私の心と体は善意で満ち満ちています
◇
「よぉ、王子様」
「なんとも不敬で生意気な子供だな」
並んで座るリュウゴとジュールの前にいるのは、このマノガスト聖王国の第3王子―――ホーマリオン・マノガストだ。
「そうカッカしなさんなよ殿下」
「君の態度も如何なものかと思うのよ」
リュウゴはふんぞり返って深々と椅子に座る。その横に、目の下にクマを作ったジュール。対面には、足を組んで座り込むホーマリオンがいるのだ。
ツナギはリュウゴの後ろ、オーパークは少し離れたところに立っている。
「前置きいるぅ?」
「いや、暇はない。さっさと始めてくれ」
ホーマリオンがリュウゴたちに会う目的はない。だが、義務はあるのだ。
アーサー・レイ・マノガストの名代としてのリュウゴを無視出来ないのだろう。さしずめ彼らは傍迷惑な客である。
「では―――」
とは言え、メインはジュールだ。リュウゴ、ひいてはツナギは、あくまでもアイデア原案兼エサでしかない。
「―――『ハルベルク黒点』後の同国経済への参画について」
「……」
『ハルベ―――あ、エルムのやつか』
『ハルベルク黒点』―――およそ半年前にハルベルクにて起こった災害である。死者およそ20万人、その中には当時のラクラ王国騎士団団長やマノガスト聖騎士団の隊長なども含まれる。
英雄たちによって収束―――復興作業は現在も続いている。
「それは国際同盟の計画だよ。ハルベルクは王族及び首脳陣が壊滅、替わりの頭脳を求めた」
「その頭脳に献策が。まずはこちらを」
ジュールは手元から資料を取り出す。数枚の書類と、本ほどの厚みのある書類だ。そのうち枚数の少ない方を手渡す。
「支援の状態から速やかに経済圏を確立させたい。その場合、国と国の繋がりよりもっと下―――企業と企業こそ繋がるべきなのよ」
『つまりどういうこと?』
「まあ待て。俺もまだよく分かんねぇ」
「我々はあくまでも窓口。そして貴方方の支援者でいい、と?」
「流石の理解力です」
自分たちに金を賭ければ金を増やしてやる。立ち上げの資金をくれ、というのがジュールの主張だ。
「銀行というシステムを提示します」
「多少遠回りだが繋がった……か?」
ホーマリオンが資料を繰る。これはジュールが簡潔にまとめたものだ。入り口のような簡単な説明でも、ホーマリオンはより深いところまで読み取れる。
「……書面上の金を創り出せるということか」
「ええ。銀行は金を預かる。各人がどれだけ預けたか記録・把握し、いつでも引き出せるという前提で―――その預かった金を人に貸します」
「……。……そのサイクルは試行してみたのか?」
「大丈夫なようですよ」
国民から税を取るよりもよっぽどいい。10万円の税金に比べて、10万円の貯金には一切の躊躇はない。
マノガストでは、これまで金の保管は各自で行っていた。金庫やタンスの中、金持ちは部屋の一室を丸々保管場所にする者もいる。国で言えば王城にある宝物庫だ。
その管理を、銀行がやります、とジュールは言ったのだ。
目的はそれだが、口実がない。だからもっともらしい第二目標を述べ、納得を誘う。
解決しなければならない事案があるでしょう?これはそのためのシステムです。ただ、第二目標が遂行されたからといって解体するのも勿体ないでしょう?
「なるほど、募金か!」
『どういうことだよ。僕は全然理解できないぞ』
「よーするに銀行が募金箱になってるんだよ。預けられた金はそのままハルベルクに持っていかれる。最悪国が保証するから崩壊までは行かないしな」
まだ子供で何の予備知識もなく専門家でもないツナギはともかく、リュウゴは理解した。
遠回りが案外近道になっていることもある。これはその例だ。
「まず一番大事な信用は国主体、王族パワーでドーピング。被災地復興という目的によって善意に呼びかけサイクルを加速させる……!」
国民の理解、納得、そして説明を短縮できる。一致団結という響きはとても耳に心地よい。
言葉はともかく。
「国がお前らに金を借りてハルベルクに渡すんじゃない。お前らが、渡すんだ。銀行はその仲介、スムーズに支援するための機関である―――という名目だな?」
「言葉にするのは無粋だよ」
「そういう捉え方もあるのかと思いはしても口には出さぬものだ。ここにいる者は皆、それを汲み取れる」
「悪いな。俺の愚息はまだまだ世間知らずの10歳なんだ」
『う~ん……上手く言葉にはできないけどなんとなく分かってきた。人のためにはなるんだよな?』
「とぉぜぇ~ん」
今この場は、ハルベルクへの経済支援の議論をする場だ。ホーマリオンは銀行というシステムについて詳しく話を聞きたいが、それはもう少し後にする。
ホーマリオンの第一目標はあくまでも復興支援なのだ。
「さて―――」
無駄な余白の時間は必要ないし、そんな暇もない。主張は分かった。ここからは交渉だ。
「もしこの計画が成功すれば、目の前の問題だけでなく長期的な利益、ひいては国内だけでなく世界経済の最適化が計れる。―――他に、私をその気にさせる材料はあるか?」
「あるからここにガキがいるんだろう?俺が」
リュウゴが不敵に笑う。
「ぶっちゃけ俺にとっちゃコレはただの暇潰しだ。だが今後のことを考えると金はあって困らない。お前たちの発展とも繋がるしな。別に何でもよかったんだ」
この発想は異物だ。
リュウゴは自身が異世界に来たことに何の義務も感じていない。他者のために身を削るという考えをそもそも持ち合わせていないのだ。
「逆にお前は何を望む?」
「そうだな……」
ホーマリオンは、ジュールたちの提案を受け入れる方向で思考を巡らせる。多少時間は足りないかもしれないが、現在水面下で進行している計画との融合も可能だろう。
ならばリュウゴに構っている暇はない。
「オーパーク女史、私の紋章を」
「はいはい」
オーパークが腰から小杖を抜き、その先端から徽章を精製する。金属で構成されている。
「これは権利だ」
『権利?』
ホーマリオンの物言いにツナギが聞き返す。
「今後私がこれを提示した際、一度だけお願いを聞き入れてもらいたい」
「それの対象をエルムに代えてもいいよ。今をときめく英雄サマをこき使えよ」
「言うべきかな?」
「ハッ」
わざわざ言葉で示さなくとも、伝えたいことは伝わる。その方向にアンテナを張っているのなら、リュウゴも浅い部分なら読み取れる。
「当然条件を付けてもいいよなぁ」
「どうぞ?」
「一つ、俺の地位身分名誉に影響しないものとする」
「―――地位身分?」
「言葉の綾だ。カッコいい言葉を使いたかった。―――抱き合わせは御免だぜ?」
『エルムの弟』、『オーパークの弟』。ツナギ・レイという人物の価値を考えた際に、それらは必ず重要なピースだ。むしろ『ツナギ・レイ個人』の実績など、せいぜいこの場での提案くらいのものだろう。
ただし、それだけだとしても逃がしたくない、というのがホーマリオンの考えだ。さしずめ未開の鉱山にでも見えているのか。
「二つ、拘束期間は最大2週間とする。移動のことも考えろよ」
『2週間あれば世界中どこでも行けるって言ってたもんね』
「それは飛行機クラスの移動手段がある場合だ。自由人の戯れ言を真に受けるな」
移動手段を徒歩に限れば、マノガスト国内ならば2週間あればどこにでも行けるだろう。それがたとえ『魔の森』でも―――命の危険はこの際考えないものとする。
「取り敢えずこんなもんかぁ~」
『大丈夫なの?思わぬところから刺されない?』
「じゃあ三つ、常識の範囲内で」
「常識は人によって変わるものだよ?」
「だからこそ。あなたは時と場合と―――聴衆を選んで乞うべきだ」
考え得る穴を潰し、死角への保険をかけておく。最悪ごねればいいとリュウゴは考える。
「ではそうしよう」
前置きが終わる。
「さて本題だ。そちらの構想を踏まえたハルベルクへの経済支援を二月後には実行する。こちらとも情報を共有しよう」
「二ヶ月?無理すぎね?」
「私も昨夜無理を通してきたの。案外無理は越えられるのよ」
「時間がない。3時間で擦り合わせる」
場の空気が変わる。先ほどまでのように少しふざける余地はもうない。
「今回、全く別の硬貨を使おうと思っている」
「……そっかその増やし方もあるか」
「ペネーではないと?」
「そうだ」
「骨組みは出来てんだろうなぁ?」
「大量生産の土台は既に出来ている。が、そちらとの連携を考えた場合改良の余地はあるな」
『オーパーク、お金って作れるの?』
「作れるけど勝手にやったら死罪だよ」
贋金の製造は重罪だ。場合によっては死刑となる。
錬金術の発展により本物と相違ない贋金を作ることが出来るようになった。魔道具と魔法陣、材料さえ整えば、僅かな誤差はあれど同じデザインの物が作れるだろう。
ただし、やってバレたら死ぬ。
「二度目だが、俺は細かいことは知らん。政策の話はもうお前らに任せた。俺は必要な物を用意する。その新通貨のデザインと―――」
リュウゴに政治の才能はない。重役のポストも望まない。ただ、壊せる常識があればいい。
「コンピューターを降臨させる」
つまり、情報の整理・引き出し・運用……。
パソコンが欲しい。お役所仕事のマストアイテムだ。これがなければ管理に時間も場所も手間もかかる。
「やるぜ、オーパーク」
そしてあわよくばゲームを作る。
と言うかリュウゴの今の目標はほとんどこれだ。十分なモチベーション足り得る。
動機はともかく、やってることを考えたらどう足掻いても人類史的にプラス




