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アーク・ロスト・ワールド  作者: 江本平
第二章 誓った言葉を胸に抱いて
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『誓い』以前のマストピース


◇ ツナギ


 さて、俺たちの家たる「ツリーハウス」。

 ……ツリーハウスの定義やログハウスとの違いとは何かなど詳しくは知らないが、とにかく木製の家――――大樹をくり貫いた住居から、外へ出る。

 扉を開けた先には小さく慎ましい庭が広がっており、綺麗に切り揃えられた庭木と僅かな家庭菜園の様子が目に入る。


「あっちじゃアウトだかんな、ハーブ」


「調味料、な」


 家庭菜園と言っても、野菜を育てているわけではない。そういったものは、この『魔の森』を探せば大抵どこかに群生している。狩猟・採取というひどく原始的な生活をしているものだが、それで不自由さを感じたことはほとんどない。

 それでもここで調味料を育てているのはひとえにリュウゴの趣味と、ある特定人物への交渉の切り札となり得るからだ。決して犯罪の匂いなどしない。毒々しい鮮やかな色だとしても危険はない……多分。


「ねえねえ、これからどうするの?」


 申し訳程度に打ち付けた柵にもたれかかりながら、ルーンが俺たちを促す。


「まずは2号基地に行くよ。軽い食後の運動だ」


 2号基地――――それは俺とリュウゴの秘密基地だ。存在はじいちゃん達に露呈しているが、こういうのは気分の問題だ。そう呼んだ方が心踊る。


 仮にここにあるツリーハウスを「本家」と呼ぶとする。その本家からそう遠くない場所に、2号基地はある。


「2号?じゃあ1号は?」


『1号……ウッ、悲しい事件だったよ』


 1号基地は、すでにもうない。リュウゴとエルムのケンカの末――――ということはなく、単に樹自体が倒れた。

 素人であるリュウゴが何も考えずに中をくり貫いて行き……当然の如く、中腐れのように倒木した。部屋一つ分しかくり貫かなかったが、それでも上の重みには耐えきれなかったようだ。

 もちろんじいちゃんからはお叱りを受け、倒れた大樹は全て薪にしましたとさ。……2週間位かかったっけ……。齢9歳のことである。


「ほら、もう見えてきた」


 本家から徒歩5分ほど。薪の保管場所兼俺たちの修行場所である2号基地が見える。

 ちなみに薪はまだまだ全然ちっとも無くなりそうにない。高く高く積み上げられ、2号基地(薪保管所)のほとんどを埋め尽くしている。3号以降は存在しない。


「おお~」


 ルーンが感嘆の息を漏らす。

 遠目からでも分かる、稚拙な修行の跡が懐かしい。


「……そういや何も考えずに連れて来たけど……ルーンはどうする?見てる?」


 俺たちはこれから、食後の運動もとい日課もとい修行をする。ペンダントから木剣を取り出しながら、俺はルーンに質問をした。


「フッフッフッ……ボクもやるよ!」


 そう言ってルーンは腰に手を回し、2本の短い木剣を握る。


『ふーん……ま、お前がいいなら何も言わねぇけど』


 リュウゴが小さく呟く。やる気に満ち溢れたルーンはこちらを輝くような瞳で見詰めるが、俺はあまり乗り気じゃない。


「別にいいけど……つまんないよ?」


「それでもやる!」


「そこまで言うなら……」


 俺は2号基地の根元近くへ行き、そこの木陰の中で木剣を構える。


「フゥー……」


 大きく深呼吸をしながら体から力を抜く。余計なことは考えずに、握った木剣の鋒に集中する。そして目を瞑り……


 心地よい冷たさを感じる風の音。

 それに揺らされる木々の摩擦音。

 未だ朝露を感じさせるしっとりとした木陰。

 青々しい草の生える柔らかさのある大地。

 頭上でさえずる小鳥たち。

 ………………………

 ………………

 ………


 それらを確かな情報として捉えながらも、その全てが頭を素通りしていく。

 そして俺は、幻覚を、頭の中で敵を創り上げる。


 思い浮かべるのは、ロイデバン。つい先日味わったばかりの脅威を振り返る。

 感情はこのまま発露させない。薄く開いた瞳は虚ろを見詰める。


 そう、これはイメージトレーニングだ。


 正眼に構えた剣を僅かにずらし、間合いのバランスを取る。即座に踏み込んで来た虚像(ロイデバン)に対して俺は一歩引き、剣を使って拳を受け流す。

 眼前に広がる空白は、隙であって隙ではない。これは虚像(ロイデバン)にとって意図的なものであるし、何より誘っている。俺が追撃するよりも早く切り返されるだろう。故に、様子を伺う(先手を譲る)

 拳を受け流してから数瞬、今度は回し蹴りが迫る。俺のこめかみを正確に狙った蹴りを上体を反らして躱し、その勢いのまま剣を突き出す。

 しかしそれは透明な壁(【結界】)に阻まれ、俺は距離を取る。虚像(ロイデバン)は息つく暇もなくすぐに距離を詰めてきた。それに対し、俺も前へと足を動かす。

 何も、正面からぶつかる必要はない。激突の瞬間、俺はそれまでよりも一拍早く踏み込み、虚像(ロイデバン)の首元まで剣を運ぶ。不意を突いた。その確信はある。だが、これではまだ届かない。

 硬質な感触を受け取り、これが肉を断った手応えではないことを、手に伝わる感覚で判断する。追撃の構えを見せる虚像(ロイデバン)に対し、俺は剣と【結界】との接触部を起点として距離を取ろうとした。全体重を乗せて、壁を蹴るのだ。

 が、手応えがない。剣は空を斬り、俺の体は不恰好に宙に留まる。その隙を虚像(ロイデバン)が見逃すはずもない。真っ黒な斧が虚像(ロイデバン)の手に握られ、大振りに振るわれる。正確に、命を刈り取るように。

 俺は、瞬時に剣を捨てる判断を下した。斧の一撃に、ピッタリと針の穴を通すようなタイミングで剣を振る。一瞬の引っ掛かりにすがり、俺の体はその影響を受けて宙を舞い、地面へと落ちる。何の抵抗もないかのように斬られた剣は半ばから折れ、現実(・・)を彷彿とさせる。

 地面に手を着いた俺は即座に虚像(ロイデバン)へと向き直り、戦闘を継続する。下から見上げた姿は、ロイデバンが大きく、強大で、遥かな高みに存在するということを疑わせない。だがそれでも……

 背後に黒武器は従えた虚像(ロイデバン)は、その表情を笑いに変えながら迫って来る。俺は立ち上がる。俺は、これを越えなければならない。でも……

 緩慢となった世界を認識する今の俺の耳は、音を拾ったとしても脳へと届けない。ふと、俺の目の前に入る影があった。小さな影だ。剣を二降り持ち、虚像(ロイデバン)の背後から奇襲を試みる。だが、それに気付かないロイデバンであるはずがない。背後の黒武器が小さな影へと殺到する。一つ、二つは防ぐも、三つ目を乗り切る手段はない。

 そしてルーンは……


 ――――それは駄目だ。





「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、……」


 額を大粒の汗が流れる。極度の集中状態から現実に引き戻された俺は、目を見開き爛々と輝かせる。その瞳に入り込んだ光は紅く(・・)燃え、俺が手に持つ木剣は燃え尽きている。


「フゥー……スゥ、ハァー……」


 息を整えながら見た眼前は、炎上していた。炎を挟んだ向こう側には、尻餅をつくルーンがいる。炎――――『紅炎』は、ルーンのすぐ近くで延焼を止めていた。


 この極度の疲労には、『紅炎』は関係しない。微々たる影響はあるかもしれないが、いつもこう(・・)なる。


『ハー……見えたの?』


「うん」


『すげーな。さすがはジジイの英才教育』


「でも目の前で消えちゃったんだもん」


 不満げに口を尖らせるルーンは、「まだやれたのに」とでも言いたげだ。だが、命を危険にさらすような戦い方はして欲しくない。肉を切らせて骨を断つなんてものは、子供の内から知らなくてもいいことだ。


「フゥー」


 俺は汗を拭いながら、目の前で燃える『紅炎』を見る。これはきっと、多分、いや絶対に、俺にとって必要なものだ。これと言った必殺を持たない俺にとっての、マストピース。使うのを躊躇いたい訳ではない。

 ただ、リュウゴを巻き込みたくない。相応のリスクは、俺とリュウゴの二人が受けるものだろう。俺はそれを望まない。

 まるで板挟みだ。『紅炎』を使わない今のままではロイデバンに勝てない。逆に使えば、リュウゴが死ぬ(可能性がある)。


(……いっそリュウゴが居なければ……)


 俺は仮定に思考を割く。もしもリュウゴが俺の中に居なければ、俺の懸念は消え去る。あいつを思いやるなんて平常なら論外であるが、こと死と隣り合わせならそうもいかない。そして俺はリュウゴを傷付けない(・・・・・)ことを誓っている……


「駄目だ。俺今すげえ嫌な奴だ」


『何を今さら』


 俺は黒い考えを巡らせるも、すぐにそれを否定した。そもそもリュウゴ無しというのも考えられない。リュウゴは、『紅炎』よりもよっぽど俺にとって必要だから。


「よし、やめだ」


 俺は多分、その時が来るまで迷う。目的と友の命を天秤にかけ、そしてどちらを選ぶのかは分からない。自分でも酷く中途半端な結論だと思う。何も解決していない上、これではただの問題の先送りだ。そうだと分かっていても、今は決めることが出来ない。


『……おい、取り込み中の所悪いが、コレどうにかしろ』


 リュウゴが指を指すのは、俺たちの近くで小さく燃える『紅炎』だ。イメージトレーニングの最後に虚像へ向けて放ったもの。使うかどうかはその時になってみなければ分からないと言ったが、これは咄嗟に出たものだ。


「……どうしようか」


 よく考えてみれば、俺は『紅炎』についてよく知らない。最初に『炎』によって脳に焼き付けられた、怒りに比例して火力が上がるという概要と、ロイデバン戦で実際に使ってみた感想しか持ち合わせていないのだ。自然に消えるものではないのだろうか。


「あっ、グレンくん」


 ルーンの声に俺は振り向く。木々の緑を背景にして、グレンがこちらへと飛んで来る。その橙色の羽がよく映える。

 丁度いい。グレンに聞いてみよう。


「……」


『よお焼き鳥ぃ』


「我をそう呼ぶなと何度も言っている」


『うるせぇ。串が俺に逆らうな』


 こいつはやはり平時では役に立たないのかもしれない。場を乱すだけだ。

 グレンはルーンの頭の上へと止まる。


『ヒャッヒャッ』


「……」


 嗤うリュウゴを、グレンが睨み付ける。それと同時に、焦げ臭い匂いが立ち込めた。……あれ?もしかしてリュウゴが見えてる?


『アッツ!』


 ふと大きな声がしてリュウゴを見ると、その背中が紅く燃えていた。精一杯手を伸ばし、その炎を消そうと足掻いている。


『なっ……!てめえ!』


「我とツナギは『紅炎』を介して繋がっている」


 現実で燃える『紅炎』を消しながら、グレンは魂のみのリュウゴを燃やす。


「そのツナギと繋がったお前はどうなるのだろうな」


『ぐっ……オォォ』


「グレンさん!俺にそれを教えてください!」


 俺は迷わなかった。即決即断である。泣き寝入りすることが多いリュウゴからの被害に対して、明確なカウンターが目の前にあるのだ。それを使わずして何のための『紅炎』か。


「そう難しいことではない。ただ、そう念じろ」


「分かりましたぁ!」


『おい待て!』


 リュウゴが何か言葉を発する。生憎だが、今の俺はそれを聞き届けてやるつもりなど毛頭無い。


『お前確か言ってたよなぁ。俺に迷惑かけないだのどうのこうの……』


 ああ、もちろん覚えているとも。先日の、いや、それ以前のロイデバンとの邂逅を経て誓った事だ。あの時の()はまだまだ子供だった。片時も忘れたことはない。


『形骸化した目標(ゆめ)に、そりゃ意味はあるのかい?』


「……」


『なっ、ねぇだろ?』


「大義はある」


『ギャアァァァーーー!!』


 リュウゴの粛清という立派な大義のためなら、俺は迷わない。導火線に火を付けるイメージで、俺はリュウゴに攻撃した。


「普段のリューゴ兄ちゃんが悪いと思う」


 断末魔を聞いたルーンも、俺の行いを諌めない。納得出来る部分もあるからだ。


『テッメェ……ラァァ!』


 火だるまとなったリュウゴが俺とグレンを睨む。その目には怨念が込もっている。


『繋がってるならよぉ……!当然!覚悟はしてんだろうなぁ!!』


「なっ」


『爆発しろ【残滓(レミナント)】ォ!!』


「ぬっ!」


 くそ、不味い。今一瞬だけ意識が飛びかけた。力任せに力を解放したリュウゴによって、俺とグレンが窮地に立たされる。精神攻撃と呼ぶにはあまりにも稚拙だが、確実に効果はある。


『もう一発ぅーーー!!』


「クッ……道連れだ!」


 『紅炎』と【残滓(レミナント)】を用いたバカみたいな攻防の結末は、三者気絶で終わった。


「みんな自業自得……」


 一人残されたルーンが実に的確な呟きをする。完全にバカを見る目だ。


 本日、新しい喧嘩のレパートリーが増えた。

 傷付けたくない、迷惑をかけない、などを前提とした上で『紅炎』とどう向き合っていくかがツナギの課題です。

 でもそれはそれとしててめえ(リュウゴ)は許さねえ。そのためには不謹慎だろうが手段は選ばない。ガンガン使っていくぜ!

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