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アーク・ロスト・ワールド  作者: 江本平
第一章 繋ぎ紡ぐは継承の証
40/89

因縁、因縁、因縁

済(2022.10.05)



「ごめんね。ソフィちゃん、ルーンちゃん」


「えっ?」


 次の瞬間、リノの姿がソフィアとルーンの前から消えた。あまりに速かったので視認できなかったのだ。


「ドンピシャだろ……爪パリィだ」


 リノの接近に気付き攻撃を受け流すために摩擦に【叛逆】するも、剣を抜く暇はなく爪で受け流したリュウゴがニヤける。

 両者が離れ、それぞれ闘志を剥き出しにする。再度激突するかに見えたが、そこに水を差した者がいた。


「面白そうなことになってんじゃないか」


 無造作な長い白髪を風にたなびかせた大男が、そこにいた。上半身には羽織だけを着ている。開いた前からは鍛えぬかれた体が見える。



 明らかに空気が変わった。


さっきまでのあっという間の出来事を呆然と眺めていたソフィアは、ここでやっと思考を再開した。リュウゴやリノのいた場所では、すでに光は収まっている。そしてグレンと、おそらくツナギもこの場からいなくなったことがソフィアには感じられた。


「ッ!」


 ルーンを庇う様な位置取りで【聖域】を展開する。警戒するのは、すぐ側にいるジーンだ。


「そうピリピリするなよ。別に取って食いやしねえよ」


「……信じられるとでも?」


 余裕を崩さないジーンだが、実際そうなのだから仕方がない。


「大将!俺たちはどうする?」


 大声を出して、ジーンが大将――――白髪の大男に問いを投げ掛ける。

その間にソフィアはルーンに意識を割く。咄嗟に庇ったので、その状態を注視する余裕がなかったのだ。ルーンはここまで、一言も発していない。


「ルーンちゃん、大丈夫?」


「……」


「ルーンちゃん?」


 返事のないルーンを、ソフィアが揺さぶる。外部からの刺激を受けてようやく、ルーンが現実(リアル)を認識する。


「……あ、ソフィ姉……」


 ルーンの緑色の眼が、ソフィアを正面から見つめる。悪夢から覚めたばかりの様な雰囲気で、ルーンが呟いた。


「どこか痛いとか気分が悪いとかない?」


「うん……大丈夫……」


 すぐ側に温もりがあると、どうしてもそれにすがってしまう。男の出現と同時に一瞬で黒い炎(・・・)に燃やし尽くされたこの森は、幻視だったのかとさえ思う。たとえそれを体感したのがルーン一人だけだとしても。


「よし決めた!やっぱお前らはいいや」


「え~バン!そりゃないよ」


 先ほどまでウンウンと唸りながら考え込んでいた男が出した結論にリノが抗議の声を上げる。もういいと言われたことが引っ掛かったのだ。


「俺はアーサーに会ってくる。お前はその間……こいつと遊んでおけ」


 男が指し示す先は、リュウゴだ。仏頂面で二人を見ている。


「アハッ、分かった」


 リノは男の提案を了承した。それはつまり、リュウゴは足止めを食らうという事になる。


「……なんだ。追って来んのか?」


 すでに歩き出した男がリュウゴに声をかける。お互いは面識がある。と言っても、親しさとは正反対なのだが。


「別に?行きたきゃ行けよ。つーか俺はそこまで執着してねぇ」


 その返事に、男は少し落胆する。ここまで自分に執着が感じられなかっただろうか、と。以前は死に物狂いで殺しにきたではないか、と。


「ただし――――夜道と背中に気を付けろやこのタコが」


 その返事に、男は口の端を吊り上げる。明らかに高揚した自分を押さえ込みながら見返した先には、こちらもまた白い歯がはっきりと見えるほどに口元を歪ませた少年の姿があった。


「ハハハハッ!楽しみにしておくぞ!」



 そう言い残して、男は森の中へと消えていった。

 その場に残ったのは対峙するリュウゴとリノ。そして、警戒するソフィア、ルーンとジーンだ。


「もう、いいよね?」


 リノがもう待ちきれないといった様子でリュウゴを催促する。瞳孔が開き、毛も逆立っている。


「ああ、分かった。いいぜ」


 しばらく目を瞑っていたリュウゴだったが、大男に向けたにやけ面そのまま、快諾する。それに釣られてか、リノの口元も自然と緩む。


「早くやろうよ!」


「お望み通り遊んでやるよクソガキが……!」





 一方、もう一面。

 透明の薄い壁で隔たれた双方は、にらみ合いを続けていた。もっとも、そう思っているのはソフィアだけかもしれないが。


「言ったろ?別に取って食いやしねえって」


 不意に視線を脇に逸らしたジーンが、己の背丈ほどある岩に向かって歩き始めた。そして腰の刀を抜き放ち、岩の頂上を薄く斬る。椅子として座りやすいようにするためだ。


「どうやら向こうはおっ始めるようだな」


 岩にドカッと腰を下ろしたジーンがソフィアたちを一瞥する。頬杖をつきながら見据える先には、目まぐるしく動きまわりながら攻守を入れ換えるリュウゴとリノの姿がある。


(お嬢も大概だが……それに着いてくる坊主の方もなかなか……いや、「坊主」じゃないか)


 軽く話した程度だが、あの時のツナギと今のツナギ(リュウゴ)が何か違うというのはジーンには分かった。

 何はともあれ、目の前で繰り広げられる戦闘はジーンにとって丁度いい一服のための肴だ。咥えた葉巻を指の間に挟みながら、ソフィアに声をかける。


「ま、お互い色々思うところはあるだろうが……俺たちは不可侵でいこう。そっちが何もしなけりゃ俺も手は出さねえよ」


「……」


 ジーンの口から煙と一緒に出された提案はソフィアにとって願ったりなのだが、だからと言って素直には信じられないというのが本音だ。それには一週間ほど前の、ローゼンの襲撃も関係している。



『ソフィア様、危ないと思ったらすぐに逃げて下さいよ』


 それは、マーク村でのこと。パナールとの久方振りの再会を喜びあった後の、同じ部屋での就寝前の会話だ。『聖都』で暗殺されかかったと聞き、パナールは気が気ではなかった。


『分かってるわよ。だってあいつらなら自分でどうにかするだろうし』


『それはなんて言うか……すごく分かります』


 同じツナギとリュウゴを見た者同士、意見が合致した。


『だったら私は自分の身だけ守れば十分よ!』


『ええ、無茶だけは、しないで下さいね』


『もっちろん』



 そして今、実に複雑な状況が展開されている。端的に言うならば、あらかじめ決めておいた行動(ルーチン)は取れない。他者の一切を意に介さないリュウゴならばともかく、ソフィアは、それを選べない。


(逃げっ……られるわけないでしょ!)


 自分一人なら逃げ出す――――ジーンから距離を取ったが、今ここには動けないルーンがいる。

 つい先日自分の弱さを突き付けられたソフィアよりもよほど小さく、弱い存在が。


 視線はジーンに注目していたが、自分の服の裾を掴むルーンの怯えは、見ずとも痛いほどに感じられた。


「大丈夫よ、ルーンちゃん。私が……守るから……!」


 恐怖の感情を押さえ込みながら、ソフィアはルーンを安心させるような言葉をかける。

 しかしその表情は引き吊っており、頬を冷や汗が流れた。






 森の陽気を浴びながら、道ですらないところを進む影一つ。その巨体が時々枝に引っ掛かるのだが、男は気にした風ではない。


「あー……何年ぶりだ?あいつに会うのは」


 独り言を呟きながら、拳を真横に振る。それで、大男へと向かって来た魔物が怯えて逃げて行く。さっきから辺りをチョロチョロされるのが鬱陶しかったのだ。


「あの時は結局入れ違いだったからなぁ……あれ?分っかんねえや」


 思い描くは友の姿。老いてなお、かつてと同じかそれ以上の強さを誇る獅子だ。随分と丸くなったとは思うが、その本質は変わらない。


「まあ、いい」


 大男の歩いた後には、新たな獣道ができている。ところどころ木が薙ぎ倒され、破壊の跡も見られる。


「さあ、喧嘩だ喧嘩だ宣戦布告だぁ……」


 凶悪な笑みを浮かべ、男は森の中を進む。


 つい先程、もう何度目かも分からない木を薙ぎ倒した音が森に響いた。

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