老いた虎とボロボロの龍 ただし――――
一応捕捉
サブタイトルの『ボロボロの龍』はリュウゴ君のことじゃないです。
済(2022.10.27)
◇ リュウゴ
ジジイに向かって、今度は龍が二体襲いかかる。
「『聖剣』――――」
それに対して、ジジイは右足を一歩下げ、半身の体勢で迎え撃つ。右手に握られた『聖剣』が、背後にいる俺たちによく見える。
光の加減で虹色に見える『聖剣』は、先ほどまでの花弁状から形を変えている。刀のような片刃であり、その刀身の中央付近には、刃はない。結果として、鋒が宙に浮いているように見える。
では、消えた刃はどこにあるのかと言うと――――
「――――燕返し」
『聖剣』の断片が、龍の首をはねる。薄く延ばされた断片は龍の死角から迫り、V字を描くように上から斬りつけて一体、下から一体を屠った。
「もう一度言う。退け」
「断る!」
龍と一緒に走り込んで来たロイデバンが即答した。
「【刑黒戦武】」
ロイデバンの周りに、真っ黒な武器が無数に現れる。俺とツナギに向けられたそれよりも、圧倒的に数が多い。
それは俺たちへの余裕の現れだったからか、もしくは相手がアーサー・レイ・マノガストだからなのか。もしくはその両方か。
それほどまでに、密度が濃い。
「舞え、桜吹雪」
『聖剣』が再度花びらへと姿を変える。黒武器の数に対応するように、小指の爪よりもさらに小さな花びらが舞い上がる。
黒武器と花びら――――それらがぶつかり合い、お互いに対消滅する。
「【黒拳】」
そんな暴風域の何倍もの危険域を駆けるロイデバンの手には、黒い炎が燃えている。消えて粒子となった黒武器と花びらが落ちる中、その巨体を素早く動かしてジジイに接近する。
「大熊――――」
対するジジイは、その場に立ったままだ。唯一違うのは――――今は大剣を手に持っているという点だ。
ジジイの身の丈に達するかのごとき大剣と化した『聖剣』を構え、その目は正面からロイデバンを見据える。
今さらだが、質量保存の法則とかは関係ないらしい。そもそも花びらの時点で数えるのが面倒臭くなるくらいはあった。
「アァァーサァァァーーー!!」
「――――断砕」
ロイデバンの拳とジジイの大剣が真正面からぶつかる。両者一歩も譲らず、互角だ。
「曼珠沙華」
ジジイが空かさず追撃を行う。『聖剣』が、大きさはそのままに根元から枝分かれした。その名を冠する曼珠沙華のように、死へ招くように、刃がロイデバンを包み込むように伸びる。
「【結界】ッ!」
ロイデバンの周囲を【結界】が囲み、ジジイの『聖剣』がそれに遮られて止まる。
そしてこのまま膠着状態へと移行――――
「楔……【掌握】」
――――しなかった。
隣のエルムを見ると、不敵に笑っていた。この諸悪の根源が、またしてもロイデバンの【結界】を【掌握】したのだ。
クルクルと回る楔が宙に浮き、尖った部分の先には不自然に破けた【結界】があった。
第三者の介入によって窮地に立たされたロイデバンは――――笑っていた。
「……」
体をさらに貫かれ、今なお自身に迫り来る風の刃を前にしても、だ。
そしてこの隙をジジイが見逃すはずもなく――――
「虎楼」
「屑龍!!」
瞬間、閃光が迸った。
何が起こったのかは見えなかった。唯一分かったのは、ジジイとロイデバンのぶつかり合いによってこの現象が起こったということ。
静かだった。
俺とジーンのぶつかり合いで起こったような大爆発は無く、ただただ鋼と何か硬質なものが奏でた音がかすかに聞こえたのみ。
両者は無事で、今はお互い動かずににらみあっている。
この世界の頂点同士の戦いだ。興味もあるし、普段ならぜひ参加したいところだが、あいにく俺は今使い物にならない。正直さっさとこの場から立ち去るのが最適解なのだろう。
そんな俺の思考を汲み取ったのだろうか――――
「やあやあお待たせ。援軍の到着だぁ~」
「ヤッホー、バーン」
モフが後ろに人を連れて、背後から現れた。
◇
「なんともまあ可愛らしい援軍だことで」
俺は皮肉たっぷりにそう言った。何故なら、モフはルーンとリノを抱えてこちらを見下ろしているからだ。
「チッ」
エルムもつい舌打ちするくらいには緊張感がないと感じたのだろうか。
「いやぁ~大変だったよ。足場はソフィアちゃんが作ってくれて近道できたけど~そもそもが遠かったからねえ~。お兄ちゃん頑張っちゃった」
それは二人を抱えて、ということだろうか。リノはロイデバンの向けて手を振っている。……お前敵なんだよなぁ?
さて、現在の俺の姿は全身ボロボロで、両膝を地面についている。エルムがこう置いたのだから仕方がない。わざわざ直そうとも思わないし、そもそも動けない。
「リューゴ兄ちゃん!」
「ツナ……リュウゴ!あなた無事なの!?」
「おぉー……全身ボロボロ、さらに火傷。体は動かねえし、今絶賛灼熱地獄を味わってるよ。――――まぁ死んではないわな」
モフへの皮肉で、現在体の主導権を握っているのが俺だと分かったのだろう。ソフィアはそうだったが、ルーンはどうやら最初から気付いていたようだ。何か独自の見分け方でもあるのだろうか。
それにしてもどうしよう。軽口を叩くくらいしかすることがない。
「アーサー……」
ロイデバンが口を開く。緩んだ場の空気が再び引き締まり、全員がロイデバンへと視線を向ける。
「ヤマトとキリマの真似事か?」
「……尊敬と言え」
その短い問答に込められた感情は、本人同士でしか共有できない。ジジイがたまに話す昔話で大まかには理解しているが、やはり感情の機微までもは知り得ない。
「相変わらずだねぇ~ロイデバン君」
「誰だお前は」
「え~ひどいなぁ~……ま、無理もないか」
「……」
モフにロイデバンとの面識があったのだろうか。ロイデバン側は覚えていないようだが。俺とツナギの場合は初対面でのインパクトが強烈すぎたので覚えられているのだろう。主にツナギが。
ともかく、ロイデバンは人を覚えるのが苦手なようだ。今日も久しぶりに再会した際、俺をツナギだと勘違いしていた節がある。戦闘中にはしっかり区別されていたが。
「さて……とっとと退かんか」
ジジイの圧が上がり、ロイデバンに警告をする。おそらくこれが最後通告だろう。
「断ると言ったら?」
ロイデバンが聞き返す。先ほどまでとは違い、一応話を聞く気はありそうだ。
「ならばわしも……相応の対処をせねばならん。そうなればもう、お主は楽しめんじゃろうなぁ」
「ゲェ……」
ジジイがおどけた調子でロイデバンに告げた。
もうなんだかんだ長い付き合いだからジジイの考えていることがだいたい分かるようになってきた。要するに、遅延戦術を使うのだろう。
俺たち、ソフィア、ルーン、後はモフが離脱する時間をジジイとエルムで稼ぐ。遠くまで離れたら、この『魔の森』の中で鬼ごっこでもするのだろう。真向勝負が好きそうなロイデバンなら絶対にお断りしたいはずだ。
ジジイも人が悪い。いや、この場合はロイデバンの扱い方を心得ている、と言った方がいいかもしれない。
「ほら大将。今日はもういいんじゃねぇか?元々目的は別だろう?」
ジーンが気になるセリフを吐いた。
「へぇ?そういやお前ら何しに来たんだ?教えてくれよワンコ」
「ワンコってお前……」
ジーンが心外だとでも言いたそうだが、そんなものは知ったことではない。
こんな辺境には、特に用事でもないと立ち入らないだろう。一瞬だけ『紅炎』が目的であるとも考えたが、リノの口振りからそれはおまけ程度であると考えられる。
「そうだなぁ……満足もした。楽しみは今後のためにとっておくことにしよう」
「……」
どうやらもう帰ってくれるらしい。ここで逃がすのは惜しいが、そもそも俺は動けないのだから戦えない。ツナギが意識を取り戻してもこれは同じだ。
ジジイもエルムも、後は一応モフも、ロイデバンとは因縁がありそうだが、ここは仕切り直した方がいいと考えている。ジジイに関しては万全の状態で、さらにロイデバンは深手を負っているが、俺の存在がネックなのだろう。
体の熱が収まる気配がない。ないとは思うが、最悪はこのまま死亡のケースだ。今は大丈夫でも、後々体に影響が出てくる可能性もゼロとは言えない。いずれにせよ、今は安静にしておくのが一番なのだ。そもそも熱が収まらないというケースだけはやめてほしい。
「だが……」
ロイデバンが唐突にそう呟いた。
「最後にもうひとはしゃぎしようか」
さて、万全のジジイ。多少深手のエルム。
素人のソフィア、ルーン、モフ。
そして、動けない俺。
狙うならば誰からか。
(だよな、俺もそうする)
俺の眼前には拳を振り上げたロイデバンの姿があり、太陽と重なって俺に影が写る。
「【黒拳】」
その呟きは死刑宣告のように聞こえた。
俺の服の襟が後ろに引っ張られ、少しだけ体を反らされる。と言っても、拳が到達するまでの時間はさほどない。緩慢な動きなど、あってないようなものだ。
「ッ【聖……」
「【幻界】」
ソフィアが【聖域】を展開するも、黒い炎を纏ったロイデバンの拳は、その壁を素通りした。
それと同時に、目の前に紅い炎が広がり、俺の体は今度こそ後ろに引き寄せられた。
しかしロイデバンの拳はそれでも届き、俺の鼻に触れたところで――――
『聖剣』によってようやく止まった。
風圧によるものか、俺はかなりの量の鼻血を流しながら、エルムの魔術によって俺から距離を取るロイデバンの姿を見ていた。無様な尻もちは仕方がない。生きていただけマシだと思おう。
軽くため息をついた俺は――――
首を失っていた。
いや、違う。これは幻視、幻覚だ。
常人なら発狂してしまいそうな経験だが、この期において俺は冷静だった。
もっとも、数を重ねればどうかは分からない。
俺は、何度も『死』を味わった。
俺の肉体は傷一つついていない。これは、精神的苦痛の類だ。
首を落とされ、串刺しにされ、誰の物かは分からない甲高い声を聞き、
心臓を突かれた。
これだけ、何故か懐かしい感覚がした。
この凶行の悉くは、黒く燃える炎によって引き起こされる。それが、十数回ほどの『死』を以て終わった時、果たして俺は――――
折れていなかった。
発狂もしていないし、恐怖を引きずってもいない。死んだくらいでは、この程度では、俺は折れない。
この凶行の良い点を探すとすれば、それを再確認できたことだろう。そんな思考ができるほどにはポジティブに物事を考えることができている。
ただ――――
「悪……ちょい……寝る……」
さすがに疲れた。今もなお、俺の魂は紅蓮の業火に灼かれている。まだ、クソ熱いままなのだ。そこに幾度もの臨死体験。
俺はそのまま仰向けに、大の字になって気を失った。
Q.決着???
A.大丈夫。次回、決着だよ。だから……うん、大丈夫。いざとなれば前作主人公(言われなき役目)のエルムがいるから……




