俺?俺はいいんだよ
済(2022.10.12)
◇ リュウゴ
特に示し合わせたわけではないが、両者同時に動き出した。剣一本を構えるこちらに対して、リノは自らの爪を使う。
これは獣人の前提としてでもあるのだが、俺の爪とリノの爪とではまず強度が違う。それは俺の左手中指の現状を見ると分かりやすい。
「オラオラ動きが単純過ぎやしねえかぁ!?」
指の傷からはまだ血が滴り、正直かなり痛い。なので、喧嘩を買ったのは直々にぶちのめすという思いが半分ほど占めている。もっとも、あまり長い時間をかけるつもりはないが。
「フフッ」
笑いながらこちらの急所を的確に狙ってくる様は、人によるとホラーよりも怖いだろう。7,8cmほどまで伸びた爪が、目、喉、心臓などの急所を目掛けて繰り出される。それを時には避け、時には受け止める。
「シッ」
恐らく目を狙ったものであろう攻撃を首を傾けて躱した俺は、お返しに剣を横に一振りする。何もない手応えから空振りを確認し、見上げると木の枝に留まったリノがいた。
「【アンチグラビティ】」
人は空を自在に飛べない。エルムの様な魔術を使って飛ぶ奴らは邪道としてだが。まあ、それも遅い。
「ッ!」
両足で踏み込んだ俺は、重力に囚われることなく初速のままリノへと突っ込む。正確には空気抵抗やら何やらで多少減速はしているのだが、今は細かいことはどうでもいいのだ。
リノには避けられ、位置を入れ換える形となった。
「【アンチイナーシャ】」
空中での動きを止めた俺は、そのまま体を反転させて、さっきまでリノのいた枝に下から張り付く。左手の指を枝に食い込ませて、今度は眼下へと移動したリノを見据える。当然中指は使っていない。だって痛いもん。
「ハハッ!速いね」
「そりゃどうも!」
俺たちの間には、まるで揺れる水面を挟んだように波紋が広がっていた。それによりお互いの顔もブレて見えるほどだ。
「それじゃあ私ももっと速くなるよ」
「あ?」
「【雷光・天衣】」
リノのいた場所に黄色い光が煌めき……
気付くと上空にかち上げられていた。
いや、攻撃自体は剣の腹で受け止め更にはその剣を足の裏で押さえたのだが、勢いを殺せなかったようだ。枝を突き破った背中が痛い。即座に衝撃をリセットしておけばここまで飛ばされることもなかっただろうが、そこは油断していた俺が悪い。
「ッ――――手がしびれる」
まだじんじんと痛む右手から左手へと剣を持ち替え、俺は眼下に広がる森の景色を見る。あの小さな人影はソフィアたちだろうか。どうやらジーンと仲良くお話でもしているらしい。
あの筋肉ダルマはどこに行ったのだろうか。ここからは見えないようだ。あんにゃろうは絶対泣かす。
重力に従って、俺の体が地面へと落ち出した。俺の【アーク】の関係上落下死は心配ないが、それはそれでなんか嫌だ。
さて、脱線はこのくらいにしておこうか。ちょうど真下辺りでは、リノがなんかビリビリバリバリ言っているし。
「【叛逆】」
波紋を広げながら俺の体がその場に留まる。重力慣性摩擦抵抗etc...諸々に【叛逆】しながら、俺はリノを迎え撃つ準備をする。
「さあ来やがれ」
不敵な笑みを浮かべながら、俺は猫背で眼下を見据える。地面では雷が大樹の方へと迫り、それを駆け昇る。一瞬で俺のいる高さまで大樹を登りきったリノは、そのまま直角に突っ込んでくる。
「読めてんだよバァーカッ!」
来る方向が分かっているのなら、後はタイミングを合わせるだけの簡単なお仕事だ。一応別方向からの攻撃も警戒はしていたが、どうやらそれは無用だったらしい。
「アハハハハッ!すごいすごい!楽しいねぇ!」
「そうかい。俺もテンション上がってきたぜ」
突撃してくるリノを起点として受け流しながら、体を一回転させて大樹の枝へと乗り移る。
一方リノは、空中で軌道を変えながらまた別の枝の上に乗った。
ここで初めて雷を纏ったリノの姿をじっくりと見ることになった。バチバチと帯電しているのは言わずもがな、心なしか毛のボリュームが上がっている気がする。静電気だろうか。
「ねえねえツー君……じゃなかったっけ……リュー君」
「はいはい俺がリュー君ですよ」
リノが話しかけてきた。無邪気な笑顔は子供そのものだ。ルーンよりは上だろうが、ツナギやソフィアよりは年下だろう。
「もっともっと遊んで、私をいっぱい楽しませてから――――死んで?」
何の邪気もないと書いて無邪気。その文字通り一切悪びれず、むしろそれが当然であるかのように振る舞うリノの姿が、そこにはあった。
ジーンさん、子育て失敗してますよ。やっぱり俺は子供には心優しい子に育って欲しいと思うんですよ。ツナギみたいにね。
まあ、いろいろ御託を並べたが、それに対する俺の返答は……
「嫌だね。テメエが死ねや」
俺?俺はいいんだよ。
健やかで優しい心は時と場合を考えてからドブに捨てましょう。
楽しさ優先、それが俺の人生のポリシー。




