗な子ばっかりだった。普通の男の人だったら、絶対にそういう子のほうが好きだよ」

「普通の男の人かあ。そうかなあ」

「そうだよ」


 アシーナは渋い顔をしながら断言する。


「アシーナ。僕はアシーナの元気なところが好きだ。わかりやすいところも。公爵子息サマが僕と同じ嗜好じゃないことを祈るよ」


 アシーナは突然の告白に驚き、彼の顔を食い入るように見る。

 ベルはいつも一緒にいてくれる幼馴染だった。

 狩りの真似をしたくて森の奥に入った時も一緒についてきてくれて、大人たちから怒られた時も一緒だった。遊ぶのも怒られるのもいつも一緒だった。


「私、私もベルが好きだよ。いつも一緒にいてくれてありがとう。今回も女装までして一緒に来てくれて本当に感謝している」

「感謝なんていらないよ。僕がしたくてしてるんだから。それよりも」


 ベルが言葉を続けようとしたが、それは不意に中断させられた。


「アシーナ!待っていたよ!」

 

 扉が勢いよく開かれ、一人の男が現れた。

 金色の髪に青い瞳の美青年は真っすぐアシーナを見据えている。


「君が私の婚約者のアシーナだね。会えるのを楽しみにしていたよ!」


 男は興奮ぎみにそう語る。


「カルベリア公爵子息ロナルド様。初めまして。突然扉を開けるなんて非常識だと思うのですが」


 ベルはアシーナより早くショックから立ち直り、その前に立つ。


「これは失礼。君はアシーナの友達のベルだったか。アシーナが来てると聞いて、あまりにも嬉しくてね。非礼を詫びる。アシーナ、すまなかったね」

「はあ」


 アシーナは初めからロナルドに好かれるつもりもなかったので、返事もおざなりだ。


「明日は入学式だね。楽しみだよ。それでは、また明日」


 ロナルドはそんな彼女の態度を気にすることもなく、そう言って颯爽と消えてしまった。


 パタンと閉められた扉。

 アシーナとベルは顔を見合わせた。


「なんだったの?あれ」

「うん。なんなんだろうね」


 二人は突然現れ消えたロナルドに戸惑っていた。

 貴族といえば礼儀を重んじ、平民を見下している。森の民などは野蛮だと嫌っているそんな印象だった。実際街に出かけるときはそのような視線で見られることも多く、学生寮に入った時も対応はよくなかった。

 だからあのロナルドの態度は不思議だった。


「でも、ちょっとわかったよ。あれは普通の男じゃない。嫌われるのは結構難しいかもしれないよ」

「そう?だって、私だよ?」

「難しいよ。アシーナは可愛いから」

「ベル、そんなこと言わないでよ」


 アシーナは王都に、学校に来てから、ベルに対して少し違和感を覚えていた。女装しているのだから当然だが、ベルはアシーナに対して可愛いなどと頻繁に口にするようになったのだ。

 可愛いのはベルだよと思いつつ、アシーナは困ってしまう。


「とりあえず明日から頑張る。折角ただで学校にも通えるし、色々勉強したいし」

「そうだね」


 王女こと、カルベリア公爵夫人の意図は好きではなかったが、学校に通えるのは嬉しかった。

 ベルの費用も公爵夫人から出ている。

 森で過ごしていたので王都の学校に一人では心細く、女友達をつれていきたいと木こりが申し出たのだ。さらに女友達は将来侍女になるかもしれないので、その勉強のためにも。そう畳みかければ、ベルの入学も決まり費用も負担してくれることになった。

 女友達であることが必要であり、ベルは必然的に女装することになった。

 アシーナはとても申し訳なかったが、ベルは率先して女装して、今に至る。


「とりあえず嫌われつつ、学校生活も楽しみたい」

「うん。そうだね」


#


「ロナルド。どうでした?婚約者は?」

「まあ、普通。あれなら耐えられる」

「耐えられるって。結婚しない選択もあるのですよね?」

「それはありえない。小さい時から婚約者がいるおかげで、私は思う存分自由に遊べた。婚約解消なんかしたら、結婚を迫る女がわんさか寄ってくる。今みたいに適当に遊べるのが一番いい」

「それでも、結婚後はやめるつもりなんでしょう?」

「まさか。結婚はするけど、遊びはやめないよ。逆にもっと遊びやすくなるかもしれない」

「最低ですね、ロナルド」

「そうかな」


 ロナルドは幼馴染に笑いかける。

 王女の子、公爵令息ロナルドは、正統派の美青年だ。身長は高いが痩せているわけではなく、中肉中背。脱げばすごいと言われている痩せマッチョ。脱げばと噂されているだけあって、遊び歩いているのは周知の事実だ。

 幼馴染は伯爵令息ルーカス。青色にも見える銀色の髪に紫色の瞳を持ち、女性的な顔立ちの美青年。ロナルド同様、女性にもてもての令息だ。


「とりあえず甘い言葉をかけ飼い慣らす。利用させてもらう」

「可哀そうじゃないですか。その子」

「かわいそうじゃないだろう。この完璧な私と結婚できるのだから」


 ロナルドは母親の元王女に似て自意識過剰な男だった。


 明日は入学式。

 波乱万丈な学園生活が始まるかもしれない。

 これは木こりの娘が婚約解消され、誓約を無効にするまでの物語である。

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