「産んでくれなんて頼んでねえよ」に対する返答。
短い短編。
「産んでくれなんて頼んでねえよ!!」
「あんたが一番早く泳いだんでしょ」
そう言うと母は勝ち誇ったように笑う。もう言い返せないだろとでも言うように。
だから、俺の言葉にどれほど傷ついただろう。
「頑張って泳いだのに、最悪のゴールだったわ」
俺はバッグを持って玄関を出る。今日は大事な大会。こんなことをやってる場合じゃないんだ。
だめだ…
身体の調子が悪い訳じゃないのに、どうやっても集中が出来ない。
思い浮かぶのは、俺があの言葉を言った後の、感情が消えたような母の表情。
だめだだめだ。今日は大事な日だ。今日失敗したら、今までの努力も全部水の泡になる。集中しないと。
それでも結局、最後まで母の顔は頭から抜けなかった。
レース直前。前の選手から名前を呼ばれていく。
「4レーン、水鏡 蓮さん。」
進み出る。
多くの観客と、青いプールが視界に飛び込む。
いつもなら俺を奮い立たせるそれらも、今回は効果がなかった。
まずい。勝てる気がしない。どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
どうしよう―
「蓮ーーー!」
声のした方を見る。目が合う。
「あんたが一番早く泳いで来たんだからねーー!!!」
ざわざわしていた会場を静まり返らせるほどの大声。やっぱ頭おかしいだろ。
俺は苦笑する。大きく息を吸い込む。
もう、大丈夫だ。
そうだ。よく考えれば、ゴールなんていつも一つだ。選べることはない。
ただ、隣のやつに負けたくないだけ。
ただ、一番早く泳ぎたいだけ。
そうやってたどり着いたゴールはいつも、
とても―最高だ。
「Take your mark」
笛が鳴った。
俺はどこまでも青いその水の中に飛び込んだ。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
まだ自分の親に言ったことは無いです。