パン屋の灰かぶりちゃんに魔法をかけた話
「号外、号外だよ!」
新聞配達の少年が紙ビラをどんどん辺りに撒き散らしていく。はらはらと舞う紙は人の手元に届いたり、そのまま煉瓦道に落ちていた。今日が晴天で良かった。雨だったら悲惨だったね。
ここはそこそこ繁盛している商店街の通りなので、朝の早い時間にも関わらずそれなりの人が立ち止まっては紙ビラを眺めている。
そんな中、俺は紙ビラに目も止めず淡々と目的地に向かって歩いていた。
「あらやだ、お城で舞踏会ですって! それも国中の女性を集める舞踏会! 上流階級以外は事前に申請すれば招待状が届くみたいよ!」
「なんだよ、男は要らないってか」
「そりゃそうでしょうよ。これはきっと王子のお相手探しに違いないわ」
聞こえてくる声に少しだけ意識を向ける。男の俺には関係なさそうだなと思いつつも、その考えはすぐに見直される。
この俺、ロータスはドレスの仕立屋を営んでいる。自分でいうのもなんだが話題の仕立屋だ。
王道な作りなのに生地やレース、装飾が人並外れて素晴らしいと巷で評判になっている。
まっ、人並外れているのも当然で、実は全部魔法の力。仕えていた気の強い皇女様に嫌気がさして隣国の帝国から逃げてきたので公表はしていないが、俺は魔法の力を使ってドレスを仕立てている。元帝国お抱え魔法使いの実力を以てすればこの世の物とは思えない素敵なドレスが簡単に出来上がるわけだ。
今回の舞踏会は急な話だが、なにより政治の力関係が変わってしまうような話だ。有力な家は俺の店のような有名どころに新しいドレスの仕立てを依頼してくるだろう。
こりゃ忙しくなるな。
なんて考えているとあっという間に目的地であるパン屋へとたどり着いた。
メルヘンな作りの扉を開ける。来客を知らせる鐘の音を聞きながら店内に入ると、早速、焼きたてのパンの香りが鼻腔をくすぐった。
「あっ、ロータスさん! いらっしゃいませ」
カウンター越しから愛嬌のある笑みと共に朗らかな声で歓迎してもらう。彼女はペペル・ユーガーといい、訳ありでこのパン屋に住み込みで働いている。
このパン屋のふてぶてしい女将と違い、愛嬌のあるペペルは看板娘として評判だ。
愛嬌ばかり注目されるが、俺が見る限り、彼女はかなりの美人だ。透き通った空の色をした瞳とキラキラと光を反射する金髪。老若男女問わず、皆目を奪われる素材を持っている。が、皆そのことに気づいていない。
どうしてその美貌に目を向けられないのかというと、新作のパン作りに追われているため、いつも頬やら髪やらに煤や灰がついているからだった。まだ朝だというのにさっそく今日もエプロンと三角巾が汚れている。
文字通り美人が台無しと言ったところだな。
「よっ、ペペル。おはよ。君は聞いた? 号外の話」
「あー、なんだか外が騒がしいですよね。女将さんが気になって外に出たところですよ。すれ違いませんでした?」
「残念ながらすれ違ってないね」
「そうですか。そろそろ帰ってくると思うんですけどねー」
ペペルはそこで一旦話を区切ると、俺にパンが乗っている皿を渡してきた。ふわふわした見た目の白いパンだ。小麦の良い薫りがして美味しそうだ。
「新作作ってみたんです。ロータスさん、食べてみてくれませんか?」
パン作りに精を出しているペペルは、新作を作っては俺に渡してくれる。基本美味しいがたまにとんでもない味のパンが出てくる時もある。それらを含めて俺はペペルの新作を食べるのが好きだ。
「ありがとう。じゃあいただくよ」
今日は当たりな気がする。
パンを受け取った俺はそれを一口サイズにちぎって口に運ぶ。うん、やっぱり今日は当たりだ。
「美味しいよ、ペペル。ふわふわしてて柔らかいのが良いね。小麦の味をしっかり感じられるのも良い。女将に相談したら採用してくれるんじゃないかな」
俺の言葉にペペルは満面の笑みを浮かべる。
「本当ですか? えへへ、じゃあ女将さんに相談してみようかな」
嬉しそうなペペルの顔を見ながら俺は残りのパンも食べきる。うん、美味しかった。
「俺、毎日買うよ」
「言いましたね。約束ですよ?」
そう言ってペペルは笑った。
穏やかな雰囲気に包まれていた俺たちだったが、入り口の扉に付いた鐘の音がけたたましく響き、その雰囲気は壊れてしまった。
思わず振り向くとそこには恰幅の良い少し背の低い中年の女性がいた。パン屋の女将だ。手にはビラが強く握られている。
「ペペル、一大事だよ! お城で舞踏会が開かれるって。それも年頃の娘なら身分問わず参加できるって話さ!」
「お城で、舞踏会……」
客の俺を無視して女将はペペルに駆け寄る。カウンターの上に勢いよく叩きつけたビラは、さっきばら蒔かれていたものと同じだった。
「綺麗な格好をして、美味しいものを食べて、イケメンと踊る! 最高じゃないか!」
「それは確かに素敵かも……」
女将の発言に乗せられたペペルは自分が舞踏会に行った姿を想像しているようだ。
「でも、私、ドレスを用意できるかな……」
「なーに、私が手を貸すよ。ペペルのおかげでこの店のファン、順調に増えてるからね」
「そんな、これ以上女将さんに厄介になることは……」
盛り上がる二人のすぐそこで蚊帳の外の俺。いやいや、せめてドレスについては俺も混ぜて欲しいね。一応、それなりに有名な仕立屋だぞ?
寂しくなってきた俺は自分のことを思い出してもらうために声をあげる。
「俺、仕立屋な――――」
が、せっかくあげた声を掻き消すかのように扉についている鐘がけたたましい音を放つ。
「ペペル、見つけたわよ」
声の主は白髪混じりの髪を上品に結い上げた貴婦人だった。上流階級に属しているのが一目で分かる出で立ちで、顔つきはおっかない。お近づきにはなりたくない雰囲気の人だった。
「…………!」
声をかけられたペペルは驚きのあまり声を失って棒立ちしている。女将が小声でペペルに何かを確認しているが、混乱している彼女には届いていないようだ。
貴婦人はそんな様子のペペルに呆れながら、こちらへと歩み寄ってきた。カウンターに置かれた紙ビラが目に入ったようで、ペペルに改めて声をかける。
「その号外があるということは、ペペルも知っているのね。それなら話は早いわ。我が家に詳細が書かれた手紙が届いたの。ペペル、今回は王命で上流階級の年頃の娘は全員参加よ。意図的に不参加にした場合、何かしらの罰が下るのではないかと噂されているわ。だから、あなたにはユーガー家の一員として舞踏会に参加してもらいます」
「お、お継母様、一体何を……」
「物分かりの悪い子ね。とにかく、あなたの分のドレスを仕立てたり、ダンスの練習をしますから、早く家に戻るわよ」
「いやです。お断りします。私は戻りません」
「私だって、あなたを連れていきたくないわよ。でも、あなたを連れていかないとどんなお咎めがあるか分からないし、あなたのドレスが古かったりまともにワルツを踊れなかったら家の名に傷がつくの。そんなの嫌よ。あなたも大好きなお父様の家の名に傷がつくのは嫌でしょう? さっ、行くわよ」
偉そうな態度の貴婦人はそう言ってカウンター前に立つ。ペペルは何か言いたげだが、それを堪えて言葉を飲み込んでいる。力強い視線から激しい抗議の意思を感じた。彼女が動く気配はなく、代わりに女将が顔を赤くして今にも暴れだしそうだ。
うん、それはやばい。ここは俺が動かないと。
「いきなり来て無理矢理連れていくだなんて、それはないんじゃないですか?」
完全に空気だった俺はカウンターと貴婦人の間に割り込んだ。
「ロータスさん……」
ペペルが俺の名を呼ぶ。
俺は彼女の過去をあまり知らない。俺がこの店に来た時からペペルがいたし、女将から聞けた情報も「行く宛のない娘を拾ったんだ」という話ぐらいだ。
やり取りからしてペペルと貴婦人は親族なんだろう。血は繋がってなさそうだが。
ペペルには世話になっている。
この王国に来たばかりの俺は皇女様の無茶ぶりで笑顔の仕方を忘れ、疲弊していた。そんな俺をペペルは美味しいパンと温かい人柄で癒してくれた。助けてもらった分、助けたい。
「我が家のことに口を出さないでくださる?」
俺の行動に気を悪くした貴婦人は顔をあからさまにしかめた。
「ペペルが嫌がってるじゃないですか。それに今すぐ行く必要があるんですか? この舞踏会は今日発表された話です。仕立屋やダンスの講師の手配だってそんなすぐに出来るものじゃないですよね? もしかしてもう手配が完了したんですか?」
俺の質問に気を悪くした貴婦人は鋭い眼光で俺を睨む。なんだか帝国にいた時代を思い出すな。皇女様の視線もおっかなかった。
「まだのようですね。なら、後でもいいじゃないですか。それとも早く連れていかなければならない理由でもあるんですか?」
「…………」
理由がないのか、それとも言えない理由なのか分からないが貴婦人は何も言わない。
風向きが変わってきたことで自信を取り戻したのか、ペペルがカウンターの横を抜けて歩き出す。そして貴婦人の前に立つと力強く言葉を発した。
「お継母様、こんな私でもユーガー家の一員です。そのことは自負しております。ですから迷惑がかからないよう努めますが、屋敷には戻りません。必要に応じて出向きますので、それでご容赦いただけませんか」
ペペルの真っ直ぐな視線に貴婦人は一瞬たじろいだかと思うと、無表情に変わった。
「……また来るわ」
面白くないと言いたげな声色だ。
貴婦人はくるりと背を向けると出口に向かって優雅に歩いていく。と思ったら立ち止まった。
「まったくみすぼらしい店ね。客もみすぼらしいわ」
そんな捨て台詞と共に店を去っていった。
「出禁よ、出禁!」
大声で女将が暴れる。まあまあとペペルが落ち着かせる一方で俺は少し傷ついていた。
みすぼらしいって……。白いシャツに茶色のベストとスラックス。シンプルな装いだけど、その飾らないところが良いと巷で評判のスタイルなんだが。これでもそれなりの仕立屋を営んでいるんだが。一応、女性客から褒めそやされる容姿なんだが。
「あの、ロータスさん、ありがとうございました。ロータスさんが身を挺して守ってくれたおかげで、私、落ち着くことができました」
ショックを受けていたのが顔に出ていたのか俺にペペルが優しく声をかけてくれた。
いつまでも悲しんではいられない。俺はペペルの優しさに応えるよう笑みを返す。
「役に立てて良かったよ。朝、ペペルの顔を見るのが日課だから、急にいなくなられても困る」
「そういって貰えると嬉しいです。やっぱり、私の居場所はここだなぁと改めて思いました。女将さんもありがとうございました」
ペペルのお礼を受け、女将は満更でも無さそうだが、やはり苛立ちは収まらない様子だ。
「ペペルは大事な家族さ。それにしても、あれが前言っていた家を乗っ取った女かい? 本当に腹が立つね」
「再婚相手としてあの方を選んだのは父ですから、こればかりは仕方ないです。それに父はもう亡くなりましたし……。後継者は父と継母の間に生まれた男の子ですから、乗っ取ったというより、私が邪魔者になっただけです。連れ子のお姉様も二人いますし、私、あの家には居場所がないんです」
ペペルにしか分からない孤独な想いに俺と女将は言葉を失う。訳ありと聞いていたが、そういう事情だったとは。
何も言葉を返さない俺らを見て、空気を悪くしてしまったとペペルは思ったのかわざとらしく明るい声を出した。
「まっ、せっかくの機会なので舞踏会楽しみます! ドレスも美味しい食事もイケメンとのダンスも全力で挑みますから!」
「ペペル、その意気だよ! 楽しんだもの勝ちだからね」
ペペルの気遣いを無駄にしないように女将がすぐさま同意を示した。なんて温かいんだろう。沁々と感心していると、突然、女将から豪速球が投げられる。
「ロータス、あんたも手伝うんだよ」
そりゃそうでしょうね。
* * *
それから俺は仕立ての依頼を受けつつも、パン屋に通ってはどんなドレスが流行っているかとか、どんな形がペペルに似合っているかなど作戦を立てていった。あの貴婦人がどんな職人を連れてくるか分からないからな。事前にペペルに知識を授け、変なドレスにならないよう対策を講じていた。
今日はアクセサリーの話でもするかと思いながら例のメルヘンな扉を開ける。すると、店内は信じられないほどどんよりとしていた。
ペペルは顔を伏せ、女将がそのペペルを慰めている。
「な、何があったんだ……」
俺の質問に珍しくテンションの低い女将が答える。
「さっき、あのいけ好かない女が来たんだよ。ペペルを舞踏会に連れていくことはないって言いにさ」
「王命だから上流階級の家の女性は参加する必要があるって話じゃ?」
「そこまで厳密じゃないんだと。届いた招待状には名前がしっかり記載されているようだけど、連れてこなくても問題ないと確認が取れたと言っていたよ。まあ、それはいいんだよ。あの女の世話になんてなりたくなかったしね。ただ、招待状の事前申請がもう締め切っていて……」
女将は堪えきれないのか長く息を吐いた。落胆しているのが痛いほど伝わってくる。当の本人のペペルは変わらず顔を伏せているので、表情は読めないが暗い雰囲気だ。
「招待状が無いのが問題ってことか」
「ああ、貴族や地主には申請なしで招待状が届くけど、私たちのような庶民は事前に申請する必要があるからね。もっと早くにあの女が言ってくれれば良かったのに……」
もう一度女将は溜息を零す。すると、伏せていたペペルがゆっくりと顔を上げた。笑っているが、痛々しい。無理しているのが良く分かる。
「縁がなかっただけですよ。ドレスも、ダンスも、ロマンティックなひと時も憧れますけど、別に無くても生きていけますし。だから、大丈夫です」
大丈夫? そんな顔で大丈夫と言われても信憑性なんて皆無だ。
あのおっかない貴婦人が今日告げに来たのもわざとなんじゃないのか。ペペルが装ったら、その美しさで良縁が生まれる可能性もある。締め切り後の今日を選んだのも、連れ子の二人の娘の邪魔になると判断したからかもしれない。
邪推なんて良くないのに、思わず思考がそちらに流れてしまう。意味のない推測よりも、まずはペペルをどうにかしなくてはいけないのに。
俺は昂る気持ちを抑えて、打開策はないか考える。
今更招待状の手配は難しい。となると、招待状なしの強行突破しか道はないように思える。
「女将、聞きたいんだけど、招待状に名前が記載されても問題ないってことは、確認を大してしてないってことだよな。あの貴婦人、何か言ってた?」
「私が名前が載ってるじゃないかと聞いた時、国中の女性を招待するので今までに比べて参加人数がとても多く、招待状の名前は確認せずにその手紙があるかどうかだけで判断するって言ってたね」
国中の女性を招待することを考えると、いちいち確認するのは確かに現実的ではない。招待客リストも作っていなさそうだな。それに回収した招待状を再度確認することもこの温度感ならないな。
通過するにはその確認の担当者の気持ち次第ってところか。
よし、これならいける気がする。俺の手腕次第だけど、ペペルの素材なら間違いない。誰もが見惚れ、通さずにはいられない美しい令嬢に彼女ならなれる。
自信を得た俺は無理矢理口角を上げているペペルを真っ直ぐ見つめた。
「諦めるのはまだ早い。そんなザルな招待状なら何とかなる」
俺の発言にペペルの瞳が不安そうに揺れる。女将も不審がっている。俺は二人を安心させるために、にっこりと笑った。
「ペペルを通さずにはいられない圧倒的な令嬢に仕上げればいいだけの話だよ。簡単、簡単」
「そんな無茶ですよ、ロータスさん」
「招待状の有無だけなら招待客リストはきっと存在しない。となると、招待状の役割は王室側が把握している人数を越えさせないようにするためと考えられる。30人突破させるのは厳しいけど、美しく着飾った令嬢1人だけなら余裕だね」
「で、でも、私そんな綺麗になんて……」
「俺に任せて。ほら、俺、仕立屋だからさ。ペペルなら大丈夫。女将、ちょっとペペル借りるよ」
そう言って俺はペペルの手を握った。
「ろ、ロータスさん!?」
ペペルの慌てる声が聞こえてきたが、俺は一切無視して彼女をパン屋から連れ出して自分の店を目指した。
店にたどり着くと俺はまず困惑するペペルをソファに座らせた。そして生地の見本をいくつか用意していく。それらをソファの前のテーブルに並べると、戸惑っていたペペルの表情が輝き始めた。
「うわぁ、素敵……!」
何回か配達で来てもらっているペペルだが、棚に置いてある生地を見せるのは今回が初めて。だからか、ペペルの視線は忙しなく動いている。どうやら気分も回復して元気そうだ。良かった。
「そんな焦らなくても生地は逃げないぞ」
「だってどれも綺麗で……! こんなの目移りが止まりませんよー!」
嬉しそうに生地を眺めるペペルに触れて良いと伝えると、ペペルはさらに笑みを深くした。あれも良いこれも良いと独り言がずっと続いている。
こりゃ舞踏会前に仕立て上げられないかもしれないな。なんて思ったり。
早速、ペペルに生地の特徴を説明しながらドレスの方向性を決めていく。和気あいあいとした雰囲気は気心知れた仲だからか悪くはない。
そんな賑やかな店内に、突然、扉の開く音が響く。
機械的に扉に顔を向けると、そこにはなんとあのユーガー夫人がいた。おいおいマジか。
ユーガー夫人も先日俺にした丁寧な挨拶を思い出したのか、顔をぎょっとさせている。みすぼらしい男がこんなところにいるとは思わなかったんだろう。
「いらっしゃいませ」
これまた機械的に一応歓迎の言葉を口にする。ついでに俺が店側の人間であることもアピール。
歓迎が本心じゃないのは声色でバレたな。俺の声色がいつもと違うことに気づいたペペルは、不審に思って扉の方へと振り向いた。
「……お継母様」
「ペペル、なんであなたがここに」
ユーガー夫人は衝撃で言葉を失う。まあ驚くわな。
暫く放心状態が続いていたが、気を取り戻したのか夫人は俺のところまでずかずかと近づいてきた。
「あなたがこの店の方だったなんて。知らずに先日はご無礼を」
どっから出てるのか分からない猫なで声。そのままユーガー夫人は言葉を続ける。
「この国で一番の仕立屋と聞きましたの。まっ! こんな素敵な生地、見たことありませんわ。これでドレスをあつらえたらどれだけ素敵なんでしょう」
「どうも」
冷たい声になるのは仕方がない。俺はそこまで出来た人間じゃないんでね。
俺の冷めた態度に分の悪さを感じたのか、ユーガー夫人は更に下に出た。
「このお店で仕立てたドレスを着た方が夜会にいると、皆さんそのドレスの話しかしなくなりますの。社交界でこのお店を知らない方はいないわ」
「名前は知られてても店主の顔は知られてないみたいですけどね」
俺の返しにユーガー夫人は顔をひきつらせた。どうでもいい会話なんて早く終わらせてペペルのドレス決めたいんだが。
そう思っていると有り難いことに夫人が本題に入ってきた。
「……ところで、本日お邪魔したのは例の舞踏会用にドレスを2着ほど仕立てていただきたくって。相場よりお金は出すわ。どうかしら、引き受けていただける?」
よくもまあペペルの前でそんな依頼を俺に出来るな。その精神、見習いたいね。
溜め息を堪えるためにユーガー夫人からペペルに視線を移す。さっきまで楽しそうだったのに、また不安げな表情に戻ってしまった。
さっさと終わらせよう。
「申し訳ないですけど、既に依頼が何件かあって手一杯なんですよ。他を当たってください」
「お金ならあるわ。ペペルよりも出せる。いいえ、全ての依頼をまとめた額よりも多く出すわ。それにペペルは舞踏会の招待状がないからドレスが無駄になるだけよ。ねえ、だから引き受けていただけない?」
「うちは金で仕事を選びません。そういう対応を受け付けてる別の店に行ってください。それに俺、あなたの娘のドレスなんて仕立てたくありませんし、そもそも俺の作るドレスは本人の内面の美しさも仕上がりに影響します。あなたの娘に会ったことはありませんが、ペペルへの不当な扱いをとるあなたの様子を見れば底が知れる」
怒りに身を任せないよう淡々と告げるよう心がけてみたものの、感情的な内容になってしまった。
ユーガー夫人は顔を真っ赤にし、怒りのあまり言葉を何も発せずにいる。
「もう一度言いますが、あなたの娘のドレスを作る気はありません。お引き取りください」
言いきった俺は店の扉を開けて、帰り道の導線を用意して差し上げる。
「っ! 言わせておけば……!」
夫人は真っ赤な顔のまま貴婦人らしからぬ怒りを露にした。そしてその態度のまま出口に向かって歩き始めた。
「ええ、ええ! 結構ですとも! 失礼しますわ!」
扉を開け続ける俺にそう言葉をぶつけると夫人は去っていった。
ゆっくりと扉を閉め、急いでペペルの元へと戻る。
「ペペル、大丈夫?」
「あっ、私は大丈夫です。ごめんなさい、顔に出てましたよね。ロータスさんがハッキリとお継母様に言ってくれたおかげで、少し気持ちが軽くなりました。ありがとうございました」
「ならよかった。じゃあ続けようか」
「はい。あっ、そうだ。さっき内面の美しさもドレスの仕上がりに影響するってロータスさん言ってましたけど、どういうことなんですか?」
純粋な瞳でペペルが俺に聞いてくる。夫人への怒りのあまり、思わず言ってしまったが、これは魔法の影響の話であまり触れてほしくない部分。実際、俺のドレスは着る人があまりに淀んだ心をしているとその影響で魔法も淀み、くすんだ色のドレスになってしまう。
ペペルはその点間違いなく問題ないけど、せっかく彼女のドレスを作るなら一切妥協はしたくない。俺の持ち得る全ての技術を使いたい。
いっそ魔法のことを話した方が伸び伸びと作れそうだ。
「ペペル、ちょっとそこで立ってもらえる?」
ペペルを立たせた俺は、何もない空間からおもむろに杖を取り出す。突然現れた杖に驚くペペルを無視して、俺は杖をペペルに向かって振りかざした。
すると、彼女が身にまとっていた煤と灰で汚れた服が上質なモスリンの優美なドレスに代わり、三角巾は美しい銀のティアラになった。
「え、え、えええ!?」
「俺、実は魔法使いなんだ」
そんな俺の告白にペペルはもう一度大きく驚いた。
驚くペペルに俺はゆっくりと自分のことを話した。
帝国お抱えの皇女様専任魔法使いだったこと。皇女様の無理難題にうんざりしてこの王国に逃げてきたこと。皇女様が俺のことを探し回っていること。
魔法だけでなく俺の身の上話全てをペペルに話した。
最初は情報量の多さに処理しきれてなさそうな反応だったけど、途中から整理できたのかペペルは話を聞いた上で気になったことを質問してくれたりした。
一通り話し終えるとペペルは目を輝かせながら俺を見つめた。
「ロータスさんって凄い方なんですね。人気の仕立屋さんとは聞いてましたけど、まさか魔法で生地やら刺繍やらを作っていただなんて。話題の仕立屋さんなのも頷けます」
「ちょっとずるかもしれないけどね」
「ふふっ、そんなことないですよ。仮にそうだったとしても、あんな素敵なドレスがこの世に誕生するなら皆問題にしませんよ」
ペペルはふんわりと笑う。
なんだか笑顔が眩しくて見ていられない。気恥ずかしくなった俺は話題を変えることにした。
「俺の話ばっかりだな。ペペルの話も聞かせてよ。事情があって家を抜け出したのは分かったけど、どうしてあの女将の元にいるの?」
「きっかけは女将さんなんです。もう何もかも嫌になって家を出た時、僅かなお金しか持ってなくて。深く考えずに出ちゃったのでこの先どうしようか不安になっていると、パンの焼けた良い薫りがしたんです。つられてパン屋に入ったら女将さんがいて。どうもその時の私は見るからに酷い顔をしていたみたいで……。事情を話したら女将さんから住み込みで働かないかと声をかけていただいたんです」
「女将は何だかんだ面倒見がいいからな」
俺があのパン屋に通うようになったのも、女将が俺のことを心配してくれたからだった。
たまたま店に来た俺があまりにも生気がなくて、それにぎょっとした女将がペペルにパンを配達させるようにしたのが全ての始まり。皇女様の無茶振りに精神がすり減っていたあの頃の俺に、女将とペペルの優しさは相当沁みた。
俺の同意にペペルは満面の笑みを浮かべた。
「本当に女将さんって温かい人ですよね。私自身もパンが好きでしたしそのお話に甘えることにしたんです」
「パン、元から好きだったんだ」
「はい! 昔、まだお母様も生きていた頃、家族で旅行に行ったことがあって。目的地の途中で立ち寄った街でパンを食べてから、ずっと好きなんです」
大切な想い出なのか、ペペルは表情だけでなく声も柔らかくなる。
「正直、味なんて覚えていないんです。でも、楽しかったことが忘れられなくて。その土地には、目を閉じながら20回噛んで食べると良いことが起きるという言い伝えががあったので、実際に挑戦したんです。私、一生懸命噛みました。上手くできたと思って目を開けたら、お父様とお母様が楽しそうに私のことを見つめていて。褒めてくれた後に、口の周りについたパンくずをお母様がとってくれたんです。私、すごく嬉しかった。ささやかなことですけど、かけがえのない思い出なんです。パンって、私にとって幸せの象徴なんですよ」
一生懸命話すペペルの顔は今まで見たことがないほど優しい。
「もちろん、女将さんに声をかけてもらったのが一番の理由ですけど、どうせ働くなら人に楽しい時間を提供することができる仕事をしたいと思っていたんです。あの時の幸せな時間を今度は私が提供したいなーって」
「今、実現できてそうだな」
「はい、皆さんのおかげで! だから楽しいんですよ、毎日が。ロータスさんも毎日来てくれて、私のパン開発に付き合ってくれてますもん」
ペペルは朗らかに笑う。着飾っているからか一段と華やかで、俺は目が離せなかった。
お互い自分のことを話終えると、改めてドレス作りに集中することになった。
さっきペペルに見せた物の姿形を変える魔法は時間制限があり、暫くすると魔法は解けてしまう。それじゃ売り物にならないので、基本的には魔力を注いだ布を生地に使い、刺繍などの細かいところは魔法で縫っていた。今回のペペルのドレスは形に残って欲しいので、基本的な作りで作成していく。
デザインは紆余曲折を経て、淡い水色を基調にし、裾に下がるにつれてほんの少し青を強くしたグラデーションの色に決定。生地は絹のタフタを使用して艶を出していく。裾には銀の糸とダイヤモンドで刺繍を施して舞う度にキラキラと輝くようにする。加えて、長い白の手袋と生花の髪飾りを用意してよりロマンティックに仕上げることにした。
細かいところは仮縫いで調整することにして、その日は解散。ペペル以上にわくわくしている自分がいて驚いた。
自分の力でペペルを笑顔にできるのは、気分が良かった。
* * *
やることが多いとあっという間に時間が流れるもので、驚きの早さで舞踏会当日を迎えていた。
陽が沈み始めた夕方。営業を終えたパン屋で俺は一人時間を潰していた。ペペルは俺が持ってきたドレスを着るために、女将と一緒に居住スペースである二階に行ってしまった。俺が魔法使いであることは、ペペルに知られた後、女将にも説明していた。だから、この世の仕上がりとは思えないドレスに女将が驚くことはないので安心している。
今日までの日々を思い出すと感慨深い。ドレスだけでなく、ダンスの練習も付き合ったが、何度足を踏まれたことか。最終的に仕上がったのが奇跡に思える。ペペルのやる気と意気込みは凄かった。
ドレスは俺の中で最高傑作になった。請け負った仕事に差をつけるのは良くないと分かっているが、他のドレスよりもペペルのドレスに力を入れてしまった。
相手のことを良く知っていると色々な案が浮かんでくるから大変だった。皇女様の時にはそんなこと一切起きなかったのにな。
「ロータスさん、お待たせしました」
弾む声がした方に顔を向ける。
そこには一国の王女すら敵わない美しい女性がいた。いつも灰や煤で汚れている顔と髪は湯あみによって本来の美しさを取り戻している。ドレスは狙った通り、動く度に裾が輝き、ドラマチックだ。女将の腕が良いのか結い上げた髪と生花の相性もいい。後で魔法をかけて固定させないといけないな。
用意した全てのものがペペルに似合っていたが、それ以上に魅力的なのがはにかむ笑顔だ。魅力を倍増させている。
「あの、ロータスさん、どうですか?」
「ロータス、こういう時は気の利いた言葉の一つや二つぐらいすぐに出すもんじゃないのかい」
見惚れて何も言えない俺に容赦ない言葉が浴びせられる。いや、女将の言う通りだ。何も言わないなんて駄目だよな。
「ごめん、あまりにも綺麗で。言葉を失ってた」
「えへへ、そうでしたか」
「今まで見てきた誰よりも綺麗だよ、ペペル」
俺の言葉にペペルは満更でもないのか頬を染める。
「そんな……。でも私もこの格好なら招待状無しでも舞踏会に参加出来る気がします。お二人のお陰です、ありがとうございます」
胸が温かくなる空気で満たされる。
が、これで終わりではない。俺は長方形の箱を持ってペペルに近づく。この箱の中には密かに用意していた特別な品が入っている。
「これペペルに」
「えっ、これって何ですか?ロータスさんに依頼した物は全部いただいたと思うんですけど」
「まあまあいいから」
疑問を抱きつつもペペルは俺の勧めを受けて箱を開ける。そこには――――。
「ガラスの靴……?」
「そう。俺からのプレゼント。魔法で作られたこの世に一つしか存在しないガラスの靴。どれだけ踊ろうが走ろうが痛くならないし、脱げることもない。上手く踊りたいと願えば、靴が美しいステップを踏んでくれるし、王子に会いたいと願えば、靴が連れていってくれるよ」
俺の魔力が注がれた唯一無二の靴。ダンスの特訓が無意味じゃないかと言われそうだが、ダンスは上半身も使うので特訓は必要だった。ステップだけ綺麗でも上半身が酷いと話にならないからね。
「す、凄い靴ですね! ありがとうございます。これを履いて舞踏会目一杯楽しみます」
「良い一夜を過ごしてくれよ。俺の魔法は12時を過ぎても解けることはないから、好きなだけ舞踏会を楽しんで」
「……はいっ!」
ドレスよりもキラキラした笑顔をペペルは俺に向ける。やっぱり、一番の武器はその笑顔だな。どんな男も見惚れてしまう破壊力がある。うん、良い仕事をした。
その後、俺が手配した馬車が来たのでそこにペペルを乗せる。そして女将と一緒に見送った。
そのまま帰ろうとする俺を女将は呼び止め、土産にパンを持たせてくれた。なんだか店内に残っていたパンのように思えるが、ありがたく頂戴する。
店舗兼家に着くと何故だかどっと疲れが出た。食欲もないし、そわそわしてしまう。
ペペルが無事に通過できるか心配なのだろうか。
一瞬そんな考えが過るが、すぐにそれを打ち消した。あの仕上がりなら担当者が全員生真面目じゃない限り通過できると思うし、もし難しかった場合でもガラスの靴の力で別ルートを通って大広間に辿り着けられるはずだ。だから、これは心配だからじゃない。
じゃあ、なんでこんなに居心地が悪いんだろう。
答えが見つからないままパンを淡々と食べ、帝国一流行っている仕立屋のカタログを眺める。秀逸なデザインが並んでいるのに全く頭に入らない。
ふと時計を見ると12時を過ぎていた。女将が俺のところに殴り込みに来ていないから、きっとペペルは舞踏会を楽しめてるはずだ。王子の目にも止まっただろう。
美しいペペルと王子のダンス。聴衆がうっとりするほど、絵になるんだろうな。
……王子、足でも踏まれりゃいいのに。
いやいや、何考えてるんだ俺。本末転倒だろ。ペペルの笑顔が見たいんじゃないのかよ、俺。あー、最低だな。
頭を冷やしたくて、俺は窓を開いてそこで夜風を浴びる。夜の冷たい風は気持ちをすっきりさせた。
もう自分でも分かってる。
俺はペペルのことが一人の女性として好きなんだ。
彼女の笑顔を俺だけに向けて欲しい、だなんて卑しくも思ってしまうほどには、彼女のことが好きなんだ。
まあ、自覚したところで何か出来るわけもなく。ペペルが王子や令息を気に入ればそれでおしまい。あっという間に失恋だ。
でも、それで良いと俺は思う。帝国に追われている俺が傍にいるより、身元もしっかりしている男の方がペペルは笑顔を多く見せるだろう。
「色々考えても仕方ないよな」
自分自身に言い聞かせるように言葉が出る。舞踏会でペペルが男に声をかけられないことは、絶対にない。となると、ペペルの気持ち次第だ。誰にも好意を抱かず、今までと変わらない日常がまた始まるかもしれない。……そうなったら俺はきっと現状に甘えるんだろうな。どうしようもないな。
顧客の噂好きな夫人に舞踏会の様子を教えてもらう約束をしているから、朝日が上れば全部分かるだろう。さっさと寝た方がいい。
俺はベッドに横たわって無理矢理寝ることにした。
* * *
明け方、眠っていた俺を起こしたのは力強いノック音と声だった。
朝から近所迷惑なと思っていたら噂好きの貴婦人が音の発生源だった。興奮している夫人は酒で酔っ払っているからか声も大きく、俺は急いで店に通した。
夫人は舞踏会中、ダンスも踊らず人間関係の観察や情報収集ばかりしていたようだ。どれだけ噂が好きなんだ。こんな夫人だが、純粋に噂が好きなだけなので俺が作ったドレスの輝きが失われたことは無かった。普通濁りそうなんだが不思議な話だ。
彼女は俺が聞くよりも先に色々な話をしてくれた。ユーガー家の娘のドレスがかなり古臭く悪い意味で浮いていたので噂の的になっていた話は興味深かった。どうやら俺以外の店にも断られてドレスを仕立てられなかったらしい。ペペルの継母、どんだけ人望ないんだよ。
悪い意味で目立つところに飛び込む男はいなかったようで、娘達は誰とも踊れず壁の花で終わっていたそう。ちょっと胸がすいたのはここだけの話だ。
他にも細々した話が続いたが、やはりメインは王子のお相手だった。そしてそのお相手で一番目立っていたのは大変美しい娘で、見事なドレスを着ていたそうだ。彼女の美貌に会場の視線が集中していたらしい。誰もどこの娘か分からず一国の王女が極秘で参加しているのではないかと話題になったそう。夫人はそんな話をしながら、あのドレスは俺が作ったのではないかと探りを入れてきた。酔っ払ってる割に探ってくるだなんて、本当に情報収集に余念がないな。
その美しい娘は12時を過ぎた辺りに帰ってしまったため、王子はその後誰とも踊らずにあの娘が誰だったのかを探っていたそうだ。
絶対にその娘はペペルだ。自信がある。それにしてもどうして彼女は途中で帰ったのだろうか。本人に聞いてみないと分からないよな。
ペペルに話を聞きに行きたくなったのと、これ以上追及されるとぼろが出そうだったので俺は強引に話をまとめて夫人にお帰りいただいた。
その後身支度を整えると、俺は店を出た。いつもより早く動く足はあっという間にメルヘンな扉の前まで俺を連れて行ってくれた。
ペペルが王子をどう思ったのか。知りたいようで知りたくない。そんな気持ちを隠すためにもいつもと同じ表情と声色で店に入りたいのに、いつもの自分がどんな雰囲気だったのか思い出せない。
思い出せないならこれ以上考えても仕方がない。俺は無理矢理笑みを浮かべながら、店の扉を開けた。
店内に入った俺を迎えたのはなんだか悩ましそうな顔をしているペペルだった。顔と髪は珍しく汚れていない。女将は奥の調理場にいるようで、二人きりだ。
「ペペル、おはよ。昨日は楽しかった? なんだか釈然としない顔だけど」
「実は謝らないといけないことがあって」
いきなり謝罪? いったいどうしたんだ。
「突然どうした」
ペペルは申し訳なさそうな顔をしながら、奥の棚に置いてあるかごからガラスの靴を取り出した。片足だけを。
「ガラスの靴、片方落としちゃったんです。12時を過ぎた辺りから眠くなっちゃって、飽きちゃって。それで帰ろうとしたら一度踊った王子様が追いかけてきたんですよ。畏れ多いし興味なかったので一生懸命走ってお城の玄関の階段を一気に降りたんですけど、その時、靴が脱げちゃって。おかしいですよね、魔法で作った靴だから脱げないってお話だったのに」
「あー、まあ、そういうこともあるかもな」
うーん、絶対にあの時だ。心当たりのある俺は棒読みになってしまう。
上手くいかなければいいのに、なんて柄にもなく思ってしまったあの時にペペルの靴が脱げたに違いない。俺のせいだな、完全に。
というか、王子に興味なかったのか、ペペル。それを聞いた俺は信じられないほど安心してしまった。
「せっかく作ってもらったのに本当にごめんなさい」
「俺の魔法が悪かったかもしれないし、別に良いって。それより舞踏会どうだった?」
罪悪感を覚えた俺は強引に話題を変えていく。ペペルが申し訳なさそうな顔をするのは見たくなかったし、ペペルが王子に興味を持ってなかったことを知り安心した今、純粋に感想が知りたかった。
「ロータスさんのおかげでドレスは誰よりも綺麗でしたし、お声もいっぱいかけてもらえました。特に食事が美味しかったんです! ロータスさんにも食べてもらいたかったなぁ。今度、真似したものを作るので食べてみてくださいね」
「楽しみにしてるよ。それにしても食べ物が忘れられないって、流石ペペルだな。……王子と一緒に踊ったって言ってたけど、それはどうだった?」
「うーん。なんだかあっけなかったです。王子様とのダンスってこんな感じなんだぁと思ってたら終わりました。他の男性とも踊りましたけど、全部そんな感じで。もっとお話をしたら相手の方のこと、分かるかもしれませんが、今の私には恐れ多くて。お腹もいっぱいになったし、もういいやと思って途中で帰ったんですよ」
「ペペルらしいな」
「そうですか? でも舞踏会、参加出来て良かったです。ロータスさん、ありがとうございました」
「どういたしまして」
ペペルの可愛らしい笑みに胸がいっぱいになりながら俺はそう言った。
「そうだ! 昨日の舞踏会で寝るの遅くて今日はパン作れなかったんですけど、女将さんが――――」
扉に付いた鐘のけたたましい音が店内を襲う。ペペルの声はかき消された。
一体何事かと振り向く。
とんでもない音と共に店内に入ってきたのは、高貴な服を着たハンサムな青年だった。
「装いは違うが、正しく君はあの時の……! 手に持っている靴も同じ! ああ、ついに出会えた! 私の運命の人よ!」
そう言って青年は俺を巧みに避けてペペルの元へと駆け寄った。きっと王子だ。もうペペルを見つけ出したのか、凄いな。
派手な登場だったからか女将も慌ててこちらに戻ってきた。皆で言葉を無くしていると、王子ご一行がぞろぞろと狭い店内に入ってくる。
「殿下のお相手はここにおりましたか」
大臣っぽい容姿の老年の男性がにやりと笑う。そして手を二度叩くと、後ろに控えていた護衛が近づいてきた。――――靴を持って。
「あっ! あれはロータスさんが作ってくれたガラスの靴……! 戻ってきましたよ、ロータスさん、良かったぁ」
お、おい、ペペル、その発言はまずい! 俺の顔を見ながら言ってるのもまずい!
「その反応、昨夜の令嬢はお嬢さんのようだな。履かなくても分かる。……それにしても、ほー、お前が作ったのか」
一癖二癖ありそうな大臣の目が光った。バレたら面倒だ。ここまで皇女様が突撃してくるぞ……!
「作ってません。俺にはとてもとても……」
「あのお嬢さんはお前が作ったと言っているが? ん?」
「特殊なルートから仕入れているんですよ、あはは」
「お嬢さんのために作られた靴のように見えたが? ドレスもかなり特殊な素材を用いているように見えたが? ん?」
「ですから、特殊なルートで、ねえ。あはははは」
これ以上言っても何も返ってこないと判断したのか大臣は追撃してこなかった。しめしめという言葉がまさにぴったりな表情をしているが、俺はそれを視線から外す。これはまずい、絶対に帝国に告げ口する気だぞ……。
追及する大臣と内心焦る俺の攻防戦に飽きたのか痺れを切らしたのか分からないが、王子が止めろと告げる。
「靴の出どころはもうよい。それより、私の大切な人。どうか一緒に城へ来て欲しい。そして私の妻になってくれ」
「え、ええ!? 無理ですって!」
突然のプロポーズをペペルは真っ先に拒絶した。その拒絶っぷりに全員驚いたが、王子だけは気にしていない。
「次期王妃の座を君にプレゼントするよ。なーに、心配はいらない。楽しい毎日を過ごせるよ」
はっはっはっと笑う王子はペペルが自分の提案を受け入れると信じて疑わないみたいだ。
どうやったらペペルの拒絶と皆のヤバい空気を好意的に捉えられるんだ。脳内変換の技術が高すぎる。何癖もありそうな大臣ですら困惑しているぞ、王子。
「で、でも私には自分のパン屋さんを開くという夢があるんです! 王妃の座はいりませんっ!」
「なんと思慮深く、それでいて慎み深い人なんだ! そんな遠慮しなくてもいい。さあ、とりあえず城へ行こう!」
王子はペペルの前に跪くとその手を差し出した。王子を凝視したままのペペルは硬直している。何をどうすれば良いのか分からないと言った感じだ。俺も分からん。
そんな混沌に陥ったこの現場を経験豊富そうな大臣が何とかしようと助け船を出した。
「お嬢さん、突然のことで困惑するのは良く分かる。正直、我々も困惑している。だから、お嬢さんの意志を尊重せずに結婚などとは考えていない。が、とりあえずこの場を収めるために来てくれないかね?」
「……あの、城に行ったとしても私、結婚する気ありませんよ?」
「結構、結構。それで充分。城の暮らしに満足したらそのままお住みになればいい。しっくりこなければ、この店に戻っていただいて結構。試していただくことに意味がある」
うんうんと頷く大臣の表情からは真意が分からない。言葉通りなのか、それとも……。
ここは聞くしかない。疑いながら俺は大臣に視線を送る。
「そう言って、ペペルを監禁する気なんじゃないのか?」
「彼女は私の運命の女性だ! 己から私の傍にいる道を選んでくれるはず、そうだろう?」
王子が何か言っているが触るとめんどそうなので放置する。すると大臣が小さな声で俺とペペルに耳打ちをしてきた。
「正直申し上げると王子の結婚相手の候補はとある国の末姫だったのだ。相性が悪いとか言って縁談の話を嫌がるから、とりあえず舞踏会でも開いて心の距離を縮めようとしていたのだが……。突然、その舞踏会に国中の娘を集めると言って聞かなくてな。仕方なしと開いてみたらそこのお嬢さんが圧倒的な美しさで。王子がそこまで気に入っているのならと思ったが、お相手のお嬢さんが乗り気じゃないなら、末姫との縁談を進めたいのが、我々家臣の思いだ」
「……なるほど」
内容的に嘘とは思えない。ペペルも自分の身に危険がないと判断したようだ。
「分かりました……。あの、でも、本当にお城に行くだけですよ?」
そう王子に告げると、王子はペペルの両手を勢い良く自身の手で包んだ。
「ああ! 素晴らしい! 君のことをもっと教えてくれ。私のことも知ってほしい。時間が惜しいな、そうと決まれば城へ戻るぞ」
「あっ、そ、そんな急がないで……! 女将さん、ロータスさん、行ってきます!」
王子ご一行はペペルを連れて嵐のように去っていく。ペペルは最後まで俺らの方を向いていた。俺は手を振って彼女を見送る。
……きっと、これが最後だ。ペペルにもう会うことはないだろう。大臣は皇女様に俺の居場所を知らせるに違いない。ここにいては皆に迷惑をかけてしまう。潮時だ。
急に静かになった店内にぽつりと女将の言葉が響く。
「良かったのかい、ペペルを行かせて。ロータス、あんたはペペルのこと好きだろう?」
どうやら女将にはバレてたようだ。昨日のパンもその気遣いだったんだろうな。
「追われてる魔法使いが王子より良いわけないからな。ペペルが幸せになれるかもしれない道を邪魔することなんて、俺には出来ないよ」
「……そうかい」
それ以上、女将は聞いてこなかった。
夢見がちな王子だが、それでも一国の王子。……ペペルにとって王子のところに行く方が幸せかもしれない。行かなかったとしても、女将と一緒にパン屋でやりたいことを実現させている方がいい。
俺と一緒に来て欲しい、と言うには俺は力不足過ぎるし、それどころか帝国に追われている身だ。言えるわけがない。
「女将、あのさ。俺――――」
* * *
王都の外れにある鬱蒼とした森の中で俺は転移魔法の魔法陣を地面に描いていた。魔法陣の行き先は海が有名な公国にしている。俺の新しい移住先だ。
昨日の大臣の反応を見て、俺は早々にこの王国を去ることにした。皇女様が来て暴れられたら誰にどんな被害が出るか分からない。ペペルや女将に迷惑がかかることは間違いない。
それに、自分の気持ちを自覚した今、ペペルのいるこの国で生活するのはしんどそうに思えた。ペペルが王子を選ぼうが選ばなかろうが、見ていて辛くなるのは分かっている。皇女様に追われる身の俺と一緒にいて欲しいだなんて、そんな無責任なことを俺は言えない。
……まあ、全部言い訳だな。本当はペペルに断られたくないだけだと思う。
情けない自分に呆れながらも魔法陣を書ききる。うん、良い感じだ。これ以上、ここにいても無駄に考え込むだけだ。さっさと行こう。
少ない荷物をまとめて魔法陣の中央に立つ、そして一振しようと杖を取り出した。
が、突然強い風が吹いた。とんでもない強い風だ。いやいや、さっきまで無風だったぞ。
慌てて魔法陣を見るが乱れている様子はない。よし、今度こそ――――。
「待って! ロータスさん、待って!」
聞き慣れた声が森に木霊する。
「ペペル……」
フリルとリボンがたくさん付いた可愛らしいピンクのドレスを纏ったペペルが息を乱しながら現れた。なんで、どうして、と頭が混乱する。誰にもここに来ることを伝えていないのに。
「良かったぁ、間に合って。もう! 酷いですよ、何も言わずに去ろうとするだなんて。もぬけの殻の仕立屋を見て言葉を失った私の気持ちなんて、一生ロータスさんは知ることないでしょうね」
「あー、えっと、それはごめん。何も言わずに国を出ることにして。でも、どうしてここに……」
「それはこの靴のおかげですよ」
ペペルはドレスを少しだけ持ち上げ、誇らしげにガラスの靴を俺に見せた。
「ロータスさんの言った通り、私がお城から抜け出したいと願ったら簡単に抜け出せましたし、行方が分からないロータスさんの元に辿り着きたいと願ったら、ここまで来られました。流石、ロータスさんお手製の靴ですね」
「なんで俺を探しに……」
ここに来られた理由は分かった。けど、目的が分からない。
俺の質問にペペルは少し頬を染めた。
「それは、その……。あの、私、気づいたんです。王子様に連れられて食事を共にしました。どれも素晴らしい食事でした。ソースも火加減も盛り付けも、本当に鮮やかで。でも、それだけで、ちっとも楽しいと思わなかったんです。舞踏会の食事もそうでしたが、ロータスさんと食べた方が楽しいなって思えて。このソースを参考にパンを作りたいな、ロータスさんに食べてもらいたいなって考えちゃったんです」
息が乱れているのに伝えたい気持ちが勝っているのか、ペペルは畳み掛けるように言葉を紡いでいく。
「私、ロータスさんと一緒が良いんです! どこか遠くに行くのなら私も連れて行ってください。女将さんから餞別として今まで働いた分のお給金をもらったので、お金でご迷惑をかけることはしません。それ以外も迷惑にならないようにしますから、お願いします!」
必死な形相になりながらペペルは俺に真っ直ぐな視線を向ける。
もはや告白に近いお願いに俺は言葉を失う。嬉しいのか嬉しくないのかと言われたら間違いなく嬉しいが、それよりも困惑が上回った。
何より問題なのが自信のない俺だ。ペペルの想いを聞いてもそれに応えられる勇気が湧いてこない。
「……俺と一緒に行っても苦労するだけだぞ。皇女様はどこまでも俺を追いかけてくるから、その度に移動することになる。そんな日常がペペルの幸せに繋がるとは、俺は思えない」
俺の情けない心情にペペルは呆れたに違いない。どんな表情になるか見たくなくて顔を下に向ける。魔法陣を意味もなく見続けていると、俺が作ったガラスの靴とピンク色のドレスが視界に入る。思わず俺は顔を上げようとするが、それよりも早くペペルが俺の頬に両手を添え、強引に俺の顔を上げた。不意にペペルと視線が交わる。
「私の幸せは私が決めますっ!」
凛とした声が俺の心を捕らえる。
「私がついて行くのがご迷惑になるのなら諦めます。でも、そうじゃないのなら連れて行ってください。私が一緒にパンを食べたいのは、食べてほしいのはロータスさんなんです!」
「ペペル……」
「私がついて行くのはご迷惑ですか、ロータスさん」
少し震えている声からペペルがどれだけ緊張しながら言っているのかが痛いほど伝わる。
こんなにも真摯に気持ちを伝えてくれているのに、俺はなんて情けないんだろう。ペペルはしっかりペペルの気持ちを伝えてくれている。
なら、俺ができることは、するべきことは同じように気持ちを返すことだ。
ようやく気持ちが決まった俺はペペルを抱き寄せる。驚いたペペルの声が聞こえたが、俺はそれを無視して強く抱きしめた。
「色々ペペルから言わせてごめん。俺もペペルと一緒にいたい。ペペルの笑顔をこれからも見たい」
「ロータスさん……」
せめて一番大事なことは俺から言いたい。
身体を離して真っすぐとペペルを見つめる。
「ペペル、好きだ。迷惑をかけると思うけどペペルの笑顔がこれからも見られるように、俺、精一杯頑張る。だから俺と一緒に公国に来て欲しい」
俺の告白にペペルは一瞬目を大きくし、俺の大好きな表情――――笑顔を見せてくれた。
「はいっ! 大好きなロータスさんと一緒に行けるなら、私はどんなところでも幸せです!」
その笑顔は魔法がかけられているように思えるほど、輝いていた。
* * *
「号外、号外だよ!」
新聞配達の少年が紙ビラをどんどん辺りに撒き散らしていく。はらはらと舞う紙は人の手元に届いたり、そのまま煉瓦道に落ちていた。今日が晴天で良かった。雨だったら悲惨だったね。
ここはそこそこ繁盛している海沿いの通りなので、朝の早い時間にも関わらずそれなりの人が立ち止まっては紙ビラを眺めている。
そんな中、俺も紙ビラに思わず足を止めた。拾って紙面を確認する。見出しは「帝国の皇女と王国の王子婚約」だ。
記事にはこう書いてある。縁あって王国を訪問した皇女が王子に一目惚れ。王子も一目惚れし、すぐさま愛を誓い電撃婚約、と。
例の噂好きな夫人から手紙で全貌を聞いていた俺は、当たり障りないふんわりとした記事に思わず笑ってしまう。
実際はこうだ。大臣から俺の話を聞いた皇女様はすぐさま王国へ向かい、俺のことを探しにきたらしい。俺が逃げたことを到着してすぐに知ったようで、皇女様はお怒りになるかと思いきや、波長の合う王子と出会い、そちらに夢中になったようだ。お互い逃げられた人がいることを知って意気投合。気性の荒い二人の恋は、あっという間に国同士の結婚というとんでもなく大きい話になったそうだ。無事にその話がまとまるか心配だったが、こうやって婚約の話が出回ってるのだから上手く行ったんだろう。大臣は喜んでそうだな。
それにしても皇女様は俺の腕に執着していただけだから良いとして……。王子、お前は移り気だな、まったく。
号外の最後には「結婚式で使用する髪飾りを提供すればすべて水に流す」と書かれている。俺にしか分からない内容で私信にもほどがある。とはいえ、まあ、めでたいのは事実だし、お祝いに作ってあげるのもやぶさかではない。毎日が幸せな俺は今までにないほど寛容だ。
「凄い話ね。世紀のラブロマンスよ!」
「いやいや、待てよ。王国の王子って妃探しの盛大な舞踏会開いてなかったっけ」
「やーね、無粋だわ。そういうのは気にしちゃダメなのよ!」
周りの会話に耳を傾けながら俺は海風を堪能しながら歩いていく。今日は特に気持ちが良い。店が落ち着いたら一緒に散歩するのも良いかもしれない。
そんなことを考えていると気がついたら目的地に到着していた。温かみを感じる外観の店には、色とりどりの花が飾られている。素朴な扉を開けると、焼きたてのパンの香りが鼻腔をくすぐった。
カウンターに目を向けると満面の笑みで俺を待つ灰かぶりちゃんがいた。
「ロータスさん、お帰りなさい。市場はどうでした?」
相変わらずペペルは頬やら髪やらに煤や灰をつけている。パン作りに熱心な様子が微笑ましくて、思わず顔が弛んでしまう。うーん、俺もだいぶ重症かもしれないな。
へらへらした顔を自覚しながら俺は口を開く。
「いい食材が揃ってたよ。特に野菜が新鮮だった。結構買ったから届けてもらうようにお願いしたよ。届いたらパンに挟んで食べよう」
「わー、楽しみ! あっ、でもその前にさっき作ったパン食べてくださいねっ」
ペペルはそう言ってパンを取りに奥の調理場へと下がっていった。
奥と言ってもそこまで広くないので俺はペペルにさっき読んだ号外の話をした。
「皇女様と王子、結婚するってさ。号外が出てた」
俺の話にペペルは大きな声で返していく。
「本当ですかっ! わー、凄いカップルですね」
「俺宛の私信があったよ。髪飾り作ったら全てを水に流すってさ」
「どうするんですか?」
「二人のおかげで毎日幸せだし、作ろうかなって考えてる。王国に戻れるようになったら女将にも会えるし」
女将とは手紙のやり取りを何回かしている。だからこちらにいることも知っているし、ペペルがパン屋を、俺がアクセサリーの工房を切り盛りしていることも知っている。
とはいえ、あれから俺たちは女将に一度も会えてない。
せっかくの機会だし髪飾り納めがてら女将に挨拶をしたい。
「女将さん、会いたいですね」
パンを持ってきたペペルが俺にそう優しい声で告げる。ペペルにとっては本当の家族よりも女将は家族のような存在だ。俺と気持ちは同じ、否、それ以上だろう。
ペペルの笑顔が見られるならどんな複雑な髪飾りも作れる気がするんだから、恐ろしいね。
「よし、じゃあさっさと作って女将に会いに行こう。まっ、その前に俺はこのパンをいただこうかな」
そう言って俺はペペルからパンを受け取る。外は硬く、柔らかい中の生地にはオリーブが混ざっている。癖になる味わいで食事のお供に良さそうだ。
「うん! 美味しいよ、ペペル。スープやサラダと合いそうだね」
俺の感想が嬉しかったのか、ペペルは瞳をキラキラと輝かせた。
「うわぁ、それ素敵ですね。今度のご飯、それ試してみましょう! 楽しみだなぁ」
スープはどの野菜で作ろうかとペペルは楽しそうに野菜の名前を候補に挙げていく。そんな様子のペペルが可愛らしくて仕方がない。
こんなにも幸せな気持ちになれるだなんて思いもしなかった。俺ばかり幸せでペペルを幸せにできているのか未だに自信がなくなる時もあるけど、それでも俺は一生懸命頑張りたいと思う。
「……ペペル、俺と一緒に来てくれてありがとう」
「突然どうしたんですか。それを言うなら、ロータスさんこそ私を連れてきてくれてありがとうございます。私、幸せです」
ペペルは言葉通り幸せそうに笑った。その笑顔は信じられないほど俺の心を満たしていく。
灰かぶりちゃんに魔法をかけたつもりだったけど、俺の方が魔法をかけられたのかもしれないな。