まどろみの底の記憶
済(2022.10.03)
◇
「…めん……ごめんね……」
覚えているのはどこからだろう。目の前の……自分に声をかける人物は誰なのだろう。疑問はいくつも出てくる。
「でも……大丈夫。彼らはきっと……あなたを見捨てないから……」
自分を抱きしめながら、目の前の女性が大粒の涙を落とす。それが自分の顔を伝って、髪を濡らして、さらには服にまで。でも、不思議と嫌悪感は出てこなかった。
「最初はちょっと苦しいかもだけど……」
自分には、何が起こっているのか分からない。何があったか、なぜ今の経緯に至ったか。それでも、目の前の女性に気を引かれる。自分を包み込むその手は……とても暖かかった。
「もう……時間ね……」
喧騒が聞こえて来た。その声は、憎悪や欲望……とにかく良くないもので満ちていた。でも、怖くはなかった。この凄惨な景色も、ツンとした匂いも、舌がしびれるような辛さも、悪魔の囁きも、そして、全身を蝕む痛みも、全て怖くなかった。いや、包み込んでくれた。
「ルーン」
気付けば、涙が頬を伝っていた。なぜだろう。分からない。分からないことばかりだ。
表情が崩れず、心にも大きな波は訪れていない。しかし小さな波紋が、揺らしたのだ。
「あなたの名前よ。ルーン」
白い光が溢れ、自分を包み込んだ。瞼がだんだんと重くなる。
もうこのまま、二度と会えないような気がした。だから……叫んだ。叫びと言うにはあまりにも小さい……されど喉の奥から絞り出した声で。
「私は大丈夫。心臓が無くても生きる術は、知っているから」
「待って――――」
その言葉に女性は薄く微笑んで……
「あなたの旅路に幸あらんことを――――」
体が勝手に動いた。手を伸ばし、踠いた。しかし、届かなかった。
最後に見たのは、立ったままこちらを見つめる女性の姿。綺麗な白い服を着ている。それが胸の辺りから赤く滲み、その赤がそのままずり落ちてきたようだ。
苦しそうに息をしている。それがあまり良くないものだということは、何も知らないなりに分かった。
そして、瞳が閉じた。
◇
「わぷっ、ガボッ……」
次に目を覚ました時、そこは水の中だった。突然の事態に、またしても理解が出来なかった。
手足を動かし、みっともなく足掻く。それでも時間の問題だろう。
なんで……どうして……
頭の中を巡るのはそんな思考のみ。暗い湖の底は、自分を写し出した鏡のようだった。
変化は突然訪れるものだ。それが良いことであろうが悪いことであろうが。
今回は、良いことだった。手を引かれ、まばゆい光に目を薄くするも、すぐに視界は確保できた。
目が合った気がした。掴んだ手が、湖の中から引っ張り出してくれた。顔は逆光で見えない。でも、空の青さはよく分かった。
そして……
「へっ?」
自分でも間抜けな声が出たと思う。
視界が急激に切り替わったのだ。空の青と森の緑。そして湖面に写る歪んだ自分の顔。これらが何度も切り替わり、混ざり、そして……気を失った。




