エピローグ:守るために
◇ エルム
目が覚めると、世界が傾いていた。窓から差し込む光から推測するに、現在は朝。あれから何日経ったのかは分からないが、ひとまず「おはよう」と言う時間帯らしい。
寝ぼけた頭で考えられることは実に少ない。ともあれ、もはやこれは癖であるのか、俺の感覚が部屋の中にいるもう一人の人物を捉えた。先に感覚の方で視てしまったが、どうやらその人物は俺の正面にいるので、目で見ることも出来る。ただし――――
「てめえ何で逆向きに座ってんだ?」
「あなたがベッドからずり落ちてるのよ」
この部屋にいるのは俺と、椅子に座ったソフィアルーク・クランドだ。そのソフィアに言われて気付く。
「いや、直そうとは思ったのよ。でもやっぱりなんだかなぁ~って……」
(首が痛ぇ)
この天地逆転した視界は、俺が寝違えた結果。ベッドからずり落ちた上半身の体重が首に集中したのだ。
「くっ……あぁぁあぁぁ~……」
大きくあくびをしながら大きな伸びをし、俺は全身に血が巡っていくのを感じる。格好はボロボロのローブ姿のままだ。
(あんにゃろう雑に放り込みやがって……)
よく見れば所々に血がついたままだ。せめてローブくらいは脱がしてくれてもよかったのではないか。俺は、恐らく俺をここに運んできたであろうモフに心の中で愚痴る。
痛めた首を治癒魔術で癒しながら、さほど効かないそれに歯噛みする。そもそも俺は痛みは二の次で、第一に傷を塞ぐことを重視している。精神力さえあれば痛みはどうとでもなるので、肉体的な経戦能力をこそ求めるのだ。
そんな俺の様子を、ソフィアが真剣な眼差しで見つめてくる。
「……お前何で居んの?」
「……マイペースね……」
ソフィアとは、腹黒を介した程度の顔見知りと言ったところだ。それなりに話したこともあるが、特別親しいというわけではない。
もっとも、要件の見当はついているのだが。
「ンッンン……それじゃあ改めて……」
ソフィアが咳払いをし、俺を見据えて立ち上がる。そして――――
「私に、魔術を教えてください!」
「部分的に断る」
深く頭を下げたソフィアに対しての俺の回答は、大まかに言えば否定だ。俺は首に手を当てて傾けながらそう答えた。
「ッ……!」
「まぁ落ち着けよ。聞いておきたいことがある」
俺はベッドに腰掛け、目の前のソフィアの目を見る。両者の視線が交錯し、ソフィアの心情がどう揺れ動いているのかがよく分かる。
これは、自身の無力を嘆く目だ。強くなりたい、だがどうしたらいいか分からない、そんな目だ。
「なぜ魔術を学びたい」
「っそれは……私も強くなって……それで……」
「ロイデバンとやり合う、か?」
「ええ……」
予想通りの回答が返ってきた。だからこそ、俺としても吟味の時間は必要なく、すぐに言葉を返した。
「無理だろ」
「ッ……」
「ジジイでトントン、下手すりゃ分が悪い。俺と……あいつらとで束になってもまだ全然余裕のあるような奴だ。まともに攻撃を当てても削り切れん」
話して、化け物じみたロイデバンの強さを再確認する。そんな相手と戦ってよく生きていたと思う反面、あからさまに手を抜いていた相手に、もっと上手く立ち回れたはずだという反省もある。
やはり感覚が多少鈍っているようだ。平和ボケしすぎだ。まともな戦闘はもう三年はしていなかった。……こんな言い訳は通用しない。
(一年か……勘を取り戻しておかねぇとな。……いや、戻すじゃダメだ。研ぎ澄ます)
自身のたるんだ現状を振り返り、これからいくつの死線を越えられるか思案する。
さて、俺のことはこれくらいでいい。森の中で気絶する前に考えをまとめる暇がなかったから今まとめた。
だが、今は一人の少女の岐路だ。これからの運命を左右するような決断を今、迫られている。
出来る限り向き合ってやりたい。腹黒な友人に後で何されるか分かったもんじゃないし、個人的にも見届けてみたい。
「質問を少し変えよう。お前は何がしたい?」
◇ ソフィア
私は、何もできなかった。
自分には、誰かを守れる力があると思っていた。でも、それは間違いだった。
小さなことなら問題はない。私の【聖域】があるから。
例えば、上から降ってきた植木鉢を防ぐとか、割れた水瓶を補強して一時的に使えるようにするとか。聖都に現れた犯罪者を【聖域】の中に閉じ込めたことだってある。
その人はナイフを持っていたけど、どんなに切りつけられても【聖域】に傷はつかなかった。
私は、自分が強いと思った。
◇
ついこの間、聖都で命を狙われた。賭けで負けたから、言われたから、別にどっちでもいいけど取り敢えず殺しに来たと言われた。意味が分からなかった。相容れない人間というものは少なからず居て、ローゼンという男はその類いだと感じた。この時、初めて【聖域】を破られた。
ツナギとリュウゴが居なければ、ツナギが私を追いかけてくれなければ、私はそこで死んでいたかもしれない。
それから、その二人としばらく旅をする事になった。一度報告のために魔の森に入ると聞いた時は少し怖かったけど、守ってくれるのなら大丈夫。実際は歩く方がよっぽど疲れた。
◇
魔の森で、ルーンちゃんと出会った。湖で溺れかかっているのを見かけた時は驚いたけど、リュウゴが拾い上げてくれた。リュウゴはなんだかんだと文句と余計なことを言うけど優しい。
ルーンちゃんが「記憶がない」と言った時は心を痛めたけど、本人に気にした様子はなかったので少し気が楽になった。
グレンを頭の上に乗せた姿を見ると微笑ましく、とても眩しかった。
◇
リノが、唐突にツナギに襲いかかった。あまりに急な展開で、理解も予測もできなかった。隣ではルーンちゃんが震えている。これは恐怖からだとすぐに分かった。ローゼンに【聖域】を破られた時の私にそっくりだったから。
私が、守らなければいけないと思った。
◇
リュウゴは、強かった。弱い私とは比べ物にならないくらいに。目にも止まらない速さで動き、リノとジーン、二人を同時に相手取っていた。あの安心感は、私ではルーンちゃんに与えられない。
それでも、私は【聖域】を展開し続けていた。
……それだけを。
◇
……私は、弱い。結局何もできなかった。
ロイデバンの拳は【聖域】を素通りし、何の意味も成さなかった。
死にはしていなくとも、全身に傷と火傷を負ったツナギとリュウゴは、二日経った今も眠っている。
急に苦しみだして倒れ込んだルーンちゃんは目を覚まして元気になったけど、やっぱり心配になる。
◇
『お前は何がしたい?』
「わ……私は……一番後ろで閉じ籠ってるだけの臆病者で……傷付くことも怖い」
エルムさんの質問に、絞り出すように声を出す。今の私の心の中を、思ったことをそのまま言葉にする。
「パパもママもお兄ちゃんも居なくなって……そして環境に甘えて……能力に甘えて……何もしなかった私だから、今何もできなくて苦しんでいる!」
泣くな。今は涙を流す時じゃない。
「嫌なことは嫌だって逃げてばかりで……何もしなかったから……!」
目に涙が浮かび、視界がぼやける。
「私は……っ!強くなりたいです!!」
震えた声で、それでも紡ぐ言葉は自然と大きくなる。
「皆を、守れるように!!」
大粒の涙が頬を伝って床に落ちる。
「そのために、【聖域】を使う」
それが、私に出来ることだから。
それを、私の生きる意味にしたいから。
「……さっき部分的に断ると言ったな。それは魔術はあまり教えないという意味だ」
私の言葉に、エルムさんがポツリと呟いた。
「なんだ。自分で答えは出てんじゃねえか」
言われて、気付く。私はエルムさんに「魔術を教えてください」と言った。
でも、さっき私が語った心の声とは齟齬がある。私は「守るために【聖域】を使う」と言った。
「フン……【アーク】の使い方を増やせ。ひとまずは実戦だ」
「ぁ……」
「魔術を教えてくださいじゃなくて戦い方を教えてください、だったってわけだ。どうした?やらねぇのか?」
私は、つくづく環境に恵まれている。
聖都に居た頃も、学ぼうと思えば学べた。でも、やらなかった。
そして今、強くなるべき理由も、最高の師もいる。やらない理由はない。
私は、涙を拭った。
「よろしくお願いします!!!」
後は、やるだけだ。どこまででも。
エピローグ一発目、ソフィア(とエルム)の話。
思った倍くらいに膨らんだのでルーンの話と分けます。
………エピローグだけで何個あるかなぁ(遠い目)




