彼は何者かという話
中華人民共和国 香港特別行政区。通称香港。
香港島、九龍半島、そして新界と分かれたこの地に、彼の住まいはあった。
坂道の多い香港。その一つを登った先に古い洋館がある。壁はツタが覆っており、門柱はさび付いていて、郵便受けはすり減って名前が読めない。建物の周囲は南国特有の木々に覆われ、傍目には廃屋のように見える。
だが、近隣の住人は知っている。屋敷には彼らの親類縁者が大勢雇われていること、毎日目玉が飛び出そうなほど高価な品物が配達されていること、たまに屋敷から車が――見るからに高そうな――出てくることを。
屋敷の主人はリー・コウアンと言い、歳は四十路半ばで、モデルなみのスタイルと俳優顔負けのハンサムガイとして知られていた。ちなみに彼は独身であった。だから人々は噂し合った。あんなに格好良いのにあの歳でやもめなんだ、一体なんでだろう? もしかしたらゲイなのか? いやいや、使用人が身の回りをやってくれるんだから、嫁さんがいるありがたみが分からないのだろう、等々。
お抱えのコックにスタイリストやデザイナーがいるんだよとか、いやいや、医者も住み込みらしいぜ、とか。そこで仕事をしている身内に聞けばよさそうなものだが、彼らの口は牡蠣のように固かった。
ただ、噂が事実であるかどうかはともかくとして、かなり裕福であることは確かだった。それもおそらく、我々が想像しているような金持ちではないことも。
となるとお仕事は何をしていらっしゃるのかと言う話になる。さぞや凄いことをしているんだろうなぁと想像してしまうが、コウアン氏曰く……。
「小売業」だそうで。
親の仕事を引き継いだだけで、しかもそんなに儲かってないらしい。
あくまで本人の言葉を信じるなら。ではあるけれど。