ほのぼのワールド
済(2022.10.20)
◇ リュウゴ
「ハッ……!」
何か特殊な電波を受信した気がする。人体にはそんな機能は実装されていないはずなのだが。
命を全賭けされた気がしたが、きっと気のせいだろう。
さて、俺は現在ジーンの上に胡座をかいて座っている。仰向けに倒れたジーンにはさして外傷は見られない。
だったら労る必要もないかと、その腹の上に尻を置いたのだ。
「いやーフカフカでいいねぇ~」
「……ほざけ」
そうは言いながらも、ジーンは抵抗する気がない。一応鎖と腕輪で手足を拘束してはいるのだが……
「アハハ、ほら見て見て~」
俺の眼前には兎跳びで跳ねる猫の姿がある。犬の方は大人しいので必要ないかもしれないが、猫には首輪をして木にでも繋いでおけばよかった。あと両足に重りをつけるのも忘れずに。
「はいそこっ」
「ジャーンプ」
今ではルーンの指示に従って、まるでサーカスのように演技をしている。やはり、子供は怯えているより笑っている方がいい。
そもそも俺はたいして怒っていない。そりゃあ殺されかけたという事実は変わらないが、向こうが突きつけた刃を下げたのなら、それに対応していた俺も刃を下げる。
俺はたまに大人げない対応をするが、普段は他者を思いやれる人間なのだ。クズなら徹底的に叩き潰すが。
「平和ねぇ……」
「アッハッハ、はいここドーン!」
「わぷ……」
ソフィアもこっちに来ている。森の中の開けた場所で、俺たちは談笑しているのだ。
ちなみにさっきのはリノが川ではしゃいだ際のものだ。思いっきり跳んで、そのままの高さから川の中央へと落ち、水飛沫がルーンにかかった。魚がプカプカと浮いているが、きっと雷を纏っていたこととは無関係だろう。
「まあ取り敢えず……おかえり、ツナギ」
『なにこの惨状』
惨状とは失礼な。平和そのものだぞ。
◇ ツナギ
継承の儀を終えて戻ってきたはいいが、目の前の状況に困惑する。俺の記憶の中では敵対していたはずだが、どうも調子が狂う。
「ほれ、代わるか?」
怪訝そうにリノとジーンを見る俺に、リュウゴが声をかける。
『ああ。聞きたいこともあるしッ……』
返事をしながら体を入れ換えた俺たちであったが、俺は僅かな違和感に言葉を止める。
『筋肉痛のプレゼントです。【魂の残滓】の副作用』
体を動かすのにはさして影響はないが、ふと気にすると頭の片隅に「やられた」という記憶が残る。酷いものではないのが、嫌がらせとして非常にレベルが高い。
『頭冷えた?』
「大丈夫、元から冷えてるよ。でも今まさに血がのぼりそうなところかな……!」
俺の中の「炎」が燻るのを感じる。怒りと連動しているのは、どうやらこちらでも同じようだ。こめかみに力が入るのはきっと気のせいだろう。
「ツナギちょっと焦げ臭い?」
「え?うそ」
ルーンにはそう指摘されたが、別に変わったところはない。一瞬『炎』の嫌がらせかと思った。
『とにかく……問題はねぇんだな?』
「ああ。気にするところはない……よな?はず」
『おいおい……』
正直言って使いたくない。この「炎」を。使う度にあのいけすかない『炎』の姿を思い出しそうで、なんか嫌だ。
『よし、今考えてもどうしようもないことは後回しだ。さっさとあんにゃろうを……』
「やっっと見つけたぁ……二人とも!」
「モフ!?」
リュウゴの言葉を遮ってこの場に現れたのは、モフであった。どうやら俺たちを探していたらしい。
そのモフの様子からだいたいを察したらしいリュウゴが口を開く。
『こっちは敵二人の撃破。"モノクロ"はどっか行った。そっちは?』
リュウゴが現状を簡潔に説明する。俺もその情報を知れてありがたいのだが、目が駄目だ。あれはろくでもねえことを考えている時の目だ。
「"エース"がどっか行ってる。多分すぐに戻ってくると思うけど」
モフも悪ノリし始めた。何年前かは忘れたけど、コードネームで呼んだ方がカッコいいだろ、とか言ってた気がする。
「あと……"L"が帰って来てるはず」
『あ~それは知ってる。さっきからどっかんどっかんうるせぇもん』
「リューゴ兄ちゃん、これ誰?」
『ククク……ハイパー母性の塊、モフ様だ。崇め称えてからモフってけ』
ああ、余計なことを言うからモフがポーズまでとってしまったじゃないか。ルーンがモフに飛びついて……ソフィアもウズウズしている。
て言うかリノ。お前はさっきまで俺たちのことを殺そうとしてたはずだろ。なんで馴染んでんだよ。
『じゃ、ソフィア。俺たちはもう行くから、壁張って中に引き込もっておけよ』
「え?なに?聞いてなかった」
ソフィアの意識は俺たちに向けられていなかったようだ。それよりも留意すべきことがあるのだろうか。
「取り敢えずソフィアは【アーク】を使ってくれればいいから……」
「分かったわ」
モフの毛を恐る恐るさわっているのを見ると、本当に分かっているのか不安になる。まあ、ソフィアとルーンはもう安全だろう。戦域に近付きすぎなければ安全だ。
俺たちはこれから死闘だが、二人はついさっき問題が解決したばかりだ。これ以上負担をかけるべきでもない。
『モフはここで子守りしててくれ。こいつらどうせ――――』
バキッ
『鎖なんて意味ないから』
この時のソフィアは素早かった。一瞬で【聖域】を展開したのだ。
リュウゴが着けたのであろう鎖で繋がれた鉄製の腕輪の鎖の部分を、ジーンが引きちぎったのである。同時に足の枷も外している。
「窮屈」
「さっすがジー」
体を伸ばすジーンを尻目にしながら、今度は視線がリノに向く。お前も怪力なのか、と。
「むりむり。私はできないよ?」
もっとも、鎖があっても割りと自由に動いていたのだが。
『そーゆーわけだから……頼んだ、モフ』
「はいはい……いざとなったらボクも戦うよ」
『あんまり期待しないでおく』
確かに俺も、モフの戦う姿は想像できない。毛皮の奥に真の姿でもあるのだろうか。
『それと、お前らは負けたんだからこれ以上手出しすんなよ。したらエンコ詰めさせるぞ』
リュウゴがリノとジーンに警告をする。またよく分からない言葉を使っているので、少し意味を聞いてみる。
「エンコって?」
『指』
「詰めるって?」
『ちょん切るってこと』
やっぱりこいつは野蛮人だ。単に殺すとは言わなくて指を切り落とすとか性格が悪すぎる。
『もしくはハラキーリでも可』
「わーったわーった。手は出さねえ」
もしくは自分で腹を斬れ、と。最低だな、こいつ。
「じゃ、行ってくるよ」
そうモタモタしている暇はないはずなのだが、随分と話し込んでしまった。リュウゴからは、あいつが――――"モノクロ"がどの方向に向かったのか聞いている。
て言うか『モノクロ』ってたしか過去の偉人の通り名じゃなかったっけ?じいちゃんのお気に入りの。バレたら怒られ……殺されそうだな。リュウゴは絶対分かってやっている。
頭の中でひとしきりリュウゴをバカにしていた俺に、ソフィアが声をかけてきた。
「……無茶はしちゃ駄目よ」
それは心から心配した故に出た言葉だったのだろう。顔に死相でも出ていたのだろうか。
「大丈夫だよ。端から死ぬ気はない」
『そもそもだ。俺たちは死なねぇんだよ』
それだけ言い残して、俺たちはその場を後にした。
◇
「来たか」
大樹の根元まで行くと、祠の上にグレンが留まっていた。俺がこっちに戻された後、グレンも帰ってきたらしい。
「そうだな。積もる話もあるが……なんだこの惨状は」
言われて、俺も共感する。
所々抉れた地面、半ばから折られて落ちてきた大樹の枝、いつもの数倍ぬかるんだ滝の周り……
「お前なにやった」
『戦域を広く使っただけだ。反省はしていない』
「しろよ」
まあ、いつも通り。全部リュウゴのせいである。
『言っとくが俺だけじゃないからな』
リュウゴが何か言っているが、言い訳は聞きたくない。
俺は目の前の大樹を見上げ、そこらにちらほらと見える剣を見て、眉をひそめる。
「おい、あの剣はどこにあるか分かってるんだろうな」
『心配するな。だいたい120m地点だ』
つまり、刺さったままだと。俺たちが普段から腰に提げている剣は特別性だ。リュウゴはあまり気にしていないようだが、俺には大きな違いがでる。故に、できれば俺はあの剣を使いたい。
それなのにリュウゴがポンポン剣を投げるから……空になった鞘が軽い。
「【アンチグラビティ】」
俺たちは体を入れ換え、リュウゴに登ってもらう。後からグレンもついて来る。
ほぼ直角に登っていくリュウゴは、ほんの数秒でめぼしをつけた場所にたどり着いたようだ。
「あれ?違った?」
目の前にあるのは、刀だ。ソードではない。
『おい?』
目の前にあるものを放っておくわけにもいかず、その刀を胸のペンダントに収納したリュウゴは、もう一つ上の枝へと登る。
「あったあった。一個上だったわ」
『……』
そう言ってリュウゴは、その両刃の剣を鞘に収める。
しかし、こうして見るとかなり傷ついているものだ。大樹の表面の苔が抉れている部分がかなり目立った。大樹自体の傷はもうすっかり見られないのだが。
「さて、奴が向かったのはだいたいあっち方向……」
リュウゴの声が尻すぼみに小さくなった。目線は"モノクロ"が向かったとされる方向を向いており……
『燃えてる……?』
森の一部分が炎上していた。
「クソ"L"のやろう……ドカドカやってたのはそれか……」
そして次の瞬間――――
大爆発が起こり、大気が歪んだ。




