夜道
これは私がまだピチピチの女子中学生だった頃に体験した話です。
その日は塾の帰りに偶然友達と会ってしまい、
カラオケに誘われてつい遅くまで遊んでしまいました。
気がつけば門限をとっくに過ぎていて、
お母さんにどんな言い訳をしようかと考えていると、
私の10メートルくらい後ろに男の人が突っ立っていました。
ちょうど街灯が当たっておらず、顔はよく見えませんでした。
何してるんだろうと少しだけ気になりましたが、
特に関わろうとは思わず、私は再び歩き出しました。
するとその人も同じタイミングで歩き出し、
私は少し怖くなりました。
でも、ただの偶然かもしれない。
そう思い、後ろを振り返らずに進み、
たぶん早歩きになってたと思います。
その時、急にPHSの着信音が鳴り、
心臓が止まりそうなほど驚いてしまい、
私はつい足を止めてしまいました。
すると男の人も足を止め、私は確信しました。
あれは痴漢だと。
私はすぐさま大声を上げるなり、
PHSで助けを求めるなりすればよかったのに、
その時はパニクってたし、本当に怖い時って声が出ないんですね。
泣きそうになりながら早歩き……もはや走ってたかもしれません。
自宅を知られたくないから、どこかで撒かないといけない。
たぶんそれだけを考えて、どんどん知らない道を進みました。
そしたら案の定、自宅の近所なのに迷子になり、
行き止まりにぶち当たり、逃げ場を失ってしまいました。
ハアハア言いながらゆっくりと近づいてくる痴漢に対し、
私はカバンから切り札を取り出しました。
痴漢撃退用スプレーです。
もしもの時に備えてお母さんが持たせてくれた物で、
父親で試した時は救急車を呼ぶ羽目になり、
病院の先生が怒ってたのを覚えてます。
今こそ使い時だと覚悟を決め、
私は相手の顔めがけて遠慮なしにスプレーを噴射しました。
ところが痴漢は一切怯まずに、どんどん近づいてきます。
私は何がなんだかわかりませんでした。
もしかして不良品?古くなってた?それとも残量が無かった?
考えても仕方ありません。
続いて取り出したのは痴漢撃退用スタンガンです。
これもお母さんが用意してくれた物で、
父親で試したら警察沙汰になりました。
えいっ、とスタンガンを撃ち込みましたが、
やはりそれも効果がありませんでした。
ああ、これが『無敵の人』なんだと悟り、
切り札を使い尽くした私は諦めるしかなく、
その場にヘナヘナと力なく座り込みました。
「──俺だよ、俺!」
「へっ?」
聞き覚えのある声に見上げると、
そこにはなんと、私のお兄ちゃんが立っていました。
「いやあ、後ろ姿見た時に妹かなあって思って、
暗くて自信無かったからPHSかけたんだけどさ……」
どうやら私の勘違いだったようです。
お兄ちゃんは痴漢じゃないからスプレーもスタンガンも効かない。
考えてみれば当然ですよね。
恐怖から解放された私は大笑いしてしまい、
ご近所さんには騒々しい思いをさせたなと、今では反省してます。
「お兄ちゃん、私を怖がらせた罰としてアイス奢ってよ〜」
「ちぇっ、今度から夜道を歩く時は気をつけないとなあ トホホ……」