ボリボリ伝説
お母ちゃんは今日もテレビを見ながら寝転んで、テレビを観ている。
ボリボリ、バリバリとおせんべいを食べながら。
「主婦がそんなのんびりしてていいの?」
我慢できず、私はツッコんだ。
「そんなことしてたら世間のバカから『主婦は呑気でいいよな』とか言われるよ? いいの?」
お母ちゃんはもんぺの後ろに手を入れて、バリバリ、ボリボリとお尻を掻きながら、揺るがない声で言った。
「主婦は大変なのよー。たまにはこうやって息抜きしないとやってらんないのよー」
おまえにそれを言う権利はない、と私は思った。
世の立派な主婦様方とおまえを一緒にするな、と。
基本ダラダラしてて、お父ちゃんの経済力に寄生してて、たまーに主婦らしいことをするだけのうちのお母ちゃんのことを、私は尊敬の真反対の目で見ていた。
あんなことがあるまでは!
それは私が運命を賭けた人と、岡山県倉敷市にあった、今はなきチチ・ボリボリ公園というテーマパークにデートをしに行った時のことだった。
突然、運命の彼が言い出したのだ。まるで何かに取り憑かれたように──
「ボリボリが……ボリボリが食べたい!」
「えっ!?」
私は意味がわからず、思わず周囲を見回した。
「ボリボリが食べたいの、運命の人さん? ボリボリって、何?」
「キノコだべさ」
運命の人は、言ったのだった。
「知らないのかい? ボリボリを……。北海道では定番のキノコだった! なのに、引っ越して来てから一度も食べてない!」
彼は気が狂いそうに見えた。たぶんチチ・ボリボリ公園の名前からの連想で思い出したのだろう。それがたまらなく食べたくて仕方なくなったことで、激しいホームシックに襲われたのだろう。彼は本州へ渡って来た道民だったのだ。私に繋がれた赤い糸を辿って来たのだ。
「ボリボリが食べたい! ボリボリがなまら食べたいべさー!」
私は急いでスマホでボリボリのことを調べた。確かに北海道ではメジャーなキノコのようだ。道民のソウルフードなのだろうか、知らんけど。
でもこんなキノコ見たことない! 初めて見た! どうすればいい? 彼を喜ばせて、結婚まで辿り着くためにはどうしたらいい?
その時、背後からお母ちゃんの声がした。
「彼のハートを射止めたいのなら、まずは外濠を……否、ボリボリを埋めよ」
「お母ちゃん!?」
なぜここにいるのかは問わなかった。ただ助けを求める一心で、救世主が来たみたいな心で、もんぺにババシャツ姿で堂々と立つお母ちゃんを見つめた。
あのリッチでイケメンなお父ちゃんのハートを射止めた女だ。きっとこういう時にだけは頼りになる。そう信じた。
するとお母ちゃんが差し出したのだ、見たこともないキノコを、パックに入れて。
「これが……ボリボリ?」
「ううん? それは入手できなかったから、一番よく似てるキノコを持ってきた」
「ああっ! ボリボリじゃないですかあ!」
私を突き飛ばして後ろから、彼がお母ちゃんの持っているものに食いついた。
「生食だと無理かと思って、茹でてきたわ。よろしかったら、どうぞ」
そう言ってにこやかに差し出すお母ちゃんからブン取るようにそれを受け取ると、凄い笑顔で彼はキノコを大量に口に入れはじめた。
「よく似てるキノコでもいいのかな?」
私は首をひねりながら、聞いた。
「なんて名前のキノコなの?」
するとクスッと含み笑いをしながら、お母ちゃんは教えてくれた。
「オオワライタケよ」
「そ……、それって毒キノコなんじゃ……」
「ハハハハハ!」
運命の人は既に笑い出していた。
「こ……、こりはうまいーっ!」
あたしはびっくりして叫んだ。
「な、 なんだってーっ!?」
「アッハハハハ!!」
彼はすぐに病院に運ばれた。
私は頑張って看病した。彼が入院している隙を狙って北海道からボリボリも取り寄せた。彼を手放すわけにはいかない。絶対に結婚したい。
入院六日目のことだ。彼が目を覚ました。
毒キノコを食べたショックで記憶喪失とかになってたら大変だ。私は確認してみることにした。
「おはよう、あなた。自分の名前は覚えてる?」
「僕の名前は……賀茂郡。バイクレーサーだ」
「私の名前は?」
「君は可愛伊藤歩惟。将来有望な僕のカネを狙う女だ。僕を毒殺しようとした……」
お母ちゃんが彼の口にキノコをねじ込んだ。
「このキノコには惚れ薬のような効果があるのよ。あんたを必死で看病してくれた素晴らしい女性だと思い込んで、あんたのことを嫁にしたくなるわ」
「ありがとう、お母ちゃん!」
「覚えておきなさい。災い転じて福となす。人間万事塞翁が馬。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。棚からぼたもち。……好きなものを好きと言える気持ちが大事なの」
お母ちゃんが何を言いたかったのかよくわからなかったけど、知ってることわざをずらりと並べたことだけはわかった。
お母ちゃんは病室のベッドで、彼の隣にゴロンと横になると、持ってきていたおせんべいの袋を取り出して、ボリボリ、バリバリと齧りながらテレビを見はじめた。ボリボリとお尻を掻くのも忘れない。
私もお母ちゃんのようになりたい。
そう、思いはじめていた。
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