継ぐに値するその条件
済(2022.10.20)
◇
「ほらツナギ、行くよ」
「あ、ちょ、待ってよ」
幼いツナギが、これまたこちらも幼い少年に手を引かれる。そして、それをリュウゴが親が子を見る様な眼差しで見守っている。
二人は並んで走るが、ツナギの方がやや遅い。その差は微々たるものであるはずだが、ここはツナギの記憶の中。根底にある、自身の原動力ともなり得るものだ。
「早くしないと――――」
瞬間、太陽が雲に隠れた。世界が影に包まれる。ここはツナギの深層心理。幼心に刻みつけられた記憶。
「――――おいてっちゃうよ」
そして、世界が崩れた。その崩壊の中心にいるのは――――白髪の大男。
「あぁ……ここはどこだ……?」
さっきまで少年のいた場所に、その大男が現れた。無造作に垂らした髪が風になびく。男は気だるげな様子でツナギを見た。
「なんだ?小僧……」
ただ、「またか……」という雰囲気で声をかける大男には、辺りの惨状は気にするほどのことではなかったらしい。
破壊され尽くした村の様子を見て怖じ気づくツナギが、大男の足下で踏まれている少年を見た時――――そこから先は、あまり覚えていない。
◇ ツナギ
嫌なことを思い出した。だがこの怒りの起因する出来事がそれなので仕方のないことではあるのだが。
炎の継承――――その試練。その内容は、怒りを示せ、というものだった。辺りのこの炎は、ご丁寧に俺の怒りと連動しているらしい。より強い怒りで、さらに強く燃え上がる。
俺の視界に写る部分は、もうすでに炎で埋め尽くされている。
「これでも足りないか?」
俺は眼前の『炎』に問う。どこからどう見ても実体のない炎であるはずなのだが、何故か意志疎通ができる。そのうち人型になっても俺は驚かない。
『足りる足りんの問題ではない』
さてどうしよう。そろそろ許容量を越えそうだ。我を見失うほどに頑張りたくはない。
「よし、終わりだ。諦めよう」
『駄目だ。許さん』
「あ?」
おっと危ない。少し攻撃的になっている。リュウゴみたいだ。あいつと同類なんて絶対に嫌だ。
『それと、ここからは出られんぞ』
「まあいい。無理なら力ずくで――――」
「もういいだろう。焔の番人よ」
俺の言葉を遮ったのは、グレンであった。どうやら味方をしてくれるようだ。
『その根拠は?■■■■■』
「やめろ。ここにいるとどうも調子が狂う」
意味深なやり取りをして両者が幾ばくか見つめ合った後、『炎』がこちらへ意識を向けた。
『ところでお前……死ぬ気はあるか?』
「ない」
少なくとも今はない。あの男は非常に殺してやりたいが、刺し違えてでもという気はない。もっとも、今は自分を客観的に見ることができているのでそう言えるのかもしれないが。
「死ぬ気はないけど……仕方ない。じゃあお前を倒して無理矢理奪うことにするよ」
力は欲しい。リスクはいらない。強くなりたい。アイツを倒す。――――死なない程度に。傷付けない程度に。
自分でも随分と都合のいい夢を見るものだと自嘲する。何も失うこと無く、自身の願いを押し通そうとしているのだ。
甘い。甘すぎる。そんな子供の楽観が通用する程、この世界は優しくない。
だが、それが俺なのだ。そう決めたから。
『ん~合格』
「は?」
『炎』が唐突にそう言った。今のやり取りに『炎』を納得させる根拠があったとは思えないが……
『力はやるが、過ぎた力は身を焼くぞ。これで予定調和だ』
「問題はない。こいつは……一人じゃない」
当人であるはずの俺を省いて、二人が話を進める。
『まあそれも一興。それで死ぬならそれまでの存在であった、と言うわけだ。楽しみにしておる。未来は見んでおこう』
ああ、なるほど。そういうことか。
今のように怒りを制御出来ているなら良し。一方で怒りに身を任せ、度が過ぎると炎に焼き殺される。
今この場を埋め尽くす炎が、俺の許容量の目安といったところだろう。
そして、俺とリュウゴは一つの体を共有している。すなわち、俺が焼かれるときはリュウゴも焼かれる。体のいい人質だな。しかし、これは気にする必要はない。奴は散々好き勝手しているので、勝手に命を賭けるくらいは許してくれるだろう。
『ほれ、手を出せ』
「ん」
『炎』の要求に、俺は素直に従う。何はともあれ、力を得ることに成功したのだ。後は戻って、あの男を追いかけて――――
「アッッツ!!」
全身を貫く痛みで、俺は思案から引き戻された。『炎』に差し出した右手から駆け登ったそれが、俺の体の中をグルグルと廻る。それと同時に脳が焼かれ、この炎の概要が俺の記憶に刻まれる。
「ガ……アァ……」
『ハハッ、我に舐めた態度をとった罰だ。せいぜい苦しめ』
その場でうずくまる俺を、『炎』が足で蹴飛ばす。いつの間にか人の形をした『炎』に転がされた俺は、痛みと同時に浮遊感を感じた。つまり、落ちていると。
この熱さは害のあるものではなく、手順上仕方のないことだとは本能的に分かった。わざと痛みを強くしているらしいということも同時に分かったのだが。
落ちる最中、焦点の定まらない目が『炎』を捉えた気がした。その顔はこちらを見下し、嗤っていた。
(あいつ……絶対許さねぇ……)
心の中で呪詛を呟きながら、俺は落ちていった。
◇
『■■■■■よ。何故あの子供を選んだ』
「なに、今の我にとってツナギは恩人だ。以前のことなど知らぬ」
二人残ったグレンと『炎』が短い会話をする。何度言っても直そうとしない自らの呼び方に、グレンはもう諦めたようだ。
「心配は要らんよ。我が傍にいよう」
「ほう、つまり暫くはここには来んというのだな?」
この空間の出入口である祠から離れるなら、正規の方法でここに来る手段はない。
「会話する友人が減るではないか。金の所に行くしかないぞ」
「奴はお前を疎ましく思っているだろうよ」
「あの時代を共に戦った親友だ。もうずっと何年もこうやって話に花を咲かせている」
喜色を含んだ声音だが、嫌われているという事は否定しない。事実を否とするのは『炎』も望まないのだ。
「ではな」
これ以上の会話は不毛だと感じたのか、グレンは最後にそう言ってこの場を去る。
落ちて行くツナギを追ってグレンも去り、この場に残るのは『炎』だけとなった。
(フム……随分と成長したものだ)
静かになった空間には、パチパチと炎がはぜる音が響く。その音を聴きながら、『炎』は物思いにふける。
(親心……このような感覚は味わうことはないと思っていたが……全く何が起こるかは分からんな……)
『炎』はついさっきの出来事を反芻する。
そして――――
(我を楽しませてくれよ。二人とも……)
空間から『炎』が消え、誰もいなくなった。




