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アーク・ロスト・ワールド  作者: 江本平
第二章 誓った言葉を胸に抱いて
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前哨戦その0、または黒歴史その2と呼ぶべき愚行


 蝋燭の灯りだけが照らす、暗い部屋の中。

 夜だから当然暗いその室内で、就寝前の女性がペンを手に持ち、紙に何かを書き付けている。


「ふぅ……ケホッ」


 一段落してため息こそつくも、そこまで疲れているわけではない。常に寝ているか、こうして椅子に座っているかしかできない彼女は、疲労が溜まるまで活動し続けることはない。


 今日は外が騒がしいな、と感じながら、自身にはあまり関係のない事なので深く考えない。


 コンコン。


 窓をノックする音が聞こえる。

 ここは大きな屋敷だ。自分が今いるのは三階の広くて清潔な部屋。窓をノックされるなんて考えもしないだろう。


「?」


 彼女は窓に近付く。悪魔が潜むとは知らずに。


「ばぁ!」


「うひゃあっ!!?」


 心臓がバクバクと鳴る。腰も抜かした。

 一度そうなってしまったものは仕方がない。彼女は自身の状態と、今すぐ取るべき対策のことのみを考える。手遅れになる前に。


 そう、まずは深呼吸。


「もしもーし。聞きてぇことあるんだけどさぁ」


「すー、はー、すー、はー、……」


「この家の……っておーい……」


「すー、はー、」


「え?コレ俺が悪い?」


『……おまえ以外の誰が悪なんだ?』


「じゃあ世界が間違ってるんだね!」


『間違ってるのはリュウゴ、おまえだ!』


 蝶番の窓を開けて部屋の中に入ってきた悪魔が、尻餅をつくその部屋の住人に迫る。子供の背丈ほどの悪魔だが、その顔を覆う仮面のせいで圧迫感が増している。表情が読めなければ、相手への理解は遅れる。


「まぁいいやそこんとこ。なぁ、ここって市長の屋敷で合ってる?」


「すー、」


「もっしもーし」


『ちょっと待てよ!急かさない。つーかまずは謝れ!』


「ふぅー……危なかったー……」


 ようやく取り繕った平静で、女性が悪魔をしっかり見据える。キラキラしたまっすぐな瞳だ。


「君は誰かな?」


「あぁ、ドラゴ・トリックスです。どうぞよろしく……ちょっと待て何か来てない!?」


 悪魔は息をするように嘘をつく。堂々と誤情報を流布する。

 それとは別に、何か屋敷で破壊音が響いているようだ。


「君は何でここに――」


「リーンッ!!!」


 勢い良くドアが蹴破られる。破壊される際に、僅かにブゥンという音がした。虫の羽音のような、何かによって空気が振動(・・)する音。


「リヴお兄ちゃん?」


 突如現れた脅威から妹を守ろうと、長男が部屋に駆け付ける。次男はまた別の場所に。ペットは退路を絶つように。


「……」


 仮面の奥の表情を伺い見ることはできないが、露出した口元は歪んでいる。どこかひきつったような笑みではあったが。


 悪魔に、人道を期待するのは間違いである。


「いやごめん。マジで申し訳ない」


 小さな黒い刀、それの峰が妹の首筋に当たる。ひんやりと冷たい感触に、しかし妹は動じない。


「おいテメェ……!何してやがる……!」


「お兄ちゃんお兄ちゃん。私は大丈夫。ケホッ」


 静かにブチ切れる長男を、人質となった妹がなだめる。ただし、その期限は長くはない。


『おま……ッ!おまァ……おまえェッ!』


 そしてこちらにもブチ切れる子供が一人。


『何やってんだ鬼ィ!悪魔ァ!その手を離せ外道ッ!』


「うるせえな。速攻張り倒されるよりはマシだろ」


『だとしてもッ!』


「アホか殺したら人質の意味ねぇだろタコ。ちゃんと峰の方当ててんだろ?本人の前でイチから説明させる気か?むしろ交渉のカードをぶん取った俺を褒め称えろ」


『……そもそも悪いのはこっちでこの人が怖い思いする必要はない』


 悪魔は口先が巧い。道徳倫理度外視の状況判断に、子供は納得せざるを得ない。

 理解は出来るが、受け入れたくはない事実だ。


 長男が屋敷を壊しながら最短直線距離で部屋に入って来た時点で、悪魔はほとんど詰んでいた。突発的なよーいドンの合図で逃げ出したとしても、すぐ捕まってブチ殺される。あの目は本気だ。

 ならばせめて、号砲(あいず)はこちらで貰う。それと、盤面に不確定要素がバラ撒かれるまでの時間稼ぎ。向こうの準備が整うのはこの際仕方ない。


 それが、藪をつついて蛇どころか(長男)を出した上にその(地雷)を思いっきり踏みつけた悪魔の現状である。こんな悪魔滅んじまえ。


「この子は怪我させずに返すから俺を逃がしてくんない?追いかけんなよ?」


「……あぁいいだろう。リーンの安全が最優先だ」


 長男にとって妹の無事こそが最優先事項なので、この場ではどんなに殺したくてもそれを口にはできない。妹の安全を確保した上で、地の底まで追いかけてブチ殺してやる、とは言葉にできないのである。


「そーかありがとー。……決裂かぁ」


「……」


 しかし、この悪魔に(ハッタリ)は効かなかった。自身が同じような条件を突き付けられた時、その場は凌ごうとも悪魔もまた、地の底まで追いかけて相手をブチ殺すからである。


「ホント心苦しいよ。ごめんな」


『おい?』


 悪魔は一歩、一歩と窓の方へ後退する。妹の首には依然刀の峰を当てたままだ。


 窓の下、地面はペットが退路を塞ぎ、窓の上、屋根には次男がこれまた退路を塞ぐ。

 三階、それも大きな屋敷の窓。高さは優に30mはあろうか。悪魔は人質を伴って窓際まで迫る。


 そして悪魔はこの部屋に残された唯一の退路から――


「良心の呵責(かしゃく)ゥゥーーー!!」


「うわああぁぁあーーー!!!」


飛び立った。






「待ってました。父様」


「……ジュール」


 商談相手の屋敷から出てきたザックを待っていたのは、豪奢な馬車の側に立つジュールだった。御者台のユーへインは、この後の会話(・・)に入り込むつもりはない。親子水入らずの時間だ。


 反吐が出そうなほどに。


「少し話しませんか?送っていきますよ」


「……」


 無言で、ジュールが開けた馬車の扉から中に乗り込む。後から乗り込んだジュールは、ザックと向かい合うように座る。


(気まずゥッ!帰りてぇ~!)


 そんなユーヘインが心情を挟み込む暇など無く。馬車がゆっくりと動き出す。


 ミラハンド商会は、ここ『商業都市郡』ハムスを拠点とし、世界中を股にかける商会である。

 商材は多岐にわたるが、大まかには、ハムスで作られた剣・盾・工芸品等を輸出し、他国からは食糧を輸入する。そしてそれをハムスで売る。

 大所帯が故に、各方面に根を這っており簡単には手が出せない。


「ミラハンド商会を潰すことにしました。と言っても、ほとんど父様の追放ですね」


 例えば、従業員。彼ら彼女らを路頭に迷わせることになれば、それは大きな社会問題だ。ただでさえ不安定な世界経済に負担をかけ、万が一破綻するようなことがあれば、『黒点』などという災害なしに人間の尊厳はその価値を失うだろう。






「良心の呵責ゥゥーーー!!」


「うわああぁぁあーーー!!!」


 人質の首筋に刀の峰を当て、俺たちは背中から落ちる。一瞬の落下はフェイク。地面にも待ち伏せしてるのは分かってる。

 俺に働く力を【叛逆】によりリセット。窓枠に残していた(かかと)を支点とし、体を一気に上へ。


「うひゅぁっ!?」


「ガウッ!」


 窓枠の下辺に足を掛ける俺とは逆に、下を覗き込むように滞空して窓枠の上側に足をかけたリヴお兄ちゃんとやらとすれ違う。目が合って余計に分かるが、冷静さを欠いているのがとても伝わる。目の下に傷があるな。


 リーンとか呼ばれていたこの人質には【叛逆】の影響は毛ほどもない。だから急制動によりGがかかるし、俺は人間一人分の重りを付けられるのだが、その不利益(デメリット)を考慮しても利益(メリット)の方が大きい。

 それは屋根の上に待つもう一人の敵に対しても例外ではない。


「だよなぁ!」


 ジャラジャラと音を立てるのは、鎖。物理的な中距離攻撃を可能にするそれが俺を好き勝手に打つことは、ない。


 頭、心臓などの敵の(・・)急所を狙うよりもまず、鎖が巻き付くのは自分の(・・・)急所だ。自身の大事な急所(肉親)を狙う刃。それの排除は必須だろう?

 だから初撃に太刀(コレ)はくれてやる。これでお前も一手遅れだ。


「殺す」


 得物を失った俺へとリヴお兄ちゃんが迫る。別に刀が無くても手刀とかでどうとでも脅せるのだが、折角作った一瞬の隙を犬と次男坊が埋める暇を与えたくない。肉薄しきるよりも先に、リーンをぶん投げる。


「ふあぁ!?」


「ッ」


 出来るだけ遠く、かつ犬の進行方向を塞いでおくように。



 ――いやホント俺が100%悪いのだがもはやノリだよね!あれで無害な一般市民とかだったら申し訳ねぇよ。人質にしたけどなんか体弱そうな雰囲気出てるもん!そりゃお兄ちゃん方ブチギレますわ!マジでごめんなさぁい!


 心の中で、一人で反省する。さすがに俺にも罪悪感はあるのだと痛感した。良心が呵責しまくってんのがすげぇ分かる。

 まぁでも、状況が上手く行きすぎてクソ楽しくなってきたんだがなぁ!悪役(ヴィラン)ムーブも捨てたもんじゃねぇぜ!


「これで全員、俺の後手だな?」


 リーンを抱えたばかりのリヴお兄ちゃん。

 鎖が伸びきったまま手元に戻っていない次男坊。

 進行方向を塞がれ、未だ地面に這いつくばる犬。


 そして後は逃げるだけの俺。


「それじゃあ……よーいドンだぁ!」


 あとは死ぬ気で逃げ切りゃ俺の勝ち!急げコンマ数秒で殺しにかかって来るぞ!

 ヤクザかな?アイツらヤクザ一家かなぁ!?クッソ楽しくなってきたぁ!


『ひっでぇ』


「ありがとう!」


 怖じ気付く暇とかいらないので、ツナギが乗り気なようで何よりだ。共犯者に素直な感謝を述べる。


「うおっとォ!?」


 そうこうしていたら、走って逃げる俺の首を締めるように鎖が宙に漂う。その輪が縮小するよりも先に、俺は身を伏せて攻撃を回避する。


(まだギリ射程内か)


 だが攻撃を躱したことで、これでまた猶予ができた。ほんの一瞬だけど。俺は屋敷の屋根から飛び降りる。

 市街地に入ればだいぶ楽になる。【叛逆】でいろいろ無視して無限にピンボールやってりゃそれでいい。


 問題はそこまでの、このクソだだっ広い庭だ。






「リーン、怪我はないか?体は?」


「あふぅ……うん……だいじょうぶぅ……」


 リーンを優しく抱えるゼリンルーヴは、その腕に伝わる物理的な重さとは別の重さを感じていた。


「何でも言えよ。隠されたらたまらん」


「うーん……じゃあ、首がちょっと痛い?かも?」


「そうかあのクソガキ……!!」


 自分の腕の中の――お姫様抱っこという名のゆりかごに一切の揺れが伝わらないように細心の注意を払って、ゼリンルーヴは着地する。たとえその他にどれほどの被害が出ても。


 端的に結果だけを告げると、衝撃は全部地面にぶちまけられた。自身の【アーク】を使っていろいろと細工はしてあるが、まぁ全ては愛する妹のためだ。だから綺麗な芝生の庭がどれだけ無惨なことになっていようと、ゼリンルーヴの心は痛まない。


「ヴァル」


「グルァ」


 その側に駆け寄ってくるヴァルに、リーンを預ける。屈んだ狼の背にリーンを座らせたゼリンルーヴの意識は、ゆっくりと不埒者に向けられる。

 ゆっくりと。その時間は、あのクソガキをいったいどうやって残酷にブチ殺してやろうかと思案する時間だ。


「擦り潰すか」


 ゆっくり、グチャッと。


 ゼリンルーヴは静かに駆け出す。



「……行っちゃった」


 一人――いや、一人と一匹残されたリーンとヴァルは、その背中を見送っていた。


「あの子、そんなに悪い子じゃないと思うんだけどなぁ……。ヴァルくんはどう思う?」


「ガル、ア?」


「私は絶対殺されないって感じたよ」


「グル」


「それに私も最近は落ち着いてるもんね~」


 リーンはヴァルの背にゴロンと寝転がる。それと同時に、肩の力を完全に抜く。


「あはー……ん?」


 ふと、自身の服に違和感を感じる。ポケットから感じる、異物感。

 寝間着としてのスカートには珍しくついているそのポケットに手を突っ込み、中にある固い何かたち(・・)を手に取り、月明かりにさらす。


「キラキラ……宝石……?」


 リーンが手に持っているのは、三つの宝石。稀少性故に観賞用として一級品の加工を施されたものだ。加工した人物もオーパーク・ラスツであり、そこにもさらに付加価値がつくだろう。

 見る角度によって中の模様が変わっていく。


「うそぉ……!?」


 これはリュウゴなりのケジメだ。

 ゴールドの特需によって生まれた莫大な利益をちょこっと拝借し、金に物を言わせて(たっか)い宝石を購入。それを身内価格で(やっす)く加工してもらったのだ。

 とは言えもちろん相当な高級品である。家が余裕で建つほどの。


 リーンにはそういった物を見分ける審美眼があった。むしろオーパーク印はよく見ている(・・・・・・)方だ。一目で分かった。


「まだ死んでなきゃいいけど……」





◇ ツナギ


「おい!待てって!」


 待てと言われて足を止めるほど、リュウゴは清く正しくない。


「悪ィな!話してる暇ねぇよ!」


 リュウゴを止めようと、主に足を狙う鎖が悉く躱される。僕にはあんな風に鎖を操ることは出来ないし、まず初めて見る得物なので攻撃の軌道が読みづらいけど、リュウゴはそれを躱している。

 攻撃の後の隙を見極めている印象だ。


 勝手に家に忍び込んで、人質も取って、こっち(リュウゴ)が完全に悪い。のに――


「まず……止まれ……!」


「!」


 鎖の軌道が空中で何度も変化する。手元でクイクイと微調整しているのが見える。リュウゴも下手に動かずに、鎖の先の重りに気を配る。必然的に、逃げる足は遅くなる。

 リュウゴの周りを一周、ふわっと包みながら、重りは地面に着弾した。


「クソッタレめ。(はえ)ぇんだよ長男(おにいちゃん)


 そう呟いたリュウゴの頭上には、後方からここまであっという間に距離を詰めた男のシルエットがあった。月明かりで逆光になっている。

 そして大きく振りかぶった拳が、リュウゴのいる場所の少し先を叩きつける。地面が抉れ、土埃が巻き上げられて、視界が狭くなった。


(素の力(ゴリラ)じゃねぇ。何らかの副次的効果……)


 敵のいない方へ逃げるリュウゴだが、門を目の前にして追い付かれた。とっさに差し出した左腕に鎖が巻き付く。


「お前は、思ったより(のろ)かったな」


「テメェ……」


 ついに捕まって絶体絶命。悪いことをした報いなのかな?それなのに、なんでだろう。


『リュウゴ……、ちょっと代わって』


 なんでだろう。こんなにワクワクしてるのは。

 なんで、こんなにウズウズするんだ!?


「【エンチャント:フレイム】」


「マジか……!?」


 左腕に巻き付いていた鎖に、炎をエンチャントする。不思議と僕は熱くない。

 鎖を伝って炎が使い手まで迫る。次男が咄嗟に手を離してくれたおかげで、鎖が緩んだ。


「ハハッ」


 楽しいって思ってしまう僕は悪いのかな?

 でも僕もたまには人の迷惑とか気にせずに遊びたいし、物を壊したいと思うこともあるし、思いっきりじゃれつける相手がほしいってすっごく思う。

 リュウゴだけズルい!うらやましい!


「僕にもやらせろ。この遊び!」


 キラッキラと目を輝かせて、僕はペンダントから剣を取り出した。

 真っ向からやったらまず勝てない。だから最終的に逃げるってことは変わらない。ごめんなさいは一旦置いておく。


「【エンチャント】!」


 相手が素手なら、燃えている剣を持つ僕に近付くことはない――と思いたい。


「ガキの遊びじゃあねぇぞ。脅しはこうやるんだよ」


 長男が構える。ここまでは直接拳が届かないはずだけど、風圧でも飛ばしてくるのかな。逃げなきゃ。

 そうなる前に、僕は燃える剣を長男に向かって投げつける。結局これが一番時間を稼げるもん。


「!」


 そして大きな庭の外に向かって全力で逃げる。剣は持ってない方が速く走れるしね。


『奇襲……なんという初見殺し……』


 エルムから真面目に魔術を教えてもらっておいて良かった。炎も少し大きくなってる気がする。


「てンめ……!」


 剣を裏拳で弾いた長男が僕を追ってくる。拳と剣が――と言うより炎と接触してない。

 次男も後ろから迫っているのが見える。


「【エンチャント:アクア】――」


 駆ける足を触媒にして、【エンチャント】を発動させる。体のどこかが触れていないと発動できないけど、靴底はセーフみたいだ。

 これは水の魔術。僕の背後の地面に、ぬかるみ(・・・・)を作る。水の量も多い。バシャバシャと水が跳ねる。せっかくの芝生がグズグズだ。ごめんなさい。


 長男がぬかるみを飛び越えようと地面を蹴る。そのまま僕のところに来るつもりなんだろう。リュウゴにした攻撃みたいに。

 でもさせないよ。


「――【プラス:アイス】」


(複数の属性……!嫌な野郎を思い出す)


 空中に跳ねる水が、一瞬で凍り付く。今度のは氷の魔術。簡単にはぼくを追いかけられないように、物理的な障害物が二人の行く手を遮る。

 でもすぐに割られるだろうから――


「しゃらくせえッ!」


「――《ウィンド》!」


「……!」


 僕は風の魔術を放つ。


「……切れもしねぇそよ風じゃあねぇか!」


 明らかに警戒して防御の素振りを見せたけど、僕の情けない魔術をくらって一番最初に出たのは、文句だった。


 エルムから習ったとは言え僕は魔術がヘタクソだ。ドヘタクソだ。

 基本【エンチャント】する前提なのでコントロールが苦手。すぐに霧散するそれを【アーク】で無理やり剣とかにくっつけているだけなのだ。


『こーゆーの見ると俺も飛び道具欲しくなるんだよなぁ……』


 そもそも使えもしない奴がなんか言ってらぁ。


 でも、リュウゴはリュウゴでちゃんと武器がある。例えば――そう。市街地に入った。

 そしてここからは、リュウゴの方が逃げ切りやすい。


「【叛逆】」


 僕と代わったリュウゴが、地面を蹴って建物の壁に張り付く。さっきまでは走って逃げるだけだったけど、ここからは高さも加わる。そしてリュウゴは、それを存分に使う。足場――つまり進行ルートの自由度が格段に上がるのだ。


「っしゃ逃げ切った!じゃあなノロマァ!」


『煽んなバカ!』


「――更地にすればお前は不利なままだろ?」


『は?』


「へぁ?」


「おい兄貴!?」


 今、なんかすげえ不穏な言葉が聞こえた気がする。


 ビリビリと、空気の振動がここまで伝わって来る。左手を発振源とするそれは、石で出来た建物なんて簡単に破壊してしまえる威力を秘めているのが一目で分かる。


「【崩落】」


 その左手で、リュウゴが張り付く建物に触れようとして――


「ッッッぶねッ!」


 割り込んで来た十字剣(・・・)に受け止められる。しかし十字剣は押され気味。金属が振動する不快な音が響き渡る。

 夜の空に軌跡を残す複数の光球(・・)が長男を攻撃したことで、ようやく均衡が取れる。


「街壊すのは勘弁しろよ!ゼリンルーヴ君……!」


「ンなもんどうだっていいだろうが……ガジャミ!」


「俺の立場が許さねぇのよ!あと子供をいじめるなっ!」


「あ"ぁ!?知るかッ!」


 僕がここに来るついさっきまで戦っていたガジャミと、本当のついさっきまで戦っていた長男(ゼリンルーヴ)がケンカしている。同じ街にいるのなら何かと因縁があるのだろう。

 とにかく、いろいろな判断材料があるがガジャミは僕の味方なのだろう。


「マジで助かりましたガジャミさん!」


「おう!サカルト君もほどほどにな!」


「俺はちゃんと理性ありますよ」


「俺は冷静だサカルト……!アイツはブチ殺しておけ!」


「お前はまず【アーク(コレ)】解けよ……!折られるもんなら俺も形振り(なりふり)構わんぞ!」


 ギリギリと二人の間で緊張感が高まる。

 リュウゴはこの隙に逃げようとはせず、むしろ野次馬根性丸出しで二人を眺めている。嫌な性格だ。こうはなりたくない。


「あんたら何やってんの……?」


『シトロ!』


「おっつかれ~」


 僕と同じように全身を黒く包んだシトロが耳打ちしてくる。今は髪も隠している。目元以外を全部隠す徹底ぶりだ。


「いやぁ花火は出来るだけ大きく見苦しい方が笑えるだろ?不正からの転落人生とかもはやギャグじゃん!最高のエンタメじゃん!」


「……それは……そう」


『僕は違うよ!?』


 憐れまれた気がしたので否定しておいた。


「おーい!」


 張り付いた壁から見下ろせる位置から、次男(サカルト)が声をかけてくる。戦意は感じ取れない。


「そっちもいろいろあるんだろうが、妹への謝罪!それが聞けたらもういい!」


 ありがたい。実はとても負い目を感じていたのだ。この罪悪感が少しでも薄れるなら、こうして言葉にできるのなら、こちらとしても願ったりだ。


『ごめんなさ――』


 ドッカ~ン!!


 爆発音が響き渡り、僕たちと次男(サカルト)の間を土埃が遮る。


「いい加減退きやがれッ!」


「おんま……ッ!せめて(なか)でやるぞ!壊すの禁止!」


 均等に石が敷き詰められた街道が抉れ、その破片が建物の壁やガラスを傷付ける。

 今は深夜だが、とにかく音がすごい。ブオンブオン、ガキンガキン、ヒュンヒュン、ドカンドカン。ひっでえよ騎士様。なんとかしてくれよ。


「ほら、さっさとこの場を離れるぞ」


『ちょっと待っ――』


 まだちゃんと謝れてない気がする。……気がするじゃなくて実際そうなんだけど!少なからず僕も積極的に遊んだ(・・・)わけで、つまり全部が全部リュウゴが悪いってわけではなくて、それは何か嫌なので。


『あの――』


「明日は多分荒れるだろうぜ!」


「……?」


 土埃の向こう側に一瞬だけ次男(サカルト)の姿が見える。


「今日は早めに寝とけよ!」


『ちょ、まだ――』


「じゃーな!好意は甘んじて貰っとけ!」


「??」


 深い夜の闇の中、リュウゴはシトロの後に続く。僕たちを追いかけて来る影はないようだ。



 ドッカ~ン!!


 ……うるせぇなぁ。

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