浪漫に準ず
◇ ツナギ
風に乗って、硫黄の特徴的な匂いが鼻を掠める。ずっと歩いている影響か、それともこの地域特有の環境のせいか、少し暑い。
ちらほらとすれ違う人も増え、『聖都』に行ったきりしばらく味わうことのなかった、人々の活気を感じる。
「たっかーい」
俺たちの目の前には、『魔の森』を意識してか、その方面のみに高くそびえる壁がある。街の外周をおよそ4分の1ほど守っているものだ。
「ここも昔は『魔の森』に負けず劣らずの魔境だったんだってさ」
長いトンネルの中のくぐりながら、俺は聞きかじった情報を口にする。数百年前のことだけど。
トンネルと言ったが、山をくり貫いたものではなく、完全な人工のものだ。先ほどの壁を支えるように、壁の内側には、三角形の斜辺の上に段々と連なった家々がある。
しかしこれを作るにはなかなかの労力が……いや、エルムならすぐ出来そう。あいつならこの規模でも難なくこなすだろう。……やっぱおかしいわ。
始めは警備施設のような様相をしていたこの壁の中だが、街に近付くに連れて娯楽施設も見受けられるようになってきた。心なしか照明の色も明るくなっているように感じる。
トンネルを抜けた俺たちは、太陽と数十秒振りの再会をする。目の前に広がるのは大きな街道だ。一本道を進んだ先には、小さな湾が、そこを越えた対岸には、街の続きが。
『やっぱし気持ち悪ぃな、本物を知る者としては。和洋折衷が別ベクトルにブッ飛んでった感じだ』
「そんなにおかしいの?」
『こっち側の人間の不始末だよ。きっと生温い覚悟だったのだろうね』
リュウゴの感想なんぞ当てにはならないが、妙なちぐはぐさは俺も感じる。
石材で出来た建造物と、それらの上から服でも着せるかのように被せられた木製の装飾。薄橙色の建物と深い茶色がかった木材の対比は間違っているのかそうではないのか。
しかし、一軒だけならともかく、街全体とまで行くとこれがこの街の特色なのだと受け入れられる。
世界でも有数の変わった街。それがここ、ミロラムドだ。
◇
はい、ハムスにはまだ着いていません。あと半日位歩けば着きます。別に出来るだけ遅延させているわけではありません。覚悟は出来ています。いざとなればリュウゴを差し出します。
……そもそも、これは楽しい旅行なのだ。目的地だけではなく、道中でも楽しむべきである。
その候補として挙がった――――と言うより他にめぼしい所がなかったのだが、とにかく、この『ミロラムド』という街を中継地点に選んだ。
この街は、いわゆる観光で賑わっている。その目玉は温泉だ。
火山地帯であるここにはその昔、竜がいたらしい。当時小さな村だったミロラムドは、たびたび出る被害と恐怖に苛まれていた。
だがある日、二人の旅人が村に立ち寄り、なんやかんやあって竜を倒し、その時に温泉が噴き出して、それから500年ほど経って今のミロラムドになりましたとさ。めでたしめでたし。
「なにそれ?」
「じいちゃんの昔話だよ」
『ジジイの師匠がな、「こんな大きな蜥蜴がいるんだね」「火を吹く生き物と会ったのも戦ったのも初めてだ」って言ってたそうなんだよ。……どーもうちの同郷がスンマセンでした!』
この地には、ヤマトとキリマという二人の剣士が村を救って平和になった、という言い伝えがある。多少美化されているそうだが、直接聞いたものとそう大差はないらしい。じいちゃんが言ってた。
「そのレイさんの師匠って?」
『とっくに死んでんじゃねぇ?』
「まあ500年も経てばなぁ……もういないような口振りだったし」
「ごひゃくぅ!?」
『ルーンにはまだ難しいかもしんねえが、言っておかなければならないことがある。……ジジイはもう、人間じゃない』
「人間だバカ」
多少長生きなだけだ。樹なら1000年朽ちないものもあるんだし。
「おい、これ見たかよ!?また帝国の方がきな臭くなって来てるぜ」
「もう昼過ぎてるし、それは昨日の新聞だ。あと酒を飲むのはもうやめろ」
宿のロビーで、男二人の会話が響く。片方は酔っ払いだ。関わり合いたくないな。多分見知らぬ人だろう。
「えぇ?蒼穹を怒らすなんて今度は何やってんだろうなぁ~」
酔っ払いが掲げた新聞を見ると、「――――シュルロード上空に蒼穹が出現。国家間のトラブルか。短時間の小競り合いの後、蒼穹は撤退。――――」とある。
「あれ?おじいちゃんが行ってきたって言ってた所ってたしか……」
『やめろルーン。その先に行ってはもう戻れない』
じいちゃんは古い友達に会って来ると言っただけだ。この事件に関与しているはずがない。うん、そうに違いない。はい!この話は終わり!
それはそうと、さっきからソフィアはずっと目を逸らしたままだ。目に入れたくないものが目の前にあるからだろう。
『どうした?知り合いでもいたか?』
「ま、まさかぁ」
ニヤケながらのリュウゴの言葉に、ソフィアがぎこちない返事をする。
「あぁもうコラ!ここで寝るな!全くハメ外しすぎなんだよお前……は……」
「あっこっち見た」
『うわすげぇ、固まってるぅ~。二度見もしてんじゃん』
「……あぁもう!恥ずかしい」
「ねぇ?みんなあの人たち知ってるの?」
「さぁ……?俺は知らない」
おかしいな?会ったことある気がするのに一切の記憶がない。何故だろう。
「フゥー……いいか、ニュー。そのまま、振り返らずに部屋まで戻れ。出来るな?」
「あぁ?なんだって~?」
『ブフォッ……くっくっく、こんくらいにしておいてやろうぜ。慰安旅行の邪魔しちゃ悪いだろうしなぁ』
「あの~お客様?そろそろお部屋はお決まりでしょうか……?」
いつまでも長話している俺たちに、スタッフさんがおずおずと声をかけて来る。行列こそ出来ていないが、受付の一角をいつまでも占領するのも気分が悪い。
『あーごめんごめん。一番良いのを二つお願~い。食事は後でまた頼むよ』
「お金は……これくらいで足りますか?」
俺はペンダントから硬貨を三枚ほど取り出す。三人分でゴールド金貨三枚。だいたい30万ゴールド。多分幾らかお釣りはあるだろう。
余談だが、誰かさんのせいでこの国には通貨が二つある。発足から早数年。着々と侵食しているが、まだ混乱を招く現場もある。面倒臭いから俺は片方しか覚えていない。
「はい、ではこちらお部屋の鍵です。何かありましたらお気軽にスタッフにお申し付けください」
「ありがとう」
『さすがは高級ホテル。ちゃんと対応してんだな』
俺が手に持ったゴールド硬貨を見下ろしながら、リュウゴがしみじみと語る。そしてその視線はおもむろに、俺の頭の上で丸くなったグレンに向けられた。
『つーかおいコラてめえ焼き鳥!森抜けてからここまでキャリーしてもらって恥ずかしくねぇのかよ。ルーンも自分で歩いてんだぞ?』
「あんたも一緒なんじゃ……」
くだらない物言いなど、所詮は惰弱な者の戯れ言だ。つまり何が言いたいかというと、「なに自分のことは棚に上げてんだよ、お前も一切歩いてないだろうが」といった所だろうか。
『バカかお前ら、俺はいいんだよ』
「その根拠と自信はどこで貰えるんだ?」
『二次元』
「?」
『オタクの嗜みを全部履修すりゃいいんだよ。三次元はクソだね!断言するぜ!』
駄目だ、会話が通じない。俺はもう諦めた。ソフィアには鍵の片方を渡す。
「今日はもうゆっくり休むもうか。適当にぶらぶらして時間でも潰しててよ。明日の朝出よう」
正直今から歩けば、日が暮れるのと同じくらいにはハムスに着く。でもしんどいのは嫌だよね。急ぐ理由も無いしゆっくり行こう。
「分かったわ。じゃあ早速温泉に行って来ようかなぁ~。汗も流したいし」
「気を付けてね」
名目上俺は護衛ということになっているが、まあそこまで心配しなくてもいいだろう。認識外から即死でもされない限りは乗り越えられるだろうと踏んでいる。ローゼンのように感覚をずらされたり、ロイデバンのような純粋な力に遭遇したりさえしなければ。
「……本当に一応言っておくけど、覗きなんてしないでよ」
『言われてんぞーツナギ』
「バッカお前だよ」
「あんたに言ってんのよ、リュウゴ」
『見くびるなよ。俺がてめえみてぇなガキに発情するとでも思ってんのか?身の程を弁えたまえよ』
いつもと同じ、心が込もっていない薄っぺらな言葉だ。軽薄は寡黙よりも迂闊なのではなかろうか。言葉に責任が感じられない。ソフィアもなんとなく感じ取っている。
「うーんウソは言ってない……」
ルーンは眉を寄せながらそう呟いた。でも本当の嘘つきは、嘘と真実をはぐらかしながら使い分けるものだ。頭の中はしっかりイカれてるってことだよ。
「っ……とにかくッ!変なことしたら殺すからっ!行くよルーンちゃん」
「はーい」
最後にそれだけ言い残して、ソフィアとルーンは部屋へと向かった。……俺たちのと隣なんだけどなぁ……
『あいつレスバ弱ーな。殺すは敗北宣言だぜぇ?』
「お前と似たようなもんだろ」
『重みと覚悟が違ぇよ』
なるほど、ついさっき軽薄で薄っぺらい言葉を吐いた男は言うことが違うな。
ともあれ、リュウゴの相手をしていれば時間などいくらあっても足らない。適当な所で切り上げるのがベストだ。
幸いにも、俺たちはかさばる荷物を持っていない。このまま温泉にでも向かおうか。
宿の出入り口をくぐると、海風が吹く。このミロラムドは湾を囲むように街が広がっている。すれ違う人々はゆったりとした着物を身に付け、リュウゴ曰く浴衣と呼ぶらしい。
大陸側には巨大な火山が聳え立ち、その麓にはこの街の象徴、温泉がある。その温泉もまた、この街で一二を争うほどの巨大なものだ。
ちなみに対抗馬はこの街の外壁である。この街でどこを向いていても、これら二つのどちらかは目に入るだろう。
『相変わらずクソでけえことで』
温泉は、火山の斜面に沿って点々と沸き上がり、大きなものから小さなものまで幅広く備えられている。
火山と外壁と、見方と考え方によれば、ミロラムドという街はすり鉢状であるとも言えるかもしれない。
「やっぱ一番上に行くのか?」
料金を払い、俺たちは中へと入る。
ここの温泉は火山の斜面に沿って点在している。つまり、湯の標高には高い低いがあるのだ。どうせなら一番高い所がいい。
『クソ遠いだけでご利益ないけどな』
脱いだ服はペンダントの中に入れておく。一応の盗難防止措置は取られているが、中には鍵なんてお構い無しにぶち破る人もいるだろう。いや、取られて困るような服ではないのだが。
暖簾をくぐると、そのすぐ目の前には広大な湯船が広がっている。もちろんグレンも一緒だ。頭の上のタオル代わりにでもなるだろう。
不意に、リュウゴが呟く。
『よし!覗くゾ!』
「良かねーよクズ野郎!」
『ちぇっ』
全く、油断も隙もありゃしない。
◇ リュウゴ
せっかくの温泉なのだ。楽しまずして他にいったい何をするのだろうか。
休息?いやそれはつまらない。やはり覗きこそが至高のロマンだ。
それを邪魔するのならばツナギ、お前には死んでもらう。
『ちぇっ』
形だけの舌打ちで意識を逸らしつつ、俺は手早く右手で銃の形をつくる。そして即、それでいて悟られないようにツナギのこめかみに狙いを定め――――
『はいドパン』
要するに、【残滓】の応用である。大切なのはイメージだ。ツナギの意識を刈り取るイメージ。安心しろ、峰打ちだ。このために裏側でずっと練習してた。
よろけて倒れゆく体の主導権を握り、俺は口元は歪ませる。
「おい兄ちゃん、大丈夫かい?」
「おー、ちょっとのぼせただけー」
まだ湯に浸かってもいないのにのぼせるはずもない。心配して声をかけてくれた人に対して、風呂場で使えそうな適当な返事を返す。
「そうか、気を付けるんだよ」
「うぃーす」
さぁて……楽しくなってきた。
ミロラムドの街並みは、ヨーロッパ辺りの石造りの家の上に瓦屋根が乗ってるようなものだとでも思っておいてください。
素の人間のスペックで火竜をぶち殺す純粋蛮族のヤ○トさんとキ○マさん。新天地での生活二日目の凶行。




