前哨戦 その1
◇
「事故だってよ、事故」
「へえ、珍しいなぁ。どの辺?」
「シェンド」
「あっ人災……」
賑やかな日常の中でも一際大きな騒動に、街がにわかにざわつく。話のタネに困らないハムスでも、この情報は瞬時に回る。
「まとめるぞ」
「はい」
このような事件に対応するのは、このマノガスト聖王国では騎士団の役目だ。とは言え、あくまでも第三者としての仲裁が主な仕事だが。
「まず、兄弟の住居に『幽鬼』が押し入ります。そして迎撃の結果、市街地に近付いていった……ようですね。その際に馬車と接触したようです」
「乗客は?」
「当時7名、内4名と御者含む5名は避難完了しています。残った3名の中に魔術師がいたらしく、壁を張って攻撃を防いだ、とのことです」
現在、オイロに駐在している騎士団員は現場に向かっている。ただ、戦闘の規模によっては追加増員した方がいい。いや、ほぼ確実にせざるを得ない。
(兄の方は短気……どう転ぶかは分からない。魔術師が巻き込まれたとのことだが、どうやら子供らしい。残った他の2人も同様と見るべきか……)
ビニング・マルケロ、マノガスト聖騎士団第6隊副隊長、26歳は、同隊の部下からの報告を受けて対応策を弾き出す。そして――――
「うん、隊長とは連絡つかないだろうから近場のダンマの所から――――」
「すみませーん」
最善の策がやって来た。
窓の外から声が聞こえる。ここは二階だ。その上、ハムスに設置された騎士団の本部だ。通常ならば一般人は注意、連行されるだろうが、この声の人物はそうではない。
ビニングは新たな対応策を思案しながら窓を開ける。
「どうされました?今現在立て込んでまして……」
「それなんだけどさ、今弟たちがこっちに遊びに来てるらしいんだ。もしかしたらまた悪さしてるのかもね」
「はぁ……」
「じゃなくても私が止めてくるよ。叱ってやらないと。場所を教えてくれるかな」
その人物は、ニコニコしながら二階の窓の外に立っている。腕の太さほどの金属の板が壁にめり込んでおり、その上に立っているのだ。しかし亀裂は広がっていない。
「オイロとシェンドの境です」
「そ、ありがとう」
ビニングは内心でガッツポーズした。
◇
ツナギとリュウゴは、目の前の人物たちから目を離さない。一手のミスが、今後取り返しのつかない事態になり得ると分かっているからだ。簡単に持ち直せるとは思っていない。
「そこのクソガキと、鬼ガキ。お前らは残れ。横の女2人は帰っていい」
『クソガキだぁ?テメエいくつだよ』
「……26」
『ハッ!ザコが!テメエが敬えクソガキィ!』
口を動かさないツナギの姿に若干の懸念を覚えつつも、目元に傷のある男――――ゼリンルーヴは、それが間違いなくツナギから、もしくはツナギ由来のものから発せられたことを確信する。故に、クソガキという認識はさらに深まる。
「何だテメエらは?」
「アイツらの敵ってところかな?え~っと……ボロいの」
「……ベルだ。紅いの」
「悪い。ツナギだ」
そもそもこの事態の元凶、空から降って来たボロいのことベルが自身の敵の確認をする。声音には多少の苦悶が混じっている。
「2人とも、危ないから逃げろ」
「やだ」
「や」
ベルとの問答を交わしたツナギは振り返り、ソフィアとルーンに避難を促す。が、却下される。
ここでお言葉に甘えて退却するのでは、強くなった意味がない。逃げることも出来ずにただ守られるだけよりはいくらかマシだが、それではあくまでも足を引っ張っているだけだという事実は変えられない。
「心配しなくてもいいわ。前衛はあなたたちだもの」
「ボクも危ないところわかるもん」
それが両者の意見だ。魔の森を抜け、少し天狗になっている部分もあるが、愚者ではない。だからリュウゴは条件を付ける。
『……引きの意識を4割持て。いつどこからでも常に攻撃される。初動をしっかり見極めろよ』
「うん!」
「グレン、頼むよ」
「あぁ」
ツナギは、グレンに2人をサポートするよう頼む。これでようやく戦いの前の決意が終わったところだが、そんなものは既に持ち合わせている常在戦場の住民にとっては時間の無駄、早くしろと言わんばかりにイライラとウズウズを募らせる。
「チッ」
「グルァァ」
「まぁ待てよ、まずは話し合いから――――」
サカルトの停戦の提案と共に、ゼリンルーヴが仕掛ける。軽く指を曲げただけの拳を、ベルへと繰り出す。対するベルは刀を振るも、ゼリンルーヴの素手とぶつかってギャリギャリと耳障りな音を上げる。
(音……周りのも俺の波紋とはちょっと違う。つーかアレ当たってねえな)
その様子を見て、リュウゴは考察を始める。材料はゼリンルーヴの纏う波紋、接触の際の音、刀と拳の間の僅かな空白、そして――――
「チィッ!」
刀を握るベルの腕がずれる。片腕だから押し負けたという単純な理由ではない。ベルは刀を逆手に持ち替えて鍔で拳を受け、後ろに飛ぶ。刀の鍔は既に割れてボロボロだ。
(防御無視……いや防御崩し……?当てるのを重視した動きだな)
ゼリンルーヴはベルを追わず、隣のツナギに追撃を開始する。ツナギもリュウゴ同様分析はしている。ゼリンルーヴの攻撃は受けない方がいいが、まずは確信が欲しい。ツナギは腕を伸ばして剣を構える。
「ほう」
ゼリンルーヴは走り込み、飛び蹴りを放つ。これも当てるための動き。ツナギは両手で柄を持ち、剣をその足に当て返す。再度甲高い音が周囲に響く。
まず感じたのは、想像以上の衝撃。続いて、その衝撃は体内によく響く。腕が痺れた。
(なるほど、俺の方が分が悪い)
返しの回し蹴りがツナギの頭部を狙う。防御姿勢を崩されたツナギはそれを防ぐ手段を持たず――――故に他者に頼る。
「!」
【聖域】の盾が不埒者を阻み、止める。要所だけを防ぐその盾は、以前破られたものより一段硬い。守る範囲が狭くなれば当然別の角度から攻撃をすればいいが、その間にツナギの離脱は完了する。
「ありがと、ソフィア」
「フッ、当然よ」
一度目の攻防は、ひとまずここで終了する。
『会話で油断させてその隙に奇襲かぁ……余裕がねぇなぁ!トークス兄弟!』
「違う!おい兄貴!いいか、手ェ出すな!」
「駄目だ。一発ずつ腹殴ってからだ」
ゼリンルーヴとサカルトの意見が食い違う。出来るだけ穏便に済ませたいサカルトと、腹の虫が治まらないから一発殴らせろというゼリンルーヴだ。
「あ"ぁクソッ!野郎ぶった斬ってやるッ!」
「大丈夫?休んでる?」
「あ"ァ"!?……あ?」
先ほどの攻防ではベルは大したダメージは受けていないが、それまでのものが蓄積している。口の中の血の味にリベンジを誓う。
駆け寄ったルーンを煩わしく思うも、一つ、引っ掛かりが出来た。
「グルルラララァ!ワウッ!」
『ハッ!やんのか犬ッコロ!ワンワンオッ!』
「ヴァル、あれは俺の獲物だ」
「この蛮族共めが……っ!」
話を聞かない通じない奴らに、サカルトの口からつい恨み言がこぼれる。自身の身内が全滅しているのもそれに拍車をかける。
「【エンチャント:……フレイム】」
ツナギが剣に炎を纏わせる。至って普通の、魔術の炎だ。
「落ち着けよドラゴ・トリックス。話し合いから始めようぜ?」
「……こちらに望むものは?」
一呼吸置いて攻勢に転じようとしたツナギに、サカルトから待ったをかける。それに対し、ツナギは話し合いの主軸となるであろう要点のみを尋ね返す。
「投降だ。お前らが謝って、多分兄貴が数発殴ればそれで全部済む」
「……平行線だな、サカルト・トークス」
『アイツ実は脳筋なんじゃね?』
ツナギは苦笑いをしながら言葉を返す。話し合いの先にあるものは、暴力であった。であれば現状と何ら変わり無いが、それはひとまず置いておいて謝罪だけでもするべきか、とツナギは考える。
「……すんませんでしたっ!」
燃える剣を右手に持ちながら、ツナギは胸を張って謝罪の言葉を口にする。頭は下げていない。語尾に力が入っていた。
「うるせえなぁ。謝罪ってのは地面を舐めながらするもんだ。頭が高い。そもそも俺たちにされても困るんだよ。リーンの目の前でやれよ」
『ブチギレごめんね!にはブチギレいいよ!で返すもんだろマナー違反』
「さっきから誰だよテメエは?ギャーギャーうるせえ」
『ドラゴ様だよ。腹話術って知らねえか?無知のお兄ちゃん?』
リュウゴの口はよく回る。そこから出るものが嘘だろうが真実だろうが、相手を煽るという目的は同じだ。それへの抗議としてゼリンルーヴが口を開こうとして――――
「おい!テメエらッ!なんでルーンがここにいるッ!?」
ベルが叫ぶ。その顔は驚愕と、ある種の絶望に満たされている。
「エイフォールはどうしたッ!?答えろッ!!」
「ルーンちゃんの……知り合い……?」
ベルの慟哭を聞き、ソフィアが呟く。
ルーンは記憶を失っている。これまではむやみに掘り返して来なかったが、ソフィア自身も何か、ルーンの失くした記憶を探す手伝いが出来ないかと考えていた。それが、この目の前の少年なのか。
「黙ってんじゃ――――」
『知・る・かッ!拗らすな!』
しかし一方で、リュウゴはそれを切り捨てる。ここで新たな因縁を持ち出されても困るのと、ただ純粋に状況が切迫しているからだ。
「グルァ!ワンッ!」
ヴァルがツナギに飛びかかり、その爪をかざす。ヴァルは巨体だ。四足全て地に足着けてなお、ツナギより十分に高い。
ツナギは燃える剣を振り、攻撃を受け流す。まばゆく残った炎の軌跡が、夕暮れを受けてさらに朱くなる。
「悪いな!ワンコのあしらい方は染みてるんだ」
『せいぜい"生物"を捨ててからかかって来たまえ』
「グルルル……」
ツナギとリュウゴの煽り文句を理解出来ないほど、ヴァルもバカではない。今度は歪んだ口を大きく開き、長い牙で襲いかかる。
「ガァッ!」
「フッ」
ツナギは剣を噛ませて止める。炎上する剣を咥えているのだ。今に口内に火傷を受けて――――
「ワフッ」
「へぁっ!?」
炎が消えた。否、食べられた。唐突に霧散した炎は、ヴァルの口の中へと消えていったことをツナギは感じる。剣の周りを煌々と燃えていた炎は消え、残ったのは熱せられた鉄と、チラチラと光る炎の残滓のみだ。
「炎はヴァルの好物だ。不思議な奴だよな」
「それは初耳でッ!」
サカルトの解説を聞きながら、ツナギは強引に剣を引き抜いて離脱する。それに特に抵抗しないヴァルの体毛は、ほのかに赤みを帯びていた。
「さぁて……なんとかなるかな……?リュウゴは兄貴の方を頼む」
『おうよ』
「ソフィア、あいつも連れてやっぱ逃げろ」
「ッ……それは……」
『大丈夫。俺たちゃただの殿だ』
ツナギの誤算は、そもそものトークス兄弟との遭遇からだと言えばそうなのだが、それはひとまず置いておいて。
まず、ベルが戦力とするには削られてしまっていること。ダメージを受けすぎている。だから自身が主戦力にならなければならない。
次に、勝算とするには早計だが、対抗策があること。つまり良い方への誤算だ。時間を稼ぐだけならどうとでもなる。なってしまう。
「まずは戦いながら移動するぞ。そこのシェンドを一部突っ切る。だから――――」
避難場所への最短距離だ。距離にしては僅か、5分とかからない程だ。斜めに抜ける。
「その間は頼りにしてる。当てにしてるよ」
「ッ――――~!だったらもっと早く言いなさいっ!」
ソフィアの顔が赤らみ、緩む。頼られるのが嬉しいのだ。そのために学び、そのために強くなり、磨いてきたのはそのための力だから。
「よし、ルーン!走れ!」
「ニヒッ」
離れていて、ツナギとソフィアの会話はルーンには聞こえない。されど、その様子を見つめていたルーンは一瞬で意図を把握する。ツナギの手招く方へと走り出す。
「じゃあ行くよ!」
「お、おい……」
ベルは、引かれる手に言葉に出来ない感情を覚える。ただ力無く、背中を追いかける。
(俺は……何だ?何をしている?この状況は……)
脳裏をいくつものなぜ、なに、どうしてが駆け巡る。しかし、ただそれだけで出口が見えるわけじゃない。
「逃げかよ、クソガキども」
「……さあ?どうかな?」
「そうだろ凡愚」
いち早く逃走の気配を感じ取ったゼリンルーヴにツナギもハッタリを返すが、効果はない。ルーンとベルはもうまもなく合流する。
「つーかテメエだけは逃がさねえんだよ。鬼ガキ」
「ソフィアッ」
話を振られたベルはしかし、別のことに意識を持っていかれている。すぐ側に近付いて来たゼリンルーヴにすら注意を払っていない隙だらけだ。
「もっかい死ね」
ただ徒に、ルーンに左手を引かれる。ベルが認識しているのはそれだけだ。
不意に、その手が消える。
「ふんぬっ!」
「……ぁ」
伸ばした手は、大切なものを掴みたいと空を切る。そしてほんのすぐ脇では、両手で短剣を持ったルーンがゼリンルーヴの拳を受け止めていた。例のごとく不快な金属音が鳴り響き、剣の刃と拳の皮膚は接触していない。
「ちょっ!?重っ!」
「どけチビ。気分が乗らねえ」
「い~ぃやッ!!」
ルーンが短剣を二本とも振り抜き、ゼリンルーヴの拳を受け流す。しかし、成功はそれまで。隙だらけの胴体をさらすこととなった。
ゼリンルーヴはそこに、軽く、労るように拳を突き出し――――
壁と、黒い刀がそれを遮った。
「……【不侵の盾】」
ゼリンルーヴだけを通さない【聖域】が展開され、拳は壁にぶつかってコツンと音を立てる。ゼリンルーヴが、攻撃を防がれた、という状況を認識したのも束の間、刀が壁を突き破って来た。
「ッ!」
否、刀は壁と干渉し合っていないのだ。突き破ったというよりは、すり抜けた、が正しい。
鋒がゼリンルーヴの指を斬り、しかし切断はさせない。多少の傷は必要経費と切り捨て、刀の側面を強く摘まむ。手のひらは裂かれたが、気にしない。
そして、ゼリンルーヴは反対の手で力を溜める。自らの【アーク】を存分に使い、目の前の壁を破るために。
「ハッ!良い顔付きじゃねえか!」
ベルの表情は、髪に隠れて伺えない。正面のゼリンルーヴ以外には。
「割れろッ!」
指を曲げた掌が壁に押し付けられ、亀裂が広がる。刀を摘まんでいる所を支点として、ゼリンルーヴの蹴りがベルに迫る。【聖域】は、今度は少しと持たずに破られた。
「ハローワールド、お兄ちゃん」
その蹴りを、受け止める手があった。桃色の髪が揺れている。
(困った時の【全叛逆】!……貫通、ガドブレ、内部破壊、多段ヒット……おっ!ビンゴ!)
(何だ……?雰囲気が違う。嫌いだコイツは)
その人物は【叛逆】をON/OFFしながら、ゼリンルーヴの能力を探る。まずは自身の運動状態をリセット、その状態を常にかけ直しつつ、当たりをつけたものから順に叛逆状態を解除していく。
当たりを引いた時、リュウゴの腕に一瞬の痺れが走ったが即座に【叛逆】し直す。そして、その結論は――――
「振動か。変態め」
(さっきまで話してた奴か。腹話術……クズと呼称しよう)
リュウゴ同様、ゼリンルーヴも敵の秘密を暴く。
「二重か。愉快だな」
「羨ましいか?」
「全く」
ゼリンルーヴが【震動】の出力を上げる。振動がゼリンルーヴの足からリュウゴの手へと伝わるが、リュウゴの体はそれら全てを打ち消す。伝わった側から無効化する、または、そもそも伝わらない。
空気を伝わせてルーンとベルにも攻撃できるが、ゼリンルーヴはそれはしなかった。
「特効って気持ちいいなァッ!」
リュウゴはゼリンルーヴを投げ飛ばし、二度目の攻防を終えて両陣営再度距離を取る。
「ゴホッ……お"い、俺はテメエらに興味はない。情もない。が、話がある」
「奇遇だな。俺もお前がどう死のうがどう潰れようがどう壊れようが、……全く一切の興味もない」
血の混じった咳をしながら、ベルがリュウゴに話しかける。それに対してリュウゴは、満面の笑みを返した。
『ベル、信じていいか?』
「あ"?知るかよ」
「そーかそーか、よし肉壁にしてやろう。俺は後ろで歌ってる」
「どうしたツナギ……イカれたか?」
「そーそーツナギ君は頭のネジが足りないの。ブっ飛んでるから」
『……うるせえ黙れ燃やすぞ』
「ふふ」
微笑ましい男児たちの様子を見て、ルーンが笑う。ルーンの脳内に何か、暖かい日溜まりの中、青々とした木々の情景が浮かんでくる。そこに建つ、ツナギたちのものとは違うログハウスの中で、自分は眠っている。賑やかな声の中で。そんな情景。
「ソフィ姉、向こうにまっすぐだって!」
「……?いつ聞いたの?」
「さっき!」
ルーンが指差す方向は、確かにツナギが想定したものと一致している。それだけやり取りして、ルーンは走り出す。
「んもぅ……コレやっぱ邪魔!」
ルーンはずっとかけていた丸メガネを外し、地面に放り投げる。確かに、この場で伊達メガネの必要性はない。だがそれを見過ごせない人物もいる。
「おいおい……粋を分かっちゃいねえなぁ」
「リューゴ兄ちゃんの言うことたまにわかんない」
リュウゴが丸メガネを拾い、自分でかける。
「おーまぁちょっときついが無理じゃあない。任せとけ。メガネクイッは俺がやろう」
手袋を嵌め直し、リュウゴがメガネをクイッとする。無駄に様になっている。このような流麗な所作も、リュウゴが前世で習得したものだ。他にも無駄には余念がない。
「鈍足ども!そんな足でどこに向かう気か!行き先が地獄でないのなら……、走れ!!」
「うっさい!」
例えばアニメのセリフのコピー等もそれに当たる。
身軽なルーンは良いとして、怪我をしているベルと単純に足が遅いソフィアへの檄が飛ぶ。
「兄貴、あいつ面白ぇな。無効化された?」
「うっせ」
「グルァ!」
「黙れ」
走り去って行くリュウゴやベルの様子を見ながら、ゼリンルーヴもまたヤジを飛ばされる。
ふと、リュウゴが立ち止まる。メガネクイッ。再度クイッ、フレームクイッ……
「野郎……!見逃してやろうと思ったがやめだッ!一発ぶん殴る!」
「そこで怒りを抑えろよ……キリがねえ」
ゼリンルーヴに小言を言いはするが、サカルトもそれに付き合うことは満更でもない。怒りゆえ、ではなく、ゼリンルーヴを抑えるため。死人を出されても困るのだ。
「わあっ!来たよ!どうするベルくんっ!……う~んベル?……ベル兄。どうするベルにぃ!?」
「……」
「うわニヤけてるっ」
「あんたはまたそうやって……茶々入れないのッ!」
ソフィアがリュウゴの耳を引っ張る。リュウゴも昨日の今日でソフィアに対してあまり強く出れない。
『グレンッ!』
「日和見焼き鳥ィ!」
「黙れ燃やすぞッ!」
遊撃として、グレンほどの適任はいない。翼があり、空を翔べることはそれだけで強力な手札だ。
「そこのワンコロにたらふく食わせてやれよ」
「……」
グレンは炎を落とし、ゼリンルーヴの行く末を塞ぐ。炎のカーテンだ。たとえ有効だとしても、リュウゴの案に沿うことは癪なのだ。
「しゃらくせえぞッ!鳥ィ!」
ブゥンという音がして、ゼリンルーヴの手首周りに波紋が広がる。しかし遠くまでは広がらず、自身の頭身ほどまでの円形である。
ゼリンルーヴの【アーク】は、【震動】。端的に基礎能力をまとめると、継続的に一定の衝撃を加える、というもの。衝撃の強さ、間隔は自身で設定出来る。
「ッラァッ!!」
グレンの紅炎を、ゼリンルーヴが掻き分けて進む。炎の壁は二つに割れた。不定形で重さのない炎では足止めにはならない。例え物理的な壁でも、ゼリンルーヴには関係ないであろうが。
「ハァ……肉壁にすらなりゃしねぇ」
リュウゴは立ち止まり、ゼリンルーヴを迎え撃たんとする。同時に、ペンダントから剣をもう一本取り出す。振動を無効化出来るのはリュウゴの体のみ、つまり剣は影響を直に受けることになる。路面を砕く様子を見せられては流石のリュウゴでも警戒する。
視線が交錯する。右手で剣の柄を握ったまま、リュウゴが手をクイクイッと、かかって来いと合図をする。
ゼリンルーヴはそれを受けて口を歪ませて笑い、踏み込む。路面に亀裂が生じ、次の瞬間には巻き上がった瓦礫と共にゼリンルーヴがリュウゴに迫る。
「スゥ」
「フッ」
両者とも短く息を吐く。激突は数瞬遅れた。リュウゴが集中に目を見開く。
「ッ!」
ゼリンルーヴの体が減速する。といっても、あくまでも高速の中での減速だ。重心を後ろに倒し、地面スレスレを滑りながら拳を溜める。
「【重揺】」
(ヤベ逝け二本ッ!!)
ゼリンルーヴの右拳が、触れるものを砕く破壊を纏う。衝撃を溜めて、放つ。それだけ。
リュウゴは即座に防御姿勢を取る。両手の剣を正確に拳に当て返し、重力、抵抗、摩擦等に【叛逆】する。後は足で思いっきり後ろに飛ぶだけ。
「グゥ……ッ!」
「……」
剣は二本ともすぐさま砕かれる。その一瞬で剣からの力も受け取り、リュウゴの体は後ろ向きに加速する。が、ゼリンルーヴの拳はリュウゴの左肩に届いた。【震動】は伝わらなくとも、【震動】で加速され、腰の入った拳はリュウゴの肩を砕く。ミシリという音にリュウゴは顔をしかめる。服は一部ズタズタになる。メガネはレンズが割れて視界を遮る。
「リュウゴッ!」
「……っ」
吹っ飛ばされて空を飛ぶリュウゴは、心配するソフィアを手で制す。空中での姿勢制御は、リュウゴにとってお手のものだ。ゼリンルーヴ、サカルト、ヴァルを高所から視界に納める。左手には力が入らない。折れた剣の柄が手から零れ落ちてしまう。邪魔なだけのメガネのフレームは外して捨てる。
「チィッ!」
ジャラジャラという鎖の音に、苛立ちと痛みで顔を歪める。右手の折れた剣に鎖を巻き取りつつ、ペンダントからさらに剣をもう一本取り出す。
「テメエも日和見じゃあ!?弟くん!」
「俺はどっちかっていうとお前たちの敵だ。取り敢えず分かりやすい屈辱……地面にでも埋めて陳謝させる」
今この場では、ゼリンルーヴの怒りさえ収まれば丸く収まる。後々の禍根の話をすればキリがないので、この話はそれで終わり。サカルトは、ゼリンルーヴに精神的な優越を与えれば満足することを知っている。
「ほーかよ。やっへいろ」
左手は使えず、右手は塞がっている。リュウゴは剣の柄を咥えて喋った。刃にはグレンが脚を留める。
「【エンヒャンホ】……!」
ツナギが表に代わり、咥えた剣は紅く燃える。ツナギに空中にとどまり続ける術はなく、鎖の先を繋いだまま落下する。紅炎が紅く軌跡を残す。着地の瞬間だけリュウゴと代わり、フワリと【叛逆】の波紋が広がる。
「透かしたか。まぁいいだろう。……あースッキリしたー帰るぞ。もう来んなよ、テメエら」
ゼリンルーヴから闘志が消える。一発ぶん殴るという目的は達成したのだ。殺すつもりで攻撃したが、リュウゴは生き残った。それが結果なら、ゼリンルーヴはそれに甘んじる。
「……自己中め。攻撃した俺がバカみたいじゃないか」
そういえばそんな性格だった、とサカルトは感じる。余計なことをして、メガネクイッしたリュウゴのように戦闘を長引かせることは望んでいない。
『んだよそれ。俺がクソ情けねえじゃねぇか』
煽った挙げ句返り討ちに逢った戦犯が何か言っている。もしそんな戦犯がいたなら、そいつの一人負けだろう。リュウゴは裏側で頬杖をついて黄昏る。
鎖を剣ごと手放したツナギは、口に咥えた剣を手に取る。サカルトは鎖を手元に戻す。引き戻した際に空中に放られた折れた剣を手に掴んで、サカルトはそのしっくりとくる握り心地に違和感を覚えた。
「じゃ、俺たちは帰るんでッ!」
ツナギが仰け反り、その直上をヴァルの爪が掠めるほど近く通る。ツナギの落下点からの死角に潜んでいた狼がじゃれて来たのだ。
「あっなっ……バカ犬!待て拗らすなヴァル!」
「また陽動かよっ!?」
「ガルゥアッ!」
獣の体を使って人間とは違うリズムで攻撃してくるヴァルに対し、ツナギは紅炎を纏った剣で応戦する。相変わらず炎に物怖じする様子はない。
「紅炎か……?」
ヴァルの目線はツナギ本人ではなく、その手に持つ剣に偏っている。さらに細かく分けるなら、剣が纏う『紅炎』だ。
「そんなに欲しけりゃくれてやるよ。食いしん坊」
ツナギは剣を水平にし、ヴァルがそれを咥える。紅々と燃える炎はヴァルの口の中へと消え、体毛がより一層鮮やかな色となる。剣は丸々口の中に消えた。ツナギはその場から少し距離を取る。
「複雑なものだな」
『狼って焼いたらうまいかな?内からこんがり』
自らの炎を食われて、グレンには少し思うことがあるようだ。
「黒鬼ッ」
「グル!」
豪勢な夕食を堪能するヴァルの横腹に、刀の斬り上げが見舞われる。漆黒の刀身を持つ刀だ。
「ベル!?ソフィアとルーンは?」
「先に逃がした。テメエが削られてるからだろうが。逃げ切れねえならここで叩くしかない。テメエがまだピンピンしてる内に。……ゴホッ」
「どいつもこいつも血の気の多い……!」
ソフィアとルーンは、ツナギたちがにらみ合う近くの建物の上にいる。見えないところから【聖域】で足場を作り、屋上まで登ったのだ。高所から戦況を見守っている。ベルはこの事を知らない。
「ゲッ」
ゼリンルーヴには位置を悟られた。
「グルゥゥ!グウッ!!」
「どうどう……止まれ落ち着けヴァルゥ!」
口に鎖を巻き付けて、サカルトが怒ったヴァルを抑えようとしてズルズルと引きずられる。膂力の差が如実に出ている。
「止ォ~まァ~れ~ッつってんだ……あ?」
引きずられるサカルトに影が差し掛かる。ツナギたちにも同様だ。夕日に重なって、円盤がこちらに向かって飛んでくる。
「ソフィ姉!あれ!」
「ん?……うそぉ!?」
屋上にいるソフィアたちにとっては、まっすぐ水平に向かってくるように見えた。みるみる内に円盤が近付いて来る。その上には人が一人乗っているようだ。
「【不侵……、ピンッ……ポイント……ッ!」
ちょうどツナギたちのいる場所へ向かって落ち始める円盤を、ソフィアは止めようとする。範囲を広げた【聖域】ではなく、手のひらほどの大きさの壁だ。小さい分、強度は高い。
「ありゃ?」
ゴツンという鈍い音がする。円盤の上の人物は少し体勢を崩すも、ドロリと変形した円盤によって支えられる。
「あービックリした」
「あっ」
『ゲッ』
固形から液体へと変化した円盤は、ドロドロと地面に落ちて行く。液体金属だ。
「さて、街中で喧嘩をする悪い子たちはここかな?そこまでにしなよ」
液体金属と共にゆっくりと、男装の麗人が降りてくる。【聖域】に遮られた円盤は一度液体に姿を変えたが、それをすり抜けて地面に落ち、再度固形へと形作られる。
「……オーパーク」
男装の麗人――――オーパーク・ラスツは、その上に降り立った。




