ほんの一握りの殺意
ツナギルート入りまーす。
済(2022.10.19)
◇ ツナギ
光が目の前を埋め尽くし、俺の目が最初に見たものは炎であった。
それは、紅い炎。中心のみ、先だけの色が違う普通の炎ではない。多少の陰影は見られるが、どこも同じ深紅の色をしている。
『汝の怒りを問う』
頭の中に声が響いたと同時に、炎が広がった。
瞬間、さっきまで薄暗かったこの空間を炎が埋め尽くす。果ての見えない先までも、遠くで小さな炎が灯っているのを感じる。
(退路を断たれた、と考えるべきか……?いや……違うけど違くない)
炎が広がっているのは、現在俺が立っているこの地面も例外ではない。地面で燃える炎とはかなり近いはずなのだが、熱さを感じることはない。もっとも、これを地面と呼ぶべきかは疑問ではあるが。
立っているはずなのに浮いている感覚も同時に味わっている。随分と不思議な感覚だ。
「はじめるぞ。ツナギ」
頭上からグレンの声が聞こえた。そう何度も言われなくても分かっている。俺の目的は一つだから。
『汝は何故、我が力を望む』
広がった炎の中でも一際大きな眼前のそれから、再度声が頭の中へ響く。そして俺は、質問に答える。
「何故、か……そうだな。倒したい――――いや、」
倒す。それだけで収まる気がしない。
「殺したい奴がいる」
自分で自分の放った言葉に少し驚く。思ったよりも制御できていなかったからだ。自分の中の黒い感情が、俺の理性の蓋をこじ開けて少し漏れ出した。
辺りの炎がそれに呼応するように大きく燃え上がる。
『ククク、面白い。内と外があべこべだ。あいつでもそこまで煮詰まってはおらんかったぞ』
目の前の『炎』から、まるで人間の様な反応が返ってきた。
『門を叩くまで随分と時間がかかったと思ったが……どうやら■■■■■■』
最後の方の言葉が聞き取れなかった。『炎』も、雰囲気から少し反省しているようだ。だが………
「なあ、ここはおしゃべりする場所なのか?」
悠長に待ってやる時間はない。俺は早く帰らなければならないからだ。
『炎』が喜色を浮かべるのが分かった。さっきからどうもそういった感覚が鋭敏になっている。もうずっと、臨戦態勢だからだろうか。
「単刀直入に言う。力を貸せ」
『断る』
俺の要求は却下されたようだ。おかしいな、グレンは簡単に合格出来るって言っていたはずなのだが。いったい何がいけなかったというのか……
『頼み方というものがあろう。お願いします。力を貸して下さい、だ』
「そうか、お願いします。力を貸して下さい」
『ハッ、本当に言う奴があるか。面白い』
言われた通りにしたのに鼻で笑われた。『炎』に鼻があるのかは疑問だが、馬鹿にされたのは確かなようだ。
『■■……。ツナギ・レイ、勘違いを正そう。お前はただ、示せばいい』
「何を?」
『炎』が俺の名を呼ぶ。
肝心な部分の抜けた『炎』の言葉に、俺は苛つく。そもそも態度が態度だ。いちいちこちらの神経を逆撫でする様な言動は……うん、リュウゴならとっくにキレてる。多分襲いかかっていることだろう。
『怒りを、示せ』
思えばそれは、『炎』が最初に言ったことだ。
『汝の怒りを問う』と。
『紅の本質は怒りにこそある』
俺は試しに少しだけ、ほんの少しだけ感情を発露させる。込めるのは、一握りの殺意。
直後、炎が沸き立った。眼前の『炎』ではなくその周囲、地面で僅かに燃えていた炎が、大きくなった。俺はそれだけ確認すると、心を制御する。
『正解だ。さあ、その先も、見せてみろ』
「いや、やりたくない」
出来ない、ではなく、やりたくない。俺の言葉を聞いてなお、『炎』は何の揺らぎも見せなかった。
『お前が何を迷っているのか、何を危惧するのか、その結果どうなるのか……それらすべて分かった上で言っているのだ。やれ』
「迷ってない。断る」
俺が全てをさらけ出すことはない。故に、やらない。別にこれに対して迷いがあるわけではない。
『フン』
そもそも簡単に強くなれるはずがなかった。俺が甘えていただけだ。
さっきので『グレンの炎』とはどういったものなのか、分かった気がする。多分、俺との相性は最高で最悪だ。
だが、可能性をみすみす逃すつもりもない。
「そりゃあ俺だって殺したい奴くらいいるさ……腹の底から……」
夢とか目標とかを聞かれるとそう答えてしまうほど、明確なものだ。
俺の周りの炎が揺らめく。
「でもそれは、俺を曲げてまですることじゃない」
この衝動に全てを任せて、ただ破壊を振りかざすような存在には、俺はなりたくない。
炎の勢いが増す。
「約束だから、あいつとの」
思い起こすのは、俺があの男を憎む理由。破壊された村、積み上げられた瓦礫、そしてその上に佇むあの男。チラチラと黒い炎が燃えている――――
炎が渦巻き俺の体にも触れるが、熱くはない。
「だから……俺が俺でいられるギリギリまで……見せてやるよ」
かつては怒りのままに飛び込んだ。そして自らも含む多くのものを傷つけ、リュウゴにも迷惑をかけた。俺にとっての自傷は俺とリュウゴ二人の傷となる。同じ過ちは、繰り返さない。あんなバカでも大切な人だ。
炎は、はるか空にさえ届くほどに高く立ち上っている。もはや俺の腰より下は、炎に隠れて見えない。
「なぁ、俺の怒りじゃ……足りないか?」
これで足りないなら諦めよう。グレンには悪いが、何も強くなるには対話が必須というわけではあるまい。
友好的な対話を諦めて強行策に出る。そもそも、『炎』はなんだか気に食わない。リュウゴと同じ視線を感じる。
『炎』と俺が向き合い、グレンがそれを見守っていた。




