花咲け
済(2022.10.27)
◇ ツナギ
紅蓮の業火が俺を灼く。
そして、ロイデバンを灼く。
気が狂いそうになるほどの痛みで失いかけた意識が、くしくもそれと同じもので幾度となく叩き起こされる。
剣を握った掌は焼け爛れ、表面が熔けた剣は『紅炎』を纏ったままだ。今、鉄の塊が熔けて地面に落ちた。
――――そう。炎はまだ燃えている。それが、俺の身を、魂を、灼く。
俺の目には青空と、それを背にするロイデバンの姿が写っていた。ロイデバンも、体の表面に火傷を負っている。しかし、まだ倒れない。まだ終わらない。
この戦いはまだ続く。それが分かっていても、俺の体はもうまともに動かない。
目が霞む。体中が痛い。
それでも俺は、一歩を踏み出した。倒れそうになる体を支えるため、そして、ロイデバンに追撃をするため。
――――しかし、それだけだった。
俺の出した右足は僅かに体を支えたものの、そこから崩れ落ちてしまう。
「カッ……ヒュッ……」
声にならないうめき声を上げながら、俺は地面に倒れる。
そこに、胸を横一文字に斬られたロイデバンが拳を振るう。その傷口からは煙が上がっており、生々しい火傷のあとと共に肉の焼ける匂いがする。
ロイデバンの拳は俺の頭を叩き割らんとし――――
「ガッ……アアアァァァ……ハッハッハッハァッ!」
俺の体が地面を転がる。しかし、それをやったのは俺じゃない。リュウゴだ。『紅炎』で燃え上がる体を、入れ替わったリュウゴが無理矢理動かしたのだろう。
もっとも、それならばリュウゴにももう余裕はない。体はとっくに限界を迎え、その上で灼熱の痛みが全身を支配しているはずだ。現に、うめき声が上がっている。それと一緒に笑い声も上がっているのだが。
「【結界】……」
倒れ伏すリュウゴ目掛けて、ロイデバンの追撃は止まらない。黒い棘が、ロイデバンからリュウゴへと迫る。鋭く尖った先が、目の前まで迫った所でリュウゴの目に捉えられ――――
リュウゴは上空へと舞い上げられた。
エルムが風の魔術を使ったのだろう。さっきまでリュウゴのいた場所には、無数の棘が突き抜けた。
「ククク……アッハッハッハッハ!!認めよう!!最高だッ!お前たちッ!こんなに大きな消えぬ傷を刻むとはなあ!!」
ロイデバンが声を張り上げる。その姿は、ボロボロだ。体には幾つもの裂傷があり、体の前半分は火傷している。所々血が滲み、ロイデバン自身がさっき言った大きな傷も刻まれている。
体の表面で燃えているのは、黒い炎だ。それが『紅炎』を覆い尽くし、消し去ってしまう。
全身全霊を尽くした。それでもなお、まだ何も変わっていない。そう感じた。
「今日は少し戯れるだけのつもりだったが……もうこのままやってしまおう!」
ロイデバンは笑いを含む声音でそう言った。
「簡単に死んでくれるなよ!!」
ロイデバンの圧の雰囲気が変わった。
さっきまでは、言葉通り戯れだったのだろう。本当の戦いはここからだと言わんばかりだ。
待て。待てよ。
待てよ、俺。まだ終わってねぇだろ。だから動け。代われリュウゴ。俺が……、俺がやる。休んでていいから。コイツを殺すのは俺がやるから……ッ!
目ェ開けろ。立ち上がれ。燃やせ。力を入れろ。
今。今だ。
今、目の前にいるんだぞッ!
今やらねぇでいつ……ッ、次はいつだ!?
立てよッ!俺ェッ!
――――熱い。
俺の魂に『紅炎』が纏わりついてくる。
空から見下ろした黒い炎を纏うロイデバンと、未だ地上にいるエルム。そして燃える俺たちの体と、こちらに飛んでくるグレン――――。そして憎悪。
俺が覚えているのはそこまでだ。
そして俺は――――『紅炎』に呑まれた。
◇ リュウゴ
熱い。くそ熱い。叫んでどうにかなるなら恥を捨てて何だって叫んでやろう。
もっとも、それ自体はいい。どんな痛みだろうが我慢すれば事足りるのだから。……しかしそれだと狂ってしまいそうだ。あ、元からか。
痛みに支配されているはずなのに、どうやら俺はかなり冷静でいられている。
――――問題の内、一つ目は、今現在俺の体の表面で燃えている『紅炎』だ。これが、ジリジリと皮膚を灼く。
「ツナギッ!!」
グレンがこちらに向かって飛んできた。
「ぉぉ……や……ぃ」
「よお、焼き鳥」と言おうとしたのだが、声がうまく出ない。
さて――――問題二つ目は、体が動かない、だ。調子に乗って限界に【叛逆】しすぎただろうか。
しかしそれがないと、もっと先に攻撃が被弾して死んでいたかもしれない。だから、あの時点では全ブッパが最善だったはずだ。
ちなみに最高は、「消耗を極限まで抑えた上で神回避連発」、だからリスクが高すぎる。ハイリスクなわりにリターンが時間を稼げる程度なのも嫌だ。ゴミの択である。
「リュウゴか……まあいい。その『紅炎』を消そう」
「おー……」
グレンが自身の『紅炎』で俺を包む。毒を以て毒を制すとでも言うのか、一瞬だけ燃え上がったものの、体の表面の『紅炎』はきれいさっぱりなくなった。
しかし、内側は別だ。まだくそ熱い。
「我に出来るのはそこまでだ。お前なら……ウム。我に出来るのはそこまでだ」
「ツナギならその先があるのか……」
まあ、命の危険がなくなった時点で儲けものだ。この熱さにもだいたい慣れてきた。
相変わらず体はまともに動かないが、多少なら動かせる。
俺の体は徐々に高度を下げていく。風に包まれて、エルムの近くに運ばれる。
「見ろよツナギ。手ぇボロボロ」
俺はツナギに話しかけ、剣の柄を握っていた左手を開いて見せる。爛れて癒着した手の皮が、握っていた場所に残っている。右手は怖いので剣を握ったままだ。
常時激痛に襲われているようなものなのであまり気にならないが、その掌だけ少し温度が高い気がする。結局全身が熱いので目立たないが。
「ツナギ?」
返事がない。そう言えば、さっきから姿を見ていない。
「……グレン」
「気を失っているだけだろう」
「そっか」
ならばいい。出来ればこんな痛みはツナギには味わって欲しくない。シャットアウトされていることを願う。
「おい……いけるのか?」
「悪ぃ。俺動けねえ」
「くそが」
エルムには迷惑をかける。反省は……状況が状況なのでせざるを得ない。
「【幻界嚨双】」
ロイデバンは空気を読んではくれない。容赦なく俺たちの命を取りに来ている。
ロイデバンの【結界】――――それが龍を象って俺たちに襲い来る。まるでロイデバンの『世界』から飛び出して来たように。
「チッ」
俺の上着の襟を掴んだエルムが駆ける。自分で動けないので運んでもらっているのだ。後にはグレンもついてくる。
「『黒炎』――――”絶”」
「クッ、『紅炎』!」
黒い炎がロイデバンから溢れる。上半身に広がった痣が体表を蠢き、それが顔の下半分にまで迫る。
グレンがそれに対抗するが、炎の勢いが弱々しい。すぐに『黒炎』に焼き尽くされる。しかし、一瞬の隙は出来た。エルムがそれを見逃すはずがない。
(最悪だッ……!ただでさえキツイのに……この荷物が邪魔だッ!)
俺が足を引っ張っているという自覚はある。エルムが内心で悪態をついていても文句は言えない。
前方には『黒炎』が、後方からは龍が迫り来る。地を這う『黒炎』は壁となり、龍は地面を砕きながら、ものすごい勢いでこちら向かってくる。
「《碧風》――――”五月雨”」
エルムが放った『碧風』が『黒炎』を切り開く。黒に覆われた部分が搔き消え、青空が見える。
(呼ぶか?いやだが……くそッ!どちらにせよこいつが邪魔だ。カバーが出来なくなる!)
地面に着地したエルムは『碧風』を使って撃退しながら思考に耽る。
俺を労るつもりは全くないらしい。全身が熱くて痛いのに。ハハッ笑えてくる。
(あー……もういいや。死んだらこいつは自己責任で)
背筋が凍った感覚がした。今はアドレナリンがドバドバなのだが、風邪みたいな体調だからだろうか。決して死の気配ではないと思いたい。
エルムが立ち止まり、俺を掴んでいた手を離す。そして杖を構え――――
「やるぞ……顕現せよ、ニ――――」
「そこまでじゃ、エルム。後はわしがやろう」
立ち止まったエルムの肩に、手が乗せられる。皺の多い老人の手だ。白髪をたなびかせ、羽織を羽織った老人がそこにいた。儚げな姿だが、確かな安心感もそこにある。
あー……もう安心だな。
その老人を見て、ロイデバンの笑みがさらに深くなる。今日一番で喜んでいるのがよく分かる。
「久しぶりだなあ!アーサー!!」
「そうじゃな……ロイデバン……」
二人は共に向かい合う。まるで再会を噛み締める親友のように。ただ、そう言うにはあまりにも殺意にまみれていたのだが。
「ハハッ!」
俺たちはもう、ロイデバンの眼中にはないようだ。その瞳には、ジジイだけが写っている。
龍が大口を開けてジジイに迫る。それに対してジジイは、手に持った剣を軽く握る。
龍はもはや眼前まで迫り――――
「『聖剣』――――桜吹雪」
細切れにされた。
ジジイの周囲には、花弁のように剣が舞う。手に持つ『聖剣』は剣身が全て小さな花びらへと変わり、柄のみとなっている。
文字通りの桜吹雪が、ロイデバンの龍を細切れにしたのだ。
そしてジジイ――――アーサー・レイ・マノガストは、両目ではっきりとロイデバンを見据える。
「ロイデバン……退け」
その返答は、さらに襲いくる二体の龍が物語っていた。
Q.決着?
A.――――何も言い返せねぇ……というわけで懲りずに何度でも言います。次回、決着。
ジジイ=じいちゃん=アーサー=レイさん=アーサー・レイ・マノガスト=ロイデバンの尋ね人
呼び方がすげえ多い。
リュウゴは頭が相当イカれてるので、本来くそツラいデメリットも「えっ?死なないの?ああ痛いだけね、余裕余裕。慣れた慣れた」と流せます。むしろ笑っちゃう。頭のネジが飛んでるんだよ。




