俺(私)の親友は奥手すぎる!
「なぁ、冬樹。春香は俺のことをどう思っているかな?」
帰り道、秋人が俺に聞く。
今日、初めて聞かれたわけじゃない。
いつものことだ。
「さぁな、本人に直接、聞けばいいだろ?」
だから、俺もいつも通りの返答した。
「そんなこと、出来るわけないだろ! 嫌われたら、どうするんだよ!」
秋人は声を張った。
「そんなことないと思うけどな。告白したら、案外、簡単に付き合ってくれるかもしれないぞ?」
俺は秋人を勇気づけるつもりで言ったのに、
「春香はそんなチャラくない!」
と怒られてしまった。
どうしろって言うんだよ。
めんどくさいなぁ……。
「それに俺たちはまだ高校生だし、付き合うっていうのは早い気がする。仲良くなって、それから…………」
あのさ、中学校からずっと一緒でこれ以上、何を仲良くしようって言うんだ?
もう友達としての親睦度はMaxだろ。
恋人になりたい、ってはっきり言えよな。
本当にめんどくさい!
結局、今日も話は進展せずに終わってしまった。
帰宅し、勉強をして、夕食を食べる。
お風呂に入って、出た頃に丁度、スマホへ着信があった。
秋人じゃない。
「もしもし」
「もしもし、今、大丈夫?」
スマホの向こうから女の子の声がする。
彼女は秋人の思い人の春香…………じゃない。
「大丈夫だよ、千夏」
電話の主の名前は千夏。
春香の親友だ。
「今日はどうだった?」と千夏が尋ねて来る。
「駄目だった。告白してみろよ、って言ったけど、いつも通りだよ」
「そうなんだ」
「春香の方はどうだった?」
「こっちもいつも通り。秋人は私のことを異性としても見ていないと思う、って言って、告白をしようとしないの」
その報告を聞いて、俺たちはお互いに溜息を漏らし、
「「どっちかが告白すれば、付き合えるのに……」」
と声を揃えた。
俺は秋人から、千夏は春香から、それぞれ恋愛相談を受けていた。
「第一、春香は自分の何を根拠に異性として見られていないって言っているだろうね」
定期報告会を終わると千夏から愚痴が飛んでくる。
「冬樹だって、思わず見ちゃうでしょ?」
千夏が主語を言わなかったので俺は「何のことだ?」と惚けた。
「嘘が下手」
でも、千夏に看破されてしまう。
「言っとくけど、女の子は男子のそういう視線、気付くからね。春香は冬樹がおっぱいをジッと見ているのとか、気付いているから」
「…………マジ?」
バレないように見ていたつもりなのにプレミをしていたなんて……
「マジだよ。まったく、ムッツリスケベなんだから。私のことも見ているでしょ」
「いや、見ていない」と俺が即答すると少しの沈黙が流れた。
「…………見ているでしょ? というか、見ろ」と千夏は高圧的に言う。
「どうしたんだよ? いや、なんていうか…………気にならない」
俺は多分、またプレミをした。
だって、
「…………うん、分かった。明日、冬樹を見かけたら、後ろから飛び蹴りするから」
と千夏に言われてしまったのだから。
「おい、何で見ていないのに、蹴られるんだよ!?」
「理由は自分で考えなよ。それよりも話を戻すよ。秋人は春香のことを好きなのに、春香のおっぱいとか、見ていないんだよね。どうしてか知っている?」
「見ないようにしている、って言っていたぞ。見ていることがバレて、春香に嫌われたくないらしい」
「まったく、何もかも裏目だね。思い返すと中学校時代から、私と冬樹で何度もチャンスを作ったの全部、無駄にして来たよね?」
中学時代の体育祭、文化祭、林間学校、修学旅行。
高校時代の体育祭、文化祭、修学旅行。
何度も付き合う状況をお膳立てをしたのに「まだ早い」と言い、あの二人は告白のチャンスに動かなかった。
学校の行事だけじゃない。
海水浴やスノボー、初詣など俺たち四人で色々なことをして、その都度、チャンスはあったのに秋人と春香はお互いに告白をしなかった。
「私は最近、思うんだ。あの二人って結局、これ以上、近づくことは無くて、別の相手と結婚してから、二十年後くらい経って、『実は好きだったんだよね』みたいなことを言うんじゃないかってさ」
「いや、さすがにそれは……」
無いとは言えないな。
「私たちももう三年生だよ」
現在は四月末、ゴールデンウイークの手前だ。
「このゴールデンウイークに今までとは違った仕掛け方をしようと思っているんだ」
千夏が言う。
「今度は何をするんだ?」
また、四人でどこかに行こう、って話かな?
「ううん、何もしない」
「えっ?」
「正確にはあの二人に対しては何もしない。冬樹、もしも秋人が遊びの誘いをして来ても断れる?」
「それはまぁ、良いけど……今度は何を企んでいるんだ?」
「…………」
俺が尋ねると千夏は沈黙した。
「あくまでもフリで良いんだけど……」
千夏は少し緊張した口調で説明を始める。
「ゴールデンウイーク明けに学校で秋人に会ったら、冬樹と私がその…………付き合い始めたって言って欲しいの」
「えっ?」
「あ、あくまでもフリだよ!」
千夏は念を押して、繰り返す。
「それは分かったけど、どうして?」
「ほら、他の人がやっていることってやりたくなるでしょ? 私たちが付き合い始めたってことにすれば、あの二人も『じゃあ、私たちも』ってなるかな、って思ったんだよね。それにさ、身近に付き合っている人がいれば、意識もするでしょ?」
「確かにそれはそうかもしれないな。でも、この作戦、一つだけ問題があるぞ」
「なに?」
「作戦がうまく行った後はどうするんだ? 俺たちは付き合うふりをするのか? それとも別れたことにするのか? どっちにしても気まずいと思って…………」
「あ~~、それなら心配ないよ。二人が付き合い始めたら、ネタばらしをするつもり。少しは怒るかもしれないけど、そうしたら、私が『あんたたちがいつもでもはっきりしないのが悪いんだよ!』って逆ギレすれば、何とかなるでしょ」
それはそうかもしれないけど…………
「どう、やっぱり止める?」
千夏は不安そうだった。
「いいや、やるよ。お節介かもしれないけど、二人が付き合うことを手助けしたいからさ」
ゴールデンウイーク明け、俺と千夏は作戦を決行することにした。
「えっ、マジかよ…………」
ゴールデンウイーク明けの学校。
その下校時に俺は秋人へ千夏と付き合い始めたという噓の報告をする。
千夏も今頃は春香に報告をしている頃だろうか。
「本当なんだ」
言っていて、なんだか体が熱くなる。
「いつからだよ?」
「ゴールデンウイーク中にさ、俺がデートに誘ったんだ。それで告白して、OKをもらった」
この辺の打ち合わせは千夏と完璧にやっているので、後で秋人が春香に確認しても矛盾は発生しないだろう。
というか、実際に二人で遊びに出かけたから、まったくの作り話というわけでもない。
「へぇ、お前たちがな」
秋人は明らかに羨ましそうだった。
しかし、「じゃあ、俺も告白する」とは言わなかった。
「そっちはどうだった?」
夜になり、俺は千夏と連絡を取る。
「春香に報告したよ。少し驚いていたけど、信じたと思う」
「…………なぁ、本当にこんなことであの二人が付き合うと思うのか?」
「さぁね、でも刺激にはなったと思うよ」
それは認める。
だけど、あの二人が動くかな。
俺と千夏は今日の報告、今後の段取りをした。
その後はいつも通りの雑談になり、寝落ちしてしまう。
目を覚ますと朝になっていた。
いつもと同じように学校へ行く。
俺と千夏は付き合うふりを始めたわけだが、それ以外のことは何も変わらない。
付き合うふりに関しても、秋人や春香に何かを追及されるかと思っていたが、何も言われなかった。
そうして、いつも通りの日常が過ぎて、週末になる。
金曜日の夜、俺はまた千夏と長電話をしていた。
「あの二人、結局、動かなそうだな」
俺が言う。
対して、千夏は「それはどうかな?」と返した。
「どういうことだよ?」
「冬樹は今週、秋人から『春香と付き合いたい』っていう相談を受けたの?」
言われてみれば、相談をされていない。
「けど、それがどうだって言うんだよ?」
「さぁね。でも、変化でしょ? もしかしたら、この週末に何か起きるかもしれないよ」
そんな簡単にあの二人が行動をするだろうか?
「それよりも私たち、付き合っていることになっているわけだし、週末、二人でどこか行かない?」
「別に良いけど、俺は気の利いたところには連れて行けないと思うよ」
ゴールデンウイーク中はそれっぽいことをした。
ショッピングモール、ゲームセンター、映画館、水族館。
恋人が行きそうなところにはとりあえず、行ってきた。
おかげで金欠だ。
「別にいいよ。そういえば、冬樹って釣りが出来るよね?」
「まぁ、数少ないアウトドアの趣味だけど……」
「魚、捌けるよね?」
「まぁ、簡単な魚だったらだけど……」
「じゃあ、決まりだね。明日は釣りに行こう。そして、釣った魚をうちに寄って捌いてよ。土日はうちの両親、旅行でいないしさ」
「ああ、別に良いよ。じゃあ、待ち合わせは……」
俺たちは明日の予定を決めた。
「じゃあ、明日の九時くらいに迎えに行くよ。あっ、あの堤防の辺りはコンビニも無いから、弁当を作っていくね」
俺が提案する。
「冬樹のお弁当は美味しいから楽しみにしているね」
千夏にそんなことを言われるとプレッシャーを感じるな。
出来る限り頑張ろうか。
翌日。
千夏と一緒に海へ来て、半日が経つ。
「あはは、何も釣れないねぇ」
千夏が楽しそうに言う。
現在のところ、小魚一匹も釣れていない。
「本当に釣りで良かったのか?」
もしかしたら、千夏に気を使わせてしまっているかも、と思って聞いてみた。
「うん、別に釣りはおまけだよ。冬樹とこうやっているのが楽しい。なんていうかな。ほら、私たちって、お互いに無言になっても別に気まずくはならないでしょ?」
それは同意する。
「それにしてもさすがにお腹は減ったかな」と千夏が言う。
「じゃあ、お昼にしようか。約束通りお弁当、作って来たよ」
俺はリュックから弁当箱を取り出した。
「おっ、今日の私の一番の楽しみ!」
俺たちは昼食休憩を始める。
「うんうん、やっぱり冬樹は分かっているね!」
千夏は満足そうに弁当を食べる。
「千夏の好きな物くらいは知っているよ」
「それもだけど、夕食は魚になる予定だから、お弁当は肉中心にしてくれたんでしょ?」
「まぁね。でも、このままだと夕食はスーパーで買うことになるかも」
「任せなさいって、私は近海のヌシを釣り上げるからさ」
「近海のヌシ、ってなんだが、ヒグマを食べそうだな」
「何それ? 魚が熊を食べるの?」
どうやら千夏は某有名海賊漫画を履修していないようだった。
「つまらないことを言った。忘れてくれ。それよりも後半戦、頑張ろうか。…………どうしたんだ?」
弁当箱などを片付けていると、千夏がスマホを見て笑った。
「…………ねぇ、冬樹、スマホを確認してみて」
千夏に言われて、俺はスマホを取り出した。
通知が来ている。
秋人からだ。
『俺、春香と付き合うことになった』
秋人らしい簡潔で分かりやすい報告だった。
「…………マジかよ」
「私の作戦大成功だね」
千夏は自分の功績と言いたげだった。
まぁ、実際、千夏の功績なのは間違いないか。
俺は『おめでとう』と返信した。
「さてさて、釣りを再開しますか?」
千夏は春香と秋人のことに関して、それ以上言わなかった。
釣りを再開したが、相変わらず、何も釣れない。
このままだと本当にスーパーで夕食を買うことになりそうだ。
「ねぇ、話があるの」
釣りを再開してから一時間ほど経過した頃、千夏が話しかけて来た。
緊張しているようだ。
「どうした?」
「いやさ、私たちって付き合っているってことにしたじゃん。で、あの二人はめでたく結ばれたから、私たちの短い恋人ごっこは目的が無くなったよね?」
「……そうだな」
週明けにでも、秋人と春香にネタばらしをしようか。
あの二人は怒るかな?
「目的は無くなっちゃったけど、延長って無理かな?」
千夏は唐突にそんなことを言う。
多分、笑いながら、軽い口調て言ったつもりだったのだろう。
でも、その作り笑いはとても無理やりだった。
軽い口調で言ったつもりの言葉はとても震えていた。
俺は千夏の言いたいことを理解する。
「えっと……」
「あっ! ごめん! 今の無し! 変なこと言った!! 週明け、予定通りにネタばらしをして春香と秋人に怒られよう!」
「千夏」
「……はい」
「付き合うフリの延長は無理」
俺は初めに結論を言った。
「あはは、そうだよね。変なことを言っちゃった。本当に忘れ……」
「フリ、は嫌だ」
「…………えっ?」
俺は釣竿を置いて、千夏に向き直る。
千夏も俺を見た。
お互いの視線が合う。
千夏は緊張しているようだ。
でも、それは俺も同じ。
「あのさ、これから最低のことを言うから、幻滅したら、絶交してもらっても構わない」
「う、うん?」
「実は俺、千夏と連絡を取り合っていたのはさ、秋人と春香をくっ付ける為だけだって、わけじゃなかったんだ。その…………千夏と話がしたかった。どんな内容でもいいから、千夏と話がしていたかったんだよ」
「…………」
「だって、俺は…………」
ここまで来て、俺は躊躇ってしまった。
秋人にはあんな偉そうなことを言ったのに、いざ自分のことになるとこの有様だ。
「千夏のことが好きだ」
俺は全ての勇気を振り絞って、思いを言葉にした。
千夏の返答を待つ。
その時間はとても長く感じた。
「じゃあ、私と一緒だね」
「えっ?」
「私と同じ。私もその……冬樹のことが好きで、春香と秋人を利用しちゃった。私の方が酷いね。だって、二人をくっつける為、とか言って、冬樹と付き合うフリまでしちゃったんだからさ。…………こんな私でもいい?」
告白したはずの俺が逆に返事をする流れになってしまった。
「いいに決まっているだろ? ってか、千夏の方こそ、俺でいいのか?」
「いいに決まっているじゃん。私は何とも思っていない人と二人っきりで釣りになんて来ないよ」
「あっ、えっと……そうか。そうだよね。ありがとう。…………って、千夏、釣竿、引いてない?」
見ると釣竿が海に落ちる寸前だった。
「えっ? あっ! うわっ!?」
千夏は慌てて、釣竿を掴む。
かなりの力で引っ張られているようだ。
「大丈夫か!?」
俺も千夏の釣竿を掴んだ。
そして、そのままリールを回す。
かなりの力で引っ張られたが、やがて水面に魚影が現れる。
「デカいぞ。えっと、網、網……」
俺は網を伸ばして、釣れた魚を掬った。
「大物だね!」と千夏は嬉しそうに言う。
「クロダイだ。でも、こんなに大きなクロダイは初めて見た」
「言ったでしょ。近海のヌシを釣るってさ」
確かにこのサイズはヌシかもしれない。
「私たちが正式に付き合った日に鯛が釣れるなんて、縁起がいいじゃない?」
「そうだね。…………えっと、話が途中になっちゃってたけど、これからは恋人としてよろしくお願いします」
「ど、どうしたの、秋人!? そんなに改まって…………えっと、こちらこそ、よろしくお願いします」
千夏は恥ずかしそうに返事をする。
今日、俺たちは正式な恋人になった。
釣りを終えた俺たちはスーパーで魚以外の食材を買って、千夏の家に向かう。
千夏の言っていた通り、千夏の両親はいなかった。
台所を借りて、クロダイを捌く。
「新鮮だし、お刺身にするの?」
千夏が台所を覗きに来た。
「いいや、あそこの堤防で釣れるクロダイは磯の臭みが強いから、別の料理を作るつもり」
俺はクロダイの混ぜご飯とあら汁を作った。
「うぁ、美味しそう!」
料理の出来上がり直前、千夏がやって来る。
二人で料理をテーブルに運ぶ。
「頂きます」と千夏は手を合わせてから、箸を手に取った。
あら汁を啜り、次にクロダイの混ぜご飯を食べる。
「うん、どっちも美味しい」
「ありがとう」
俺も食べてみた。
うまく臭みが取れているみたいで安心した。
料理は上出来だと思う。
「ねぇ、冬樹、今日、うちは誰もいないんだよ?」
「うん、知っている。ちなみに俺の家も父さんは単身赴任中だし、母さんは夜勤だから、帰らなくても大丈夫」
「そう、なんだ」
うちの両親はあまり家にいない。
そのおかげで料理はとても上達した。
「じゃあ、泊まっていく?」
「うん、泊まっていく」
特に断る理由も無い。
翌日、朝。
「だからね、冬樹、私はこっちの方が良いと思うんだよ…………」
「うん、そうだね……」
「ちょっと、真面目に聞いてる?」
「聞いてるって……」
とは言ったものの眠すぎて、千夏の言葉が頭に入って来ない。
現在、翌日の午前八時、俺と千夏は昨日から一睡もしていなかった。
だからといって、恋人らしいことは何もしていない。
昨日の夜から俺と千夏はずっと……
「だからね、私はこっちのカードを入れる方が良いと思うんだよ」
俺と千夏は夜通しで、お互いに嵌っているカードゲームのアプリ版で遊んでいた。
それ以外のことはやっていない。
「千夏……俺はそろそろ帰るよ……」
体力が本当に限界だ。
「いつも思うけど、冬樹ってあんまり体力無い?」
「おい、徹夜に付き合ったのになんてことを言うんだ? 徹夜しても元気な千夏の方が体力お化けなだけだろ」
「む~~、恋人らしいことをまだしてないよ?」
ちなみにカードゲームの話をしていて、夜が明けるのは今日が初めてじゃない。
お互いの両親がいない週末はいつもこんな感じだ。
「そんなに急いで恋人らしくなる必要は無いんじゃないかな? ゆっくりと色々なことをやっていこうよ」
恋人になったからって、一気に色々なことをする勇気は俺にも千夏にもないだろう。
「それはそうだね。じゃあ、こんなことから始めてみようよ」
千夏は言いながら、俺に迫った。
えっ?
ちょっと待って!?
俺はてっきりキスをされるかと思って、焦る。
「初めはこれくらいからでどうかな?」
「…………うん」
千夏が俺に迫った理由はハグをする為だった。
「他のことを期待しちゃった?」
俺の心理を見透かしたように、千夏が言う。
何だか悔しくて「さぁね」と惚けた。
それと千夏はハグくらいなんとも思っていないのかもしれないが、俺はそうもいかない。
千夏の胸が押し当てられて、意識してしまう。
「ち、千夏、そろそろ良いかな?」
「えっ、あっ、うん? ごめん、嫌だった?」
「いや、そんなことないよ。でも、なんていうか、変な気分になりそうっていうかさ……」
徹夜で思考が鈍っていた。
俺は思っていたことをそのまま言ってしまう。
その瞬間、千夏が「ふ~~ん」と言いながら、ニヤニヤとした。
「やっぱり一気に最後までしちゃう?」
千夏は少しからかうように言う。
でも、それが千夏の照れ隠しだと、俺は知っている。
「いいや、今は止めよう」
「うん、冬樹ならそう言うと思っていた。そうだね、こういうことは焦っても碌なことにならない気がするよね」
俺と千夏は結局、それ以上、何もしなかった。
俺はフラフラの状態で帰宅し、シャワーを浴びてから、ベッドに倒れ込む。
目を覚ますとすでに夕方だった。
スマホを確認したら、
『おーい、まだ起きないの?』
というメッセージが一時間前に千夏から届いていた。
俺は『今起きた』と返信する。
すぐに既読が付いた。
直後に千夏から電話が来る。
「おはよう。寝過ぎじゃない?」
「徹夜だったんだから、これぐらいは寝てたいよ。どうしたの?」
俺が聞くと千夏は少しだけムスッとしたようだった。
「恋人からの電話に『どうしたの?』は酷くない?」
「そう簡単に変化は出来ないよ」
俺が返すと千夏は笑った。
「そうだね。いやさ、電話したのは朝の話の続きをしたかったの」
朝の話の続き、というのはカードゲームのことだろう。
「ほら、最後の方、冬樹は眠そうでまともに聞いていなかったでしょ?」
「それは認めるけど、恋人としての初めての電話がカードゲームのことじゃ、いつもと変わらないじゃん」
俺と千夏の会話の内容は秋人と春香のことを除けば、ほとんどがカードゲーム関係の雑談だ。
「そんな簡単に変化はしない、って冬樹も言ったでしょ?」
千夏の言葉に対して、今度は俺が「そうだね」と返した。
多分、もう少しの間、俺たちの距離は変わらないだろう。
でも、俺は今が楽しくて堪らない。
そして恐らく、千夏もきっと同じことを思っている。
「だからね、朝も話したけど、このカードの方が…………」
俺と千夏は恋人らしい話なんて何もせず、いつも通りの雑談を始めた。
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