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アーク・ロスト・ワールド  作者: 江本平
第二章 誓った言葉を胸に抱いて
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懐かしい景色


◇ ツナギ


 商業都市群ハムス、シェンド地区の路地の一角に、鉄の塊が落ちて来る。


「……オーパーク」


 文字通りの大きな鉄の塊が、当たったら死んでしまうような速さでこちらに突っ込んで来た。しかしそれはソフィアによって防がれる。


(逃げてなかったんだな……逃げたい……)


 未だこの場にとどまっているソフィアたちと、今すぐこの場から逃げ去りたい俺たち。情けなさが込み上げてくるが、命と尊厳には代えられない。


「『小さな鉱杖(キャルドレッサ)』」


 円盤に乗ってやって来た人物――――オーパークが、杖を振る。エルムの持つような大杖(ロッド)ではなく、小杖(ワンド)だ。

 オーパークが杖を振ると、円盤が崩れる。金属製のそれが溶け始めたのだ。流動的な流れに乗って、オーパークがゆっくりと高度を下げる。


「あれ、サカルト。何してるんだい?」


「……うっせ」


 ヴァルと綱引きをするサカルトの様子を見て、オーパークがからかいを含んだ声音で問いかける。同じハムス(まち)にいるのだ。知り合いでもそこまで驚きはない。以前から関係は仄めかせていた。


「やあお兄さん。ご無沙汰してます」


「そうだな。失せろ、アイツの顔も思い出す」


「そのつもりですよ。弟たちを連れて行かないと」


『そうかよ、失せろ。クソエルムの顔を思』


 俺はブツンと音声を切る。バカがバカを口走ったからだ。オーパークがこちらを一瞥し、同時にそこらに転がっている剣の残骸も目に入れる。


「折ったのはコイツ(リュウゴ)です」


『折ったのはアイツ(ゼリンルーヴ)でーす』


 俺はリュウゴを犯人とし、リュウゴはゼリンルーヴこそが悪であると主張する。

 鉄の塊が再度変形し、階段を形作った。オーパークがそれを下り終えて地面に足を着けると、鉄の塊は全て杖に収納される。

 俺はその場に正座した。


「おいテメエ、どういう――――」


『黙れ。ここでパーフェクトコミュニケーションキメねぇと後で詰む』


 隣のベルの言葉を遮り、リュウゴが現状を振り返る。さて、折られた剣は二本、それとヴァルに取られた(食べられた)のが一本。計三本の損失だ。


「うん、大丈夫。怒ってはいないよ。剣より命の方が大事だからね」


 オーパークが正座した俺の頭を撫でながら言葉をかける。トラウマが刺激され、体が震え始める。


「あのお姉さん、ぜんぜん怒ってないね。なんでツナギは震えてるんだろ?」


「ふーん、ルーンちゃん耳いいのね。私には声聞こえないわ」


「ん?うん」


 その様子を、ソフィアとルーンは建物の屋上から頭だけ出して見下ろしている。グレンもそちらに飛んで行った。……逃げやがったなあいつ。


「で?」


「リュウゴ2、俺1」


「覚えておくよ」


 オーパークが杖を軽く振ると、路面からいくつもの石柱が生えてきた。それらが俺を四角に取り囲み、ご丁寧に蓋もされる。簡単な檻の完成だ。石材くらいならばいつでも砕いて逃げられるが、これは逃げるなというオーパークのメッセージだ。俺はこのまま連行されるのだろう。


「おい……?」


 傍らのベルも少し引いている。


「……ご機嫌だなオーパーク。何かあったのか?」


「フフ、弟たち(・・)が友達を連れてきたんだ。当然、ワクワクするよ」


「弟……?」


 サカルトがおずおずと質問する。オーパークはまたもやからかい気味に言葉を返す。

 そういうおもてなしはいらないから身の安全を保証してくれ。声には出さないが。俺は正座をやめて胡座をかく。


「それじゃ、私の家に行こうか」


「ん?いや違う。俺は――――」


 オーパークの言う友達とは、多分ソフィアとルーンのことだったのだろう。大方じいちゃんから連絡でも受け、面倒見るように頼まれた、といったところだろうか。

 しかし、俺の隣にいるベルもその"友達"の勘定に入ってしまっている。実際には厄介事を運んできた初対面の人なのだが、オーパークから見ればどちらも初見なのに変わりはない。


「おいッ!?」


 ベルの足元を流体となった金属が覆い尽くす。これもまた、オーパークの持つ小さな杖が関係している。


「オーパーク、あっちも」


 俺はソフィアとルーンのいる方向を指差す。どこにいるのか細かい場所は知らなかったが、どうせやることもないので周辺を探っていた。ソフィアの髪が見え隠れしていて実に分かりやすかった。


「それじゃあ、もういいかい?」


「そうだな、大人しくさせ――――いや、首輪を着けておけ」


「嫌だなぁお兄さん。縛るなんてしませんよ。ウチは放任主義なので」


「そぉかよ」


 釘を刺すゼリンルーヴに、オーパークはそんなものは気にしないと告げる。オーパークは、あくまでも俺たちのやることを一歩引いて見守る。自身は穏やかな姉を気取ってはいるが、本質は俺たちの行動を見てからかい楽しむ性格の悪い奴だ。


『どの口で言ってんだよ監守サマよぉ』


 檻の中に囲って置いて放任主義を謳う。リュウゴはそれがお気に召さないようだ。


 地面がせり上がり、オーパークとベルと、檻に囲われた俺とがその上にいる。夕日を背景にして、ゼリンルーヴたちを見下ろすような位置取りだ。手で影を作りながら、サカルトがこちらを見ている。


「こっち来るよ、ソフィ姉!」


「……あれがオーパークさん……エルムさんの妹……どうしようすごいわかる」


 どちらも自己中な理不尽という点では、その血の繋がりが強固なものだと感じられる。ここにリュウゴでも加えればもう完璧だ。ソフィアはおそらく今の俺のザマを見てそういった感想を抱いたのだろう。

 せり上がった地面が、もう一度円盤を形作る。それがゆっくりとソフィアたちの下へと上昇し、建物の屋上と横に並ぶ。


「うわっ!」


「きゃっ!」


 茜色を反射する流体金属が、触手のようにソフィアとルーンのお腹に纏わりつく。オーパークはくの字(・・・)に折れ曲がるように二人を抱え、円盤に乗せる。


「へぇ、ツナギ。やるじゃん」


「何がっ?」


 この姉は何を言っているのか。ニヤニヤされるとリュウゴの顔と重なるからやめてほしい。切実に。


「離脱出来るのならこれで構わないが……」


『阿呆。連行収監のち死刑だボケナス』


 死刑(それ)はリュウゴの役目だな。ベルは傷が痛むのか、円盤の上に座り込む。オーパークは円盤の端まで歩き、眼下のサカルトたちに声をかける。


「じゃ、またね!」


「……あぁ」


 オーパークの満面の笑みとは対照的に、サカルトはぎこちない返事をする。


「さぁて、ちゃんと掴まってなよ?」


「え?」


 円盤が、発進する。そもそも、オーパークがどうやってここに来たのか。俺の認識が間違っていなければ、この円盤で街の上を飛んで来たはずだ。それも、高速で。

 帰りはそうでないという保証はどこにあるのか。俺たちは慣性に縛られ、立っていたソフィアとルーンは仰け反った。円盤の凹凸に指をかけ、這いつくばるようにして円盤に張り付く。


「あっ……ぶなぁ~!」


 ベルは刀を突き刺しているし、グレンはそもそも空を飛べるので関係ない。オーパークはなぜか突っ立ったままで倒れる気配はない。

 一方で、俺が囚われる正方形の檻がサイコロのように転がり始めた。もしかすると、はじめからわざと角度が付けられていたのかもしれない。


「俺もかよッ!?」


『このペーペーがァッ!』


 俺は格子の隙間から手を出し取っ掛かりを探すも、やけにツルツルしていて掴める場所がない。檻はそのまま円盤から転げ落ちる。


「【エンチャント:紅炎】」


 仕方がないので、俺はペンダントから剣を一本取り出して檻を破る。必要以上に細かくは刻まない。檻から出るのに不自由がないくらいの穴を開け、後はリュウゴに任せる。


「【アンチグラビティ】――――アンド【アクト】」


 檻は落下を続けるが、リュウゴには空中でも動ける手段がある。トンッと檻を蹴り、円盤に追い付く。ベル同様剣を円盤に突き刺して振り落とされないように体を支えた。


「……おい若葉。テメエどういうつもりだバカ!」


「ん~?なにが~?」


「ミサイルじゃったか。老害め」


 この円盤には動力源はない。細工はあっても仕掛けはない。ではいったいどうやって動いているのかと言うと、レールの上を滑っているという認識が正しい。

 カタパルト発射された円盤が、二本のレールの上を移動しているのだ。レールはオーパークが逐一舗装する。円盤の後ろに残る二本の軌跡はそれだろう。

 オーパークは、鉱物を操る。


「ねぇリューゴ兄ちゃん。もしかしてさっき逃げれたんじゃないの?」


「……あっ」


 ルーンからのアドバイスを聞き入れ理解した後、実行に移す。リュウゴは剣を引き抜いて円盤から降りようとして――――しかしそれはかなわない。

 リュウゴの首を撫でるように、剣が出現する。その剣は何本も何重にも重なり、リュウゴの首下を囲う。ご丁寧に刃は鋭い。

 結局剣は引き抜けず、円盤と一体化している。


「だ~め、だよ。リュウゴ」


「何故、姉という種はかくも理不尽なのか』


 リュウゴが喋りながら、裏の俺と代わる。だから途中からペンダントを介した言葉になった。


「【紅炎】」


 俺は首輪に手をかけ、それを砕く。脆い石で良かった。オーパークもそこまでして俺たちを拘束する気はないらしい。

 紅い炎と残骸で、炎のマフラーを巻いたようになる。熱さはあまり感じない。


「はぁ……もう……観念するよ。オーパーク」


 結局避けては通れないからな。






「もう随分と小さい」


「グルァ」


 サカルトは、だんだんと小さくなっていくオーパークたちを見ている。ヴァルもそれに追従するようだ。夕焼けが、その場に残った三人を照らす。


「さぁて帰るぞ。今日の晩飯は何かな」


「兄貴はもう気は済んだのか?」


「フン、まぁいいぜ」


 刀に裂かれてズキズキと痛む右手のひらを開閉させながら、ゼリンルーヴはサカルトに視線を向ける。


「また正面から来んならその時はもう一度叩き潰すだけだ。俺は私的な喧嘩は歓迎する」


 ゼリンルーヴの視線が、今度は夕日と重なる円盤へと向けられる。


「ただ、弟妹(きょうだい)を巻き込むってんなら……二度と歯向かって来ねえようにぶっ殺さねえとなぁ」


 ピシピシと、ゼリンルーヴの立つ場所から亀裂が広がる。近くの建物の窓が僅かに震える。その震えは嬉しさか、それとも悲しさか――――


「おい?」


「悪い、冗談だ……で、済ませてぇなぁ」


「ハァ……バカ兄貴」


(いて)ッ」


 歩き始めたゼリンルーヴの後頭部を、サカルトが鎖の先の重りで小突く。それとほとんど同時に、腹が鳴った。


「あ~腹減った~」


 街には街灯がポツポツと灯り始めた。




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