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アーク・ロスト・ワールド  作者: 江本平
第一章 繋ぎ紡ぐは継承の証
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クソッタレなる我が半身様へ

 サブタイトルに「エピローグ」と付いている前3つとは一線を画すほどの、これが「真・エピローグ」です。



 どこまでも広がった平原を歩く影が三つ。


「ぬぅぅ」


「だいじょーぶ?バン」


 逞しい上半身に横一文字に刻まれた致命傷。斬撃は骨まで断つほどであった。血はこの傷口と共に焼かれたのでさほど流れてはいないが、痛みは別だ。もっとも、ロイデバンにとって痛みなどあっても無くても関係ない。


「さて……どうしようか」


 故に、先程のうめき声は痛みからのものではない。恥や外聞を捨てて敢えて言うのであれば、それは自滅を嘆く声だ。


「はぁー……今度はどこを襲うんで?」


 考え事をしている風なロイデバンにジーンがため息混じりの声をかける。大したことを考えていないロイデバンの耳は、その言葉を聞き逃さない。


「燻ってはいるが、まだ余裕がある。適当に回って強者を探す」


 ロイデバンにとっての強者とは。

 それは、純粋に力が強い者を指す。その中でも、色褪せたこの世界でなおも彩られた者は格別だ。


(色が消えたのはいつからか……)


 それは覚えていない。気が付けば、としか言い様がない。空も、大地も、何もかも。モノクロとなったその主観は、【補完世界】が顕著に表している。


「だから、お前たちも強くなれ。俺が本気でやってもいいように」


「うん!私ももっともっと速くなる。頭も使わなくっちゃ」


 ロイデバンの目に写るリノは、その金髪を揺らす。何故リノに色がついているのか理由は定かではないが、それはきっと親友の――――いや、やめておこう。


 懐かしさを感じる余韻もなく、体に刻まれた痣――――そして心の中で何かが蠢く感覚をロイデバンは味わう。


「そう急くな、『黒炎(クロ)』。すぐに暴れさせてやる」


 今思えば、一年はあまりにも長かったかもしれない。何故なら、もう我慢出来ない。

 アーサー、エルム、ツナギ、リュウゴ。そして思わぬ収穫だったグレン、ソフィア、ルーン。ついでにモフ。いずれも彩られていた。あそこまで楽しめそうな戦場は何百年ぶりだった。


 しかし、ロイデバンは待つことを選んだ。本能のみしか持ち合わせなかった怪物は、知恵を手に入れているのだ。


「クククッ」


 そして、脳裏に写るのはツナギの姿。まだ小さかった子供の頃からは一線を画すほど強くなった。もっと命を削り、怒りに全てを任せればさらに強くなる。――――あの時のように。(ロイデバン)のように。


(あぁ……楽しみだなぁ……)





◇ツナギ


 どこまでも先の見えない空間に、影が一つ。俺の体はそこにポツリと浮いている。


『――――我が子よ』


 声が頭の中に響く。それと同時に、この不思議な空間の下と認識出来る場所で『紅炎』が燃える。


『今の気分はどうだ?灼かれ、呑まれ、友を犠牲にした気分は』


 意地の悪い質問だ。俺の行動全てを見世物だとでも勘違いしているのだろうか。相変わらずだな、この『炎』は。


 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。俺の意識は、何故ここにあるのだろう。疑問はいくつでも湧いてくる。


『聞こえているのだろう?無視はしてくれるな』


 グレンはいない。そして、リュウゴの気配もない。となれば、俺は今一人で『炎』に向かっていることになる。


 ロイデバンとの戦いはもうすでに終わっている。それはすんなりと受け入れることが出来た。記憶にある限りの俺の感情では、取り乱すか(わめ)くかすると思っていたのだが。


『聞こえているか?我が半身よ』


「俺の半身(相棒)はお前じゃない」


 よかった。ひどく落ち着いている。


「ここはいったい何なんだ?」


『さてな、ついさっき適当に設けた場だ。あそこと同じはずだぞ』


 言われれば確かに試練の間と同じように感じる。ご丁寧に『紅炎』まで再現されているらしい。


「そうか。ここから出る方法は?」


『待て――――ククク待て』


 笑いを含んだ声が俺を引き留める。『炎』の声はさっきからずっとこんな具合だ。あまり長い時間話したくない。


『一つ、一つでいい。聞かせろ』


 目の前の『炎』が心底楽しそうに身を(よじ)らせる様に見えた。


『貴様は今後も、その身を焦がすか?』


 これは、『紅炎』を今後も使うか否か、という質問だ。俺の答えは是だろう。何故なら、ロイデバンはまだ死んでいない。戦いの機会は、必ずまた来る。それまでに強くならなければいけない。


 今回、俺は途中で意識を失い、今はここにいる。そういえば、あの時体に(こも)った熱はどうなったのだろうか。たしかリュウゴが呻き声を上げ――――、て――――


 ………………………。


「ッ!!!」


 俺は後ろを振り返る。しかしその先には、何もない。どこまでも広がりを感じさせる暗闇があるだけだ。


「何かっ……俺に……したか……っ!」


『知らんよ。貴様が勝手に変えたのだろう?』


 『炎』(こいつ)の言葉は相変わらず宛てに出来ない。

 俺が忘れるはずがない。あの熱さを、罪悪感を。命を削ることを強要したあの戦いを。そうだ、そのはずだ!


 大きく見開かれた目は錯乱し、脳は記憶を辿る。最後に見たのはロイデバンの姿。そして聞こえたのは、リュウゴの嗤い声。


「くっそ……」


 俺が生きているのならばリュウゴも生きているだろう。だが、万が一を切り捨てられない。


『そろそろ答えてはくれんかぁ?『紅炎()』を……どうする?』


「ッ……あぁッ!」


 否定しきれない自分に心底嫌気が差す。頭を掻き毟るも、それで答えが出るはずもない。


「……後のことは後で考える!今はここから出せ!」


 外に出たところで何が出来るわけでもない。出来ることがあるとするならば、せいぜい苦しむリュウゴと代わることくらいだろう。だが、何の解決にもならない、無意味だと分かっても、何もせずにはいられなかった。


『ククク、よいよい。憐れな弱き子供よ。何を為すかは、いずれ決めるといい』


 『炎』はとことん『俺』を楽しむつもりらしい。そこに一切の悪意はないと感じる。どこまで行っても、純粋なのだ。


 今回は痛み(熱さ)はなく、ぼんやりと意識を手放す感覚がした。


 再び一人残されて佇む『炎』は――――


『ここからが、また、新たな始まりだ』






「―――」


 現実が、近付いて来る。


「―――――」


 何か叫び声のようなものが聞こえる。


「―――――ァ――」


 リュウゴが呻いているのだろうか。俺は気が気ではない。


 そして――――


「くたばれェェェーーー!!!」


「そりゃてめえだァァ!!!」


 いきなり開けた視界は、辺り一面の包囲網を見た。いくつもの魔術が際限無くリュウゴに降りかかる。


「あんた達もうやめろっつってんでしょーー!!」


「しゃらくせえッ!」


 リュウゴは一振りの剣で包囲網を押し広げる。炎を、風を、岩を、氷を、白い奔流が斬り伏せる。

 ソフィアは流れ弾が周囲に影響を及ぼさないように【聖域】で防ぐが、全てを受け止めることはできない。轟音が鼓膜を叩く。


『な……、』


「あぁ!?起きたかぁっ?」


 リュウゴが僅かに漏れ出た俺の声に気付く。(せわ)しなく地面を駆け、エルムとの距離を徐々に詰めていく。声には余裕がない。


「丁度いい、代われ!」


『ちょっ……』


 俺たちの体の主導権の交換は、基本的に合意制だ。だからどちらか一方が明け渡さなければずっとそのまま。まあ、寝ている間にでも代わればいいのだが。

 では、明確に裏側に行こうとしているリュウゴと、それに関して意識の外の俺では、どちらかが体の主導権を握るのだろうか。


「待っ……」


 答えは、俺が表側に弾き出される。

 嵌めやがったなあの野郎!


「クッ」


 恨み言は後でいい。俺は今、身を裂くほどの大風を前にしている。


「【エンチャント】ォ!」


 少しのダメージは仕方がない。俺は手袋を嵌めた左手を前に突き出し風を掴む。手袋が裂け血が滲むも、それは一瞬のことだ。これは俺のものではなく、エルムのもの。だから、もう一度―――――(■■■■■)


 風の吹く場所を目の前から右手に持つ剣へと【エンチャント】した俺は、エルムとの距離を詰めることにする。ぽっかりと空いた、風のあったスペースに踏み込むも、今度は左右から炎が挟み撃ちにしてくる。


(火っ……!)


 一瞬だけ躊躇った。つい先日身を灼いた者としては恐怖して(しか)るべきだ。怖い。


 だがよく考えてみて欲しい。このまま何もしなければ結局丸焦げなのだ。このままではいずれぶち当たる大きなトラウマを避けるために、相対的に小さなトラウマを踏み抜くことは考慮の余地が無いほどに自然なことだ。


「ッゥ――――」


「チィッ!てめえツナギかクソッタレェ!」


 額を流れるこの液体は、きっと熱さ故の汗ではなく冷や汗だろう。

 リュウゴとエルムの喧嘩など日常茶飯事だ。理由など知らないが、どうせまたくだらない事だろう。俺はそれに強制的に巻き込まれたのだ。


 ならば、さっさと終わらせる!こんなことに付き合ってられるか!


 俺は体をリュウゴに明け渡す。空白の間合いを埋めるのならば、あいつの方が適任だ。


「シャアッ!ぶッ!コロ――――」






「ばぁか」


『あほぅ』


 俺は背中を地面に着けて仰向けに倒れている。そして、それはリュウゴも同様だ。


『おかえり』


「ただいま」


 エルムとの喧嘩は引き分けだろう。等しくぶん殴ってぶん殴られた。どちらも満身創痍だ。

 日も傾きかけ、遠くの空が夕焼けに染まっている。


「その……悪いな」


『たりめーだザコ。対面ミスりやがって』


「いや、そっちじゃない」


 エルムとの喧嘩に対しての謝罪ではない。俺が言いたいのは、それ以前の戦いについてだ。


 俺は手袋が外れた左手を顔の上に掲げる。薄い切り傷はあるものの、それよりも目を引くのは火傷だ。手のひらが焼け爛れているのだ。


「痛かったろ、これ」


 火傷はそこだけではない。顔にも所々その痕跡が見られるし、右腕に関してはほぼ全体が犠牲になっている。ここ数日は痛みで眠れなかったのかもしれない。

 俺の体が夕焼けに照らされ紅くなる。


「あーっと……俺は――――」


『お前が罪悪感だと……っ!じゃあ今すぐ返してくれ!とりま5個くらいジジイんとこにスケープゴートに行け!それでチャラでいいぞ』


(なんだこいつ?)


 俺は、最初リュウゴが何を言っているのか理解できなかった。その言葉通りの意味と、奥に伏せられた想いを読み解いた時、俺は――――



 少し離れた木の枝の上で、グレンが二人を見守っている。微かに葉が揺れた。


『グッヘヘェ』


「なあ、お前、俺と一緒に死んでくれるか?」


『あ?何言ってんだお前。()に決まってんだろバカか?脳ミソ消し炭になったか?』


 親愛(クソッタレ)なる我が半身様へ――――


「最高だよ、お前」




 第一章 繋ぎ紡ぐは継承の証   -完-

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