脳髄にフレッシュな概念を
◇ リュウゴ
子供服がなかったので一番小さいサイズのもので代用する。多分レディースだろうが問題ない。"子供"という特権と言い訳を存分に使わせてもらおう。
「ラインナップは幅広くーっと」
俺はジュールの後ろを歩く。
ランチに誘われたが、どうやら俺は穴埋めらしい。二人で予約していたところ、相手の都合が悪くなった。
さてどうしたものか誰か暇な友達でも誘おうかと考えていたジュールだったが、何やら面白そうな俺を見つけてしまった。俺としてはタダでうまい飯が食えるのならそれでいい。
「へぇ、なるほど。一言で言うなら仲介役といったところかな?」
「おぉ分かってんじゃねぇか。その解釈に『金貸し』もブチ込んどけ」
ランチへの道すがら、俺はジュールに"銀行"の概要を説明する。と言っても、専門家でもない一般人の講釈だ。ガバも虚実も織り混ぜられている。
『おい、僕が話に着いていけない』
「安心しろ。俺も上っ面だぁ」
残念ながら俺の頭は、俺の持つ知識に基づいてしか思考を巡らせない。もしくは突然の閃きか。
「でも個人でそれを実行するのは危険すぎじゃあないの?」
「国に尻尾振って首輪をつけてもらわにゃなぁ」
近代社会の概念でぶん殴るのはとてつもなく気持ちいいが、不用意な導入は控えるべきだ。
まず、こっちの世界には魔法がある。必然、それは人々の生活の中に時代と共に溶け込み、多くの『常識』を作り出してきた。
常識ほど変えにくいものはない。現状に満足している者ほど変化を嫌うものだ。見せかけのハングリー精神はとても厄介である。
「さて、着いたよ」
『思ったより近かったね』
先ほどの服屋と同じ大通り、そこにその店はあった。看板に書かれたフニャフニャとした筆記体の文字は読み取ることができない。しかし、その横にある旗の意味は分かる。
「偶然の一致かね?」
ひどく見覚えのある青白赤の国旗を見上げながら、俺たちは店内に入る。
「テーブルマナーの心得は?」
「安心しろ嗜んでる。履修済みだ。ところでここはフレンチ?」
「そうよ。料理の種類にも名前があるのよ」
店内にはいくつもテーブルが並び、おめかしした客たちが背筋を伸ばして座っている。ウェイターが手に持つ料理は味だけではなく、見た目の美しさも洗練されているのが分かる。つーかここまで来たら見なくても脳内補完で十分。
「お待ちしておりました、ミラハンド様」
「やぁありがとう。父様は急用が入ってね」
「承知しました。お料理は同じものでも?」
「それで頼むのよ」
多くは語らず、言葉に伏せられた意図を読み取りながら会話している。だから俺も言葉は発さず、使うのはジュールへのアイコンタクトのみだ。
『僕ら場違いじゃないの?リュウゴ大丈夫?』
「問題はねぇ。客が他の客を値踏みするならそいつはクソ客だ。店側が認めりゃそれでいいんだよ」
『でもこういうとこって食べ方が決まってるんでしょ?僕は知らないよ』
「そこらのパチモン共に本物を見せてやろうか。こっちじゃない向こうのマナーを」
『リュウゴのその謎の自信はいいとして、他の客を値踏みするのはダメだったんじゃないの?』
「……。問い詰めなきゃセーフだよ。内面の自由だ」
『ふーん』
危うく自己紹介しかけたが、取り敢えず俺たちは店の外のテラス席に着く。俺の座る椅子は足が長い。ついさっき伸ばしたのだろう。魔法ってすごいね。
テーブルの上にはナイフやらフォークやらナプキンやらが並んでいる。
使うのは外側から、食べ終えてないなら八の字に置く、ナプキンは膝の上に……。実践は過去一度だけだが、まぁなんとかなるだろう。
俺には酒は提供されず、アップルジュースだ。色はシャンパンとそう大差ないので気分だけでも、といったところだろうか。
「それじゃあ、乾杯」
「おぉ、乾杯」
小前菜が運ばれ、俺とジュールはグラスを掲げて乾杯する。この辺のノリは変わらないらしい。確か音を鳴らすのはマナー違反。
―――……。
「さあ!本題に入ろうぜ!」
「いいよ。私を使ってみせてよ」
俺たちはグラスを置く。
『……何が起こった……?』
唐突ではあるが、前置きが不要ならば省略して構わない。さっさと商談に入ろうじゃないか。
「ツテの方は問題ない。オーパークからどうとでも繋がれる。今ここにいるらしいからな」
「それじゃあ内容を詰めようじゃないの」
「プレゼンの準備だぁ!」
『その話どっから出てきた!?』
ジュールは俺に価値を見出だした。面白いアイデアを持つ子供という認識だろうか。もしくは時計台から飛び降りるイカれたガキ。
さっきオーパークの名前を出した。ジュールの頭の中では俺の価値がいっそう高まったことだろう。
「さ~てどれを使おうかねぇ……。まず土俵は自分で作った方が好き勝手できるよなぁ」
俺の構想の中での理想は、通貨発行である。実務はジュールにでも押し付ければいい。俺が何もせずとも懐に金が入ってくるのが理想だ。
しかし億どころか兆規模の事業になるだろう。どこかにタダ乗りできればありがたいが……
「やっぱ国に概念売り付けるのが一番手っ取り早いよなぁ」
「売り付ける」とは言ったが、実際には金は絡まないだろう。「こんなことしてみませんか?」と言うだけだ。相手が乗るか反るかはこちらの魅力しだい。
「二つ、質問いいかな?」
『ん?』
ジュールが指を二本立てて問いかける。
「一つ目、君は誰か」
「はいはい二重人格二重人格。生物学的な個体名はツナギ君でーす。10歳!」
『うるさい、リュウゴ』
「まぁ、この国にとっても重要人物だよ、多分。俺ァ何の義務感も抱いちゃいねぇけど」
エルム、オーパークといった教科書に載るレベルの偉人との関係性は仄めかした。あいつらの人と成りがどこまで世間にバレているのかは知らんが、ここ最近の平和を語る上では外せないだろう。さすがは英雄サマだ。
「ありがとう。では二つ目、君たちは愚者か?」
『どういう……』
「どう見える。賢者か?それとも権力に固執する魔王か?はたまた幼き護国の勇者か?」
「君はろくでなしに見える」
『あぁ、僕もそう思うな』
「……」
とてもつまらないが、同時にありがたい、お陰でジュールへの遠慮を捨てられる。最初からそんなもの持ち合わせていないが、良心のストッパーをぶち壊せるという意味だ。
「……」
「……」
『ねぇそれ美味しいの?ねぇ』
お互い無言になるが、脳が休まることはない。料理を切り分け口に運びながら悪巧みをする。
俺は金稼ぎのために使えるカードを整理し、切り札の用意と構築を始める。ジュールはシステムの見直しでもしているのだろう。
(金を預かる。金を貸す。
取引を仲介して簡単な手続きで済ませる。
極論はこれだね。それを国家運営規模でやる。
客の金を客に貸す。一見綱渡りに見えるけどそうじゃあない。一度回り出せば、崩壊することがなければサイクルは成立する。
はじめの一歩は……転がす方向を見誤らなければこの時勢どうとでもなるのよ。
それらを国の主導……いや、最終的に独立させるべきだ。法で縛られつつ運営するのが妥当かね。首輪を自分から着けなければ。
そして何より、国が国内の金の動きを把握出来る。
流石に全てとはいかないだろう。が、大幅な制限だ。確かに国はこういったシステムが欲しいはず。
……彼には脱帽するよ。このタイミングでこれを提言して来るとはね)
「禁止カード『王族への接待』を使うか?」
「可能かい?」
「餌はある」
「それじゃあ」
『僕にも一口ちょうだい!』
メインの肉料理を切り分けフォークに刺した状態でツナギに体を渡す。ナイフ・フォークなど使ったことないだろうに。俺も経験は少ないが。
「うまっ!」
『一口ずつ切り分けて食えよ』
「りょーかい!」
ツナギはナイフをグーで握って肉を切る。そちらの方がやりやすいのだろうが、見栄えはよろしくない。大小様々にスパスパ切れてはいるのだが。
『違う。こう、だ』
裏側に引っ込んだ俺の姿は、ツナギにのみ見える。俺は手をナイフまで持っていき、正しい持ち方を示す。人差し指を立てる。
『終わったら二つ揃えて置け。右側……うん……まぁそれでいい』
このテーブルマナーにはフランス式とイギリス式の二種類があるので、もう最悪どっちでもいい。どちらか一つに統一するべきなのだが、微妙な差違はガワの雰囲気で流してしまおう。
『口を拭くなら膝の上の……あぁ待て!内側だ!そう!その裏側!』
無知とは強く、恐ろしい。そして実に厄介だ。
その無知を正し、確かな知識を与えるのが親の役目である。ツナギの言動は俺の言動でもあるので、これは死活問題でもある。
はて、いったい俺はいつから親になったのやら。
「相変わらず二人で賑やかだねぇ」
『おー……テメエどっから湧いてきたオーパーク』
俺たちが座っているのは、空の青さがまぶしい店外のテラス席。それも二階だ。それなのに、オーパークは柵に身を掛けてこちらを覗き込む。
「あっ、オーパーク!久しぶり!」
「うん、2年とちょっとぶり」
『帰れよ暇人』
「暇じゃないからこうやって迎えに来たんだよ。君たちの相手をするのは仕事の片手間さ」
『飛び級する奴は生き急いでんねぇ!雰囲気ぶち壊しだからさっさと捌けろよ!』
「飛び級じゃない。2ヶ月に圧縮しただけさ。それと、インドロとは友達だから大丈夫。きっと許してくれるよ」
客の視線がここに集まり、ウェイターも遠巻きに見ている。厨房から女の人が顔を出し、嫌そうな顔をして引っ込む。オーパークはヒラヒラと手を振っている。
「ほらね、許された」
『問題児の対処としては100点だな』
正しいニュアンスは、周りが勝手に事故るからオーパークは問題児である、となる。本人の素行が悪いわけではない。
オーパークが居ようが居まいが、料理は運ばれて来る。もうすぐ終わるから先に帰ってろよ。言葉には出さないが。
「はじめまして、オーパークさん。お噂はかねがねお聞きしています」
「どうも。お友達?」
「うーん……友達なの?」
『そうなんじゃない?』
友達の定義は曖昧だ。今日初めて会って一緒に食事しただけだが、まぁ知らない仲ではないだろう。これから十分な交流はあるだろうし。
『そーだオーパーク。話の通じる王族と面会って出来る?』
「随分急な話だね。どうしたのさ」
『俺もお国のために働こうと思ってねぇ』
「ハハ、嘘おっしゃい」
オーパークが乾いた笑いをする。確かにそんな気は微塵もないが、万が一の僅かな可能性を見出だす姿勢を見せてもらいたかった。
「出かける前にじいちゃんから何か貰わなかった?」
「ん?あーそういえば……はい」
ツナギはペンダントから小さな鉄の塊を取り出す。紋章が彫られているものだ。ジジイから持っておけと言われた。
それをオーパークへと手渡す。
「それじゃあ明日でいい?話はつけておくから」
『お前ってそんな権力あんの?』
「私は入り口まで。すごいのはじいちゃんだよ」
『あーなるほど1世様ですかー』
禁止カード『アーサー・レイ・マノガストの紋章』が強すぎるだけだ。圧力がかかってナーフされないのだろう。エルムも昔これを使って英雄環境を作り出したらしいし。
「明日なの?」
「君も用が?え~っと……」
「ジュールです」
「そう、ジュール君。ごめんね、ここに来てまだ日が浅くて」
「いいえ、こうしてお話出来ただけで光栄です」
ツナギは目の前の会話より料理に夢中だ。素材の味をそのまま頂くと言えば聞こえはいいが、調理した方が断然美味いに決まっている。初めての外食が高級フレンチとは贅沢だな。
なぜこんな概念がこの世界にあるのかシェフに問い詰めてみたいが、それは後回しでいいだろう。
俺は薄情なクソ野郎なので元の世界に帰るとか正直どうでもいいのだ。自分でもここまで無頓着なのかと軽く驚いたほどだ。
ジュールとオーパークが短い言葉を交わしている内に、ツナギはデザートを食べ終わる。一瞬で腹の中におさまった。
「ごちそうさまでした!」
もはやテーブルマナーのへったくれもない。そもそもオーパークが外から話しかけて来る時点でおかしいのだが。ファミレスか何かだと勘違いしていそうだ。
『なぁ、もう全部任せていい?俺は結局ド素人だからさぁ』
「……うん。明日の何時まで?」
「そうだねぇ……昼には。メンヘルジュで」
明日の段取りを簡単にして、俺たちはこの場を去ることになる。メンヘルジュとは、多分明日の会合の場所だろう。ジジイパワーで王族を引きずり出すのだ。
難しいことは専門家に任せて俺は甘い蜜だけ啜っていたい。その代わり餌にはなってやる。
「それじゃ……もう本当に忙しいからさ。この子は連れて行くよ」
「彼らをお借りしてすみません。それじゃあ、また明日」
「じゃあね!ジュールさん!」
ツナギは柵を越え、オーパークの乗る円盤へ。手を握ってオーパークに掴まる。まだまだ無邪気な子供なのだ。
ハムスでは、空にも交通網がある。いや、少し語弊があるか。高速道路みたいなものだ。オーパークはそこを円盤で爆走する。別に違法じゃない。
動力源がどうなっているかとかは後で聞いてみよう。前を見ると、細長い銀色の液体金属がレールのように二本走っている。構築はリアルタイムなのだろうか。
俺たちはそのままオーパークの家に連れて行かれ、剣を作ってもらった。これが当初の目的だ。
そして夕食は不味かった。相対的にクソ不味かった。




