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アーク・ロスト・ワールド  作者: 江本平
第一章 繋ぎ紡ぐは継承の証
39/89

ただ心のまま

済(2022.10.04)


◇ ツナギ


 どうやら先客がいたようだ。それが二人居て、二人とも獣人。


「おい!そこは我の寝床だぞ」


 寝床と言っても特に整備したわけではないただの木のうろだ。休憩するなら入りたくなってしまうだろう。


「そう!ごめん――――ね!」


 突如として俺たちの前に、女の獣人が現れた。頭の上に猫の耳がある。その指の先には、鋭く尖った爪が。

 心なしかビリビリする。敵意はあまり感じられなかったが、俺は咄嗟にいつでも剣を引き抜ける体勢をとっていた。


「そうカリカリしないでよ。ほら、私悪い子じゃないよ」


 ひらひらと手を振りながら、目の前の人物は害意がないことを主張する。その表情には混じり気が感じられない。


「私リノ!よろしく!」


「あ、あぁ」


 なんというか……こう元気で殴られるのは苦手だ。暖簾に腕押し、糠に釘、どうしようもないことはこの世にはあるのだ。俺は主にリュウゴ関連でそういうことは諦めている。

 こういう奴らはリュウゴに通ずる所があるからこそ、苦手だ。だって話聞かなそうだし。


「ほらジー!はやくぅー!」


「勘弁してくれよ。あんたはいっつも速いんだからさぁ」


 声の向けられた方向を見ると、のそのそとした足取りでこちらへ向かってくる獣人の姿があった。藁でできた編み笠に隠れてその表情は見えないが、尖った口は特徴的だ。鋭い牙が生え揃い、獣のような毛深いそれは、犬……いや、狼を思わせる。


「じゃあ、リノとジーだね。オレはルーン。よろしく!」


「ジーじゃねぇ、ジーンだ。お嬢はいっつも変な呼び方なんだよ」


「ジーひどい。ねえルーちゃん」


「そうだね、リノ。ジー、ドンマイ」


「はぁ~」


 ジーンとは友達になれそうだ。いろいろな苦労を分かっていそうで。

 ルーン自身も、何かを引きずっているような様子は見られない。楽しく会話できているようで何よりだ。


「ところで、あなたたちはどうしてここに?」


 ソフィアも会話に加わる。確かにここはド辺境だ。よほどのことがない限り訪れることはないだろう。俺はグレンに会いによく来るのだが。


「わかんにゃい。バンがここで待ってろって。あとは……」


『ニャン言葉だとっ……!いや、すまない。続けてくれ』


「……誰がしゃべったの?」


 意味は分からなかったが、響きでもう分かってしまった。どうせまた下らないことを言ったのだろう。


「ツナギの中にリューゴ兄ちゃんがいるんだって」


「ふーん何それ面白い!」


 興奮したリノが俺に詰めよって来た。やっぱり苦手だ、こういうの。


「……さっさとやるぞ。着いてこい、ツナギ」


 さっきまでずっと俺の頭の上に乗っていたグレンが大樹の側の祠へと飛んで行く。気だるそうなその様子に、親近感を覚える。

 正直助かった。俺はその場を抜け出してグレンの後に続く。


「あー、ツーくん待ってー」


 後ろから何か聞こえてくるのはきっと幻聴だろう。幻聴(こういうの)多いんだよね、俺。


 足元の小さい花を踏まないように歩きながら、俺は進む。歩き出す時にジーンと目が合った気がした。


「ソフィちゃん、ツーくん何しに行ってるの?」


「えーと……炎を継承とか言ってた気がするわ」


「ふーん……じゃあバンが言ってたのはそれかぁ」


「?」



 目の前にあるのは、どこか古ぼけた、苔の生えた祠だ。そのさらに向こう側には大樹、すぐ下には石が敷き詰められ、隙間から草が生えている。


『で、どうするんだ?』


 リュウゴがグレンに問いかける。それを振り向かずに聞いたグレンは、祠の上に留まった。


「こうする」


 グレンが呟いた直後、地面が光り出した。と言っても激しいわけではなく、どちらかと言うと淡い光だ。不思議な心地よさがある。


「着いてこい。ツナギだけでいいぞ」


『ん?それって……』


「お前は要らん。邪魔だ」


『身も蓋もねえなぁ!……と言うわけで代われ』


 心なしかリュウゴとグレンの仲がいい気がする。軽い口喧嘩がないからだろうか。そんなことを考えながら、俺たちは体の主導権を入れ換える。


「行くぞ」


 グレンが光の中へと消えていった。ついさっきまでそこは地面だったはずだが、どこか別の場所にでも繋がったのだろうか。

 俺も徐々にその光に吸い寄せられている。体の方はどうということもなく、吸い寄せられるのは俺の魂だけだ。


「じゃ、行ってらっしゃ~い」


 左手をひらひらと振るリュウゴがふざけた口調で俺に声をかける。それを軽く聞き流してリュウゴに背を向けようとして……



 リュウゴの背後で今まさにこちらへと飛びかかって来そうなリノの姿が見えた。しかしそれはすぐに消え……


『リュ――――』


 振り返ったリュウゴの背中越しに、飛び散る血を見た。


「ドンピシャだろ……爪パリィだ……!」


 なんか大丈夫そう。


「んなこったろうと思ったよ!さっきからジロジロ見てきやがって!今にも飛びかかりますっつってるようなもんだろうがぁ!」


 割れた左中指の爪を自慢気に見せつけるリュウゴは、きっちり爪が割れたその中指を立てながらもその隙に腰の剣を引き抜いた。その際にリノも距離をとっている。


「ねえねえ、順番代わってくれる?」


「やっぱそれか。誰から聞いた?」


「バン」


 バンと言うのは、リノたちにここで待っておくように言った奴だったか。何らかの狙いがあるのだろう。


「ツナギ。こっちは心配するこたぁねえ。だってテメエ、ソフィアとルーンは殺さないだろ?」


「そうだよ。だってもっとお話したいし」


「つーわけだ。お前はさっさと継承してこい。あとクソ鳥ぶん殴ってこい」


「さっきから誰と話してるの?ツーくん」


「ツーくんじゃねえ。リューくんとでも呼んでもらおうか」


 ふざけながらも油断はしていない。むしろ自分のペースに引き込んでいくのがリュウゴだ。

 ソフィアたちもじっとこちらを見ている……いや、動けないのだろう。しかし、そのすぐ隣にいるジーンは危害を加える気はなさそうだ。


『……分かった。すぐ戻る』


 そもそものことだが、多分、もう引き返せない。明確な理由があったわけではないが、俺が光に吸い寄せられた時点で一方通行だったのだ。これがなんとなく分かったからこそ、この場をリュウゴに任せることに決めた。


 そして俺は光の中へと飛び込み……



「よお、リノ。面白そうなことになってんじゃないか」



 その声に、俺は空中で振り向く。そして視線の先の人物を見た瞬間、殺意が止めどなく溢れだした。リュウゴからも一瞬だけ殺意が漏れるのを感じた。


 ――――何でお前がここにいる。



 俺が完全に光の中へと落ちた時、その場に俺がいたという痕跡は消えた。

 いや、ただ一つ――――怨念を残して。

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