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アーク・ロスト・ワールド  作者: 江本平
第二章 誓った言葉を胸に抱いて
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私の貯金は国家予算と直結しています



「ハァ……くそ。見失った」


 『商業都市群』ハムスは、広大だ。マノガスト聖王国の海沿い西方に位置し、地図にて定義される範囲は実に国土の二割――――だだっ広い『魔の森』に負けず劣らずだ。

 超常の産物である『魔の森』を、人の生活経済圏が越えようとしている。実に誇らしいことだが、当然良いことばかりではない。


 光の当たらない場所はあるものだ。いや、そういった場所も、街の発展と共にシステムとして組み込まれていったのだ。


 分かりやすく言うと、ヤクザやマフィアがいる。カタギではないスジモノもまたこの街に巣くい、権力者らと癒着しているのだ。


「ヴァル、分かるか?」


「グルァ」


 そんなハムスという街の路地裏の一つに、影がある。男の影と、獣の影だ。男――――サカルトは、自身の相棒であるヴァルに声をかける。その狼の鼻を当てにしてだ。


 先刻、侵入者があった。いや、侵入者と呼ぶのも烏滸がましい、真正面からカチこんで来て荒らすだけ荒らした後、姿をくらませた。

 自身が日陰者であるという事実に目を瞑り、あえて言うならば、賊である。


「……。……『幽鬼』め」





◇ ツナギ


 華やかな街並み、路面や建物の壁は白色。光を反射し、まばゆいばかりだ。噴水から吹き出る水もまた、キラキラと輝く。銀行前の広場では子供たちが親の帰りを遊んで待っている。


 ここがハムスの素晴らしい所だ。だから反社とは関わりたくないし、ヤケクソな散財もしたくないし、出来ればオーパークとかアイツら(・・・・)とも会いたくない。

 さて、この内いったいいくつを達成できるのだろう。


「ねぇリュウゴ、あんたお金を借りに行くって言ったのよね……?」


『おうよ。まあ俺らの分の金だけどな。何か問題でも?』


「ここって『ゴールドバンク』よねぇ!?」


『ハハハ安っぽいネーミング~』


 リュウゴの自虐に興味はない。

 俺たちの目の前には、小綺麗な白い建物がある。シンプルながらも、よく目を凝らすと流麗な細工が施されていることが分かる。


「じゃあソフィア、話つけて来るからルーンと待っててくれるか?」


 視線の先には、未だ骨付き肉と格闘しているルーンの姿がある。口の周りは脂で汚れてしまっている。街の自治区の一つを食べ歩きしながら通り抜けて来たのだが、ルーンはまだ全て食べ切ってはいない。


「いいけど大丈夫なの?ここの人たち「人から借りた金を人に貸して利益を貪る連中」って聞くわよ?」


『知識が偏ってんなぁ。そんなお父さんとは縁切りなさい』


「ふぉふはいいとほほうよ」


「こら、食べながら喋らない」


「ふぁ~い」


 ルーンの行儀の悪い行動をソフィアが諌める。口の周りもハンカチで拭く。メガネも後で綺麗にしなければならない。


「でももう買い物はいいわよ?溜飲は下がったもの」


『腹いせかよてめえ……』


 しかし、実に60万G分の迷惑をかけてはいるのだろう、リュウゴが。怖いから何をしたかなどは聞かないが、誠意は見せなければならない。だがしかし、実際そこまで痛手ではないのだ。


「まぁ、多めに持っといて困ることないからなぁ」


 俺たちにはペンダントがあるので、硬貨を持ち運ぶ際に嵩張らない。だから取り敢えず、また100万ほどもらって帰ろう。


『こんなこと言ってっけどなぁ、コイツ「俺のことを金持ってないと思ってる奴らに袋いっぱいの金をジャラジャラさせて見せびらかしたい」って言ってたぞ』


「ふーん、ひねくれてるわね」


「いや、ちょ、待っ!?……言い方ァ!言い方が悪い!」


 確かにそんな感じのことを言ったかもしれないが、リュウゴの翻訳は悪意にまみれている。俺の性根はそこまで腐っていない。他人の悔しそうな顔が見たいなどと……完全否定ができない。


「ハァ……すぐ帰って来るよ」


 それだけ言い残し、今度こそ俺はその場を去る。『ゴールドバンク』とは、その名の通りゴールド通貨を取り扱う銀行である (らしい)。小難しいことは知らない。



 回転式の扉を手で押しながら、建物の中に入る。中は意外と静かだ。何でも、音が反響しないように吸音の魔法を使っているらしい。壁の模様のいずれかはその魔法陣なのだろう。

 俺は受付へと向かう。


「すみません、ジュールさんいますか?」


「代表ですか?失礼ですがアポイントメントは……」


「あぁ~!誰かと思ったらツナギ君じゃあないの!大きくなってぇ~!何年振り?もう3年!?広場にいるのが見えてたよ!」


 奥の階段から大きな声が聞こえる。その階段を下りながら発せられた声は、静かな建物内によく響いた。


『げぇ……うるさいのが出た』


「うるさいとは失礼じゃあない?リュウゴ君」


『今使わずして、この単語の意義はどこにある』


「フム、一理あるね」


 スーツを着た男性がこちらに向かって歩いて来る。彫りの浅い顔立ちと鼻の上に乗せた小さなメガネ、少し上がった口角の影響で柔らかな印象を与えるが、本質はリュウゴ寄りだし、口調もどこかおかしい。


「お久し振りです。ジュールさん」


「うん、久し振りだ。また合えて嬉しいよ」


「俺もです」


「"俺"だなんてカッコつけちゃって~」


 俺たちは握手を交わす。

 そうか、前に会ったのは3年前だからちょうどあの頃。まだ"僕"だった頃だ。


「いろいろあったんですよ」


「そうか。……この二人(・・)は私の友人だ。しばらく談笑してくるよ」


「二人?……いえ、何でもないです。畏まりました」


 受付の女性は、詳しく聞き返さなかった。世の中には、聞かなかったことにしてしまった方がより理解を深める場合もある。俺たちが二重人格だと一言で言い表せても、厳密には微妙な語弊がある。今この場で説明するのも面倒だ。


「さて!無理には抉らない。……それじゃあ仕事のお話でもしようか」






 階段を上りながら、俺たちは軽く談笑する。


ハムス(こっち)に来たのは今日?」


『さあ知らね。そこんとこどうなの?』


「ああそうだよ。正解ですよ」


 そういえばリュウゴ(コイツ)は結局自分で一歩も歩くこと無くここまで来たのだ。なんだか腹が立ってきた。


「それじゃあ一緒だ。私も昨日までは王都にいたからね」


『ふーん、何の用?』


「国家機密はバラせないのよ」


『どーせエルムだろ』


「分かってるじゃあないの」


 それが全てではないのだろうが、俺たちが『魔の森』を発つ前日に、エルムも王都へ向かっている。この国の上層部とはそこまで親しくないが、身近ではある。エルムがちょくちょく情報を持って行くのだろう。

 直近では『ロイデバン国内に出没』等が大事件なのだろう。『魔の森』での超常現象は日常茶飯事なので、森が消し飛ぼうがそこまで広まってはいないのだが。


「取り敢えず、部屋でゆっくり話そうじゃあないか」


 ジュールさんが扉の取っ手に手をかける。そこは彼の執務室だ。

 机の上に大量の書類が積み上げられている。それは脇のテーブルでも同様だ。机やテーブルの上には、書類と共に壺も置かれている。


「壺……」


「気付いたの?私も趣味の一つでも持とうと思ってね」


 よく見れば、壁際の棚の上にも壺が飾られている。


『へ~、どこの宗教(カルト)にご入信で?』


「なんかごめんなさい……」


 うん、これはあれだ。ほら、俺たちの第一印象が悪かったかもしれない。街中で壺を被った子供に会えば、それはもう一生忘れられない出来事になる。十中八九俺たちをからかうつもりなのだろう。俺はさっさと忘れたい。


「さて、一応聞こうじゃあないの。本日はどういった御用件で?」


『金貸せ銭ゲバ』


「黙れてめえ」


 俺は紅炎の矛先をリュウゴに向けて、爆ぜさせる。そういえばミロラムドで俺も一発食らっていたな。よし、これでチャラにしてやろう。


『ツツツっチャぁ!?』


「もう無くなったの?君たちは隠居生活をしてたんじゃあないの?今の英雄さんからそう聞いてるよ」


「最近入り用で……底を尽きてしまって」


 前回ここに立ち寄った時、100万Gほど受け取った。それが3年前のことだが、それからあまり使う機会がなかったのだ。

 そして現在、イルちゃんへのお土産(7万G)やら諸々の交通費、宿泊費(約30万G)やら菓子折り(60万G弱)やらで全て消し飛んだ。今の所持金はほぼ0だ。フトコロガサミシイナァ……


「ふぅ~ん……はい、じゃあこれ200」


「ありがとうございまーす」


 ジュールさんが机の引き出しから袋を二つ取り出し、それを俺へと投げる。中身はそれぞれ大きい方のゴールド金貨10枚ずつ、合計200万ゴールドだ。


「あ、出来れば細かいのも……」


「ハイッ、それとホイッ」


「ありがとござまーす」


 俺はさらに袋二つを受け取る。中身は大銀貨と小金貨20枚ずつだ。


『んじゃこれでこっちの用事は済んだが……そっちは?』


「話が早くて助かるの。手伝えリュウゴ君」


『うぃぇ』


「長くなりそうです?」


「それはこれを見てくれ」


 促され視線を向けると、そこには山積みの書類が。言うまでもないのだろう。


「じゃあ外に知り合い待たせてるのでここに呼んでも?」


「どうぞどうぞ」


 ソフィアたちをいつまでも待たせるのも悪い。俺は部屋の窓を開け、この『ゴールドバンク』前の広場を見渡す。

 どうやらベンチに座っているらしい。ルーンが食べ切った骨付き肉の骨を、グレンが口から炎を吐いて灰にした。そしてその灰はそのままグレンの口の中に入る。……あいつ(そんなもの)食べるんだ……?


「おーい、ソフィアー!ルーン!中に来いよー!」


 先ほどの光景については深く考えないことにして、俺はその場から二人を呼ぶ。どうやらこちらに気付いたらしい。

 それじゃあ俺は代わる(・・・)か。俺じゃ小難しい話には付いていけないだろうし。


「知り合いは女の子?」


「う~んそーだが……聖都の腹黒さんとこの子だよ」


「ソフィア……あぁ、ソフィアルーク・クランドか。どういった経緯なの?」


「打算と成り行きと絶望と、その果ての決断」


「この国の未来は明るいのね」


 二人の高度な会話は俺には伝わらない。頑張って意図を読み解こうとすれば理解できるのだろうが、別にそれはしない。俺は今日半日歩いて疲れたのだ。後はリュウゴに任せる。


「ツナギ、あんな大声で呼び出して!めちゃめちゃ恥ずかしかったじゃない!」


『じゃあ窓から来るなよ……』


「結局注目されるのなら一緒でしょ?」


「ソフィ姉ってたくましいよね」


 広場から直接、ソフィアが【聖域】で足場を作ってこの3階まで来たのだ。後ろにはルーンも続き、窓から部屋に入ってくる。


「ほらよ。ガキ同士()れてろ」


 リュウゴがペンダントを外して投げ、ソフィアがそれを受け取る。ソフィアは何か言いたげだが、飲み込んだ。

 俺が声を出す所はこのペンダントだ。リュウゴとジュールさんの会話には付いていけないので、俺は居ても居なくても変わらないのだ。


「他の奴らは?」


「私が暫く留守だったのよ。そこら辺で呆けているんじゃあないの?」


「ほーだからここが書類置き場になってる、と。……これただの顧客情報じゃん」


 リュウゴが書類の山から一枚手に取り、それに目を通す。


「あんたそれ勝手に見て良いものなの?」


「当然だろ」


「?」


 ソフィアが怪訝そうな顔をする。聖都に居た頃に、トリアスさんを手伝ったことでもあるのだろうか。あれ、何書いてるか意味分かんねえよな。


「家乗っ取りたいジュールに手ぇ貸して、勢い余ってここの経済メチャクチャにしちゃった話聞きたい?」


「私とリュウゴ君とが共犯として、この『ゴールドバンク』を立ち上げたのだよ。君のツテがなければ始まらなかったのよね」


「そーかいハイハイ。邪魔になったら排除するかぁ?」


「君は愚者じゃあないのだろう?」


 その昔――――5年くらい前のこと、『商業都市群』ハムスへとやって来た俺たちは悪徳商人を潰すためにジュールさんと結託して、ゴールド通貨という新兵器を引っ提げて殴り込んだ。当然そんな簡単に新通貨なんて認められるはずがない。だから俺たちのツテや力、さらには王族という後ろ盾まで引き込んで周到に立ち回った。

 ……俺は何でこれで天下取れてるのか今でも分からない。理解できない。


「では、ソフィアルーク・クランド様。そちらのトリアス様とは仲良くさせてもらってますよ」


 ジュールさんが鼻の上に乗せている小さなメガネをかけ直す。そして、ソフィアに向き直る。


「はじめまして。『ゴールドバンク(ここ)』の代表、ジュール・ミラハンドです。今後も長い付き合いになると思うので、善き関係をお願いしますよ」




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