プライスレス献身
済(2022.09.29)
◇ ツナギ
『と、言うわけだ。面白いだろ?』
「ええ、すっごく!あの時寝てたのが悔やまれるわぁ~」
酷いな。あまりに酷い。人の不幸話で盛り上がれるのだ。倫理観が違う。
たしか俺が10歳の時だったか。リュウゴがソフィアに語ったのはその時の話だ。俺たちが『聖都』に行って、そこで醜態をさらした。いろいろ思うところはあるものの、取り敢えずリュウゴの話を鵜呑みにしてはいけない。それだけはあの時に胸に刻んだのだ。
さて、俺たちが今いる場所は、マーク村だ。時間軸は『聖誕祭』からおよそ10日後。『聖都』にはあれから一週間ほど滞在した。ソフィアの冒険という名目で各地を巡るのに護衛として承諾してから少しばかり。俺たちは一旦家に帰ることになった。じいちゃんにも事の顛末を伝えておかないといけない。結局、リュウゴの真意は教えてくれなかった。何かろくでもないことを考えていなければいいが。
この村に寄ったのは、俺のイルちゃんとの約束と、後はソフィアの希望でもある。行きと違って特に急いでいるわけではなかったので、村間を繋ぐ馬車を乗り継いでここまで来るのに3日ほどかかった。1日で移動し切ったあの強行軍がおかしかっただけなんだよなぁ……
村に着くなり開口一番ソフィアが叫んだ。
「パナールーーー!!私よーーー!!」
のどかな村は、その声にまず驚いた。そりゃいきなり叫び出す人がいればまず驚くだろう。かくいう俺も例外ではない。むしろソフィアが隣にいたのでダメージは一番大きいかもしれない。
両耳を手で押さえながら様子を窺うと、こちらをちらちらと見る村人たちの姿がある。その視線の中に、ソフィアのお目当ての人物はいるそうだ。
「ソフィア様!?」
「久しぶりね!」
こちらに近寄って来たのは、一人の女性だった。長身であり、腰には剣を差している。この村にいる騎士だろうか。
「どうしてここに?」
「トリアスさんが冒険してきて良いって。ツナギと一緒ならって条件だけど」
「それは……」
何か思うところがあるのか、その女性は俺の方を見ている。パナールという名前には聞き覚えがある。確かソフィアの護衛をしていた騎士だ。期限付きとはいえそのお株を奪った俺に文句でもあるのだろう。て言うかこんな人ここにいたっけ?
『あーこいつあれだ。俺たちに残業通告してきたフルフェイス』
相変わらず尊敬の念の欠片もない人物への認識に引っ掛かるところはあるが、リュウゴの言わんとしたことは分かる。
あの時は緊急時でもありあまり気にしていなかったが、確か全身を鎧で包んだ騎士がいたはずだ。それがこの人だったのか。
「どうも」
「ど……どうも……」
どこかぎこちない挨拶を返されたがまあよしとしよう。友好的な関係は築いておいて損はないのだ。
「ツナギさーーーん!!」
遠くから声をかけられた。声のした通りを見ると、イルちゃんが手を振りながらこちらに近付いて来るのが見えた。後ろには彼女の父親であるスピルクさんもいる。
「やあ、ツナギ君。結局感謝を言う暇もなかったからね。遅くなったけど今言わせてもらうよ。ありがとう」
「いえいえ、それなら俺の方が先です。挨拶する暇がなかったのは話を聞かなかったどっかの隊長が悪いんですから」
「君も大変だっただろう。何かお手伝いでもしたのかい?」
さて、『聖都』で起こったことと言えば『聖誕祭』と諸々の話し合いと……
『ソフィアが暗殺されかけた事とかめっちゃ気になりません?』
「ッ!?!?」
この話題にパナールさんが食いついた。リュウゴはこうなることを見越して発言したのだろう。あいつは場を荒らすのが大の得意なのだ。
「ソフィア様、少しお話が」
「いいわよ。私も話したいことがいっぱいあるし。じゃあまたあとでね」
「ああ」
二人が立ち去っていく様子を見ながら、俺は一つの約束を思い浮かべる。
「また向こうでも大変だったんだね」
「ええ、かなりムカつきますけど。そんなことより……はい、イルちゃん」
俺はペンダントから小さなお土産を取り出す。そしてそれをイルちゃんの頭につけてあげる。細やかな細工が施されている髪止めだ。
「これって……」
「お土産買ってくるって約束したでしょ?」
「アハッ」
喜んでもらえたならよかった。顔をほころばせてその場でくるくると回る様子はなんとも微笑ましい。
これは『聖誕祭』の出店で買った物だ。くれぐれもリュウゴじゃなくてソフィアに手伝ってもらってよかったよ。いや本当に。あいつのセンスは当てにならないから。
「悪いね、ツナギ君」
「いえ全然。喜んでもらえたなら何よりですよ」
これは俺がしたかったことでもあるし、金なら誰かさんのおかげで山ほどある。だから一番良いものを選んで、今回イルちゃんにあげたのだ。
「そういえばあのゴブリンって結局なんだったのか分かります?」
「騎士団の人も正確な事情は分からないと言っていたんだ。森を追われたんじゃないかって意見らしいんだけど……まあ過ぎたことだよ。他の村もすでに日常に戻っているよ」
「そうですか、よかった」
何でも、ニュートという聖騎士団の隊長が陣頭指揮を取り、周囲の安全を確保した上で避難していた人たちを元の場所に戻したらしい。人的被害はおろか、建築物への被害さえもなかったらしい。
ニュート……隊長……どこかで聞いた気がするんだが……駄目だ、頭痛のせいで思考がまとまらない。
『へえ……あの暗黒騎士、有能な社畜だったのか』
どうやらリュウゴはその人物を知っているようだ。俺は知らないが。
「でもツナギさんみたいなカッコいい騎士様がいたら安心ですよね!」
「いや、イルちゃん。俺は騎士じゃない」
結果的に似たようなことをやっただけであって、本来俺には何の義務も責務もないはずなのだ。そんな俺が駆り出されたのは、ひとえにエルムのせいであると言える。……あれ?じゃあやっぱりエルムが諸悪の根元なのか?まさかリュウゴが正しいだなんてことがあってしまうのか……?
「だってすごかったですよ!炎が綺麗でした」
『そうだなぁ~『炎剣の騎士』なんて呼び名も乙なもの……』
「?」
「今の戯言は気にしなくていいよ」
「でもどこかから声が……」
「気にしなくていいよ」
「あ、はい」
余計なことを言い出したリュウゴを即座に会話から締め出す。それにはペンダントから声が出ないようにすればいい。小さな子供は邪悪を知らなくてもいいのだ。
(『おいおい、もういっそ騎士にでもなるか?ツナギ?ブラックへの仲間入りだ!』)
囁きかけてくる悪魔を完全に無視しつつ、俺は俺の友人に助けを求める。
「なあグレン。お前は俺の味方だよな……」
「ん?なんだ?聞いてなかった」
(『敵だってよ』)
ああ、やけに疲れるな。さっきからずっと置物のようになっていたグレンの乗った頭がずっしりと重くなったように感じた。
まだまだ道程の半分ほどしか消化出来ていない。着くのはいったいいつになることやら……
取り敢えず今日は村に泊めてもらった。
◇
「ん~着いたー!」
着いてない。いや、次の休憩場所には着いたのだが。別れを惜しみながらマーク村を後にした俺たちは、今日からいよいよ『魔の森』に入った。
馬車があったこれまでとは違い、ここからの道程は全て徒歩だ。最初の方は元気だったソフィアも、だんだん疲れてきたのか文句が多くなった。
それを少しでもまぎらわせるためにリュウゴが気を利かせた。いや、あいつがそんなことをするはずがなかったな。面白がって人の黒歴史をさらし続けただけだ。
例えば蛮族衣装の作り方とか。骨から作る仮面とか毛皮と植物から作る服とか。懐かしいなぁ。たしかこのころからだったか。リュウゴがバカだと完全に気づいたのは。
何が「ニーズに応えるのが一流のエンターテイナーだ」だよ。そもそも俺は違うっての。「一年前と同じように奇襲かけようぜ。今度は蛮族スタイルで」「『聖都』を阿鼻叫喚に叩き込もうぜ」なんて言ってたっけ?もちろん却下した。服は作ったけど。たしか今はこのペンダントの中にあるはず。
「綺麗ね……ここ」
ソフィアが感嘆の息をもらしたのは、ここの景色についてだ。水面がまるで鏡のように周りの木々を写し出している。魔物の多さに目を瞑れば、ここには絶景が多い。しかし、こうも反応がいいといろいろ見せたくなる。後でグレンの住居にも寄って行こう。
『ここは常に凪状態と言っても過言じゃない。なのに水は濁ってないんだ。透き通っている。面白いだろ?』
「そうね……世界には不思議なことがいっぱいあるわ。もっと知りたいし見てみたい」
『だったらエルムの生態観察でもするといいぜ?あいつ結構謎だらけだし。弱み見つけたら教えてくれよ』
「お前もうしゃべんな」
途中まではリュウゴがたまに見せる真面目な顔だったのだが、その後がいけなかった。情緒のへったくれもない。もう喋れなくしてやろうか。
神聖な雰囲気の湖と、そこに水を差す無粋な悪魔。なんとも似合わない組み合わせだ。駆除対象だ。
俺がどうやって悪魔から世界を守るかを考えていたところ、ふとソフィアが声を上げた。
「見てみて。まるで人がいるみたい。あれも知ってるの?妖精さんとか?」
「人?泳いでるってことか?」
ソフィアが指差す方を見てみると、たしかに人がいる。まだ子供なんじゃないだろうか。まるで水面の上に背を預けて眠っているようだ。いや、眠っているのは間違いなさそうだが。
さっきまで波風一つ立たなかったのだが、その子供を中心として波紋が広がっている。一番外側のものが、ついにはこちら側に届いた。
「あれは……人みたいじゃなくて子供そのものだろ」
「そういう風に見えるわけじゃなくて?」
今までそんなことには出会ったことがない。もしかしたら、じいちゃんやエルムなら知っているかもしれないが。
すでに波紋は無くなり、湖は再度鏡のように周囲の景色を写す。その水面は、僅かばかり宙に浮いた子供の背も写し出し……
ポチャン
「わぷっ……ガボ……」
落ちたな。
………………………………………。
「リュウゴォーーー!!!」
「ちょっ……あああ……あれなんとかしなさい!」
『わーってるよ!』
バシャバシャと音を立てて、あの小さな子供………ええいめんどくさい。暫定少年が水中で踠く。水も少し飲んでいるだろう。
「ソフィア!グレン持ってて!」
そう言って俺は、頭の上に乗ったグレンをソフィアに向かって投げる。随分と丸くなって投げやすかった。グレンはたまにこうして自分の世界に入り込むことがある。そういう時は何を言っても帰って来ない。
そして、俺はリュウゴと代わる。この状況だとあいつの方が適任なのだ。不本意だが。
「っしゃ行くぞ……万物を縛る大地の呪い、振りほどきて我は……」
「そういうのいいから!!!」
俺の言いたいことを代わりにソフィアが言ってくれた。そんなことしている場合じゃないのだ。今なお少年は苦しんでいるというのに。
「チッしゃーねえ。詠唱破棄だ……さあ、世界に【叛逆】しようか」
『だからその暇がねえんだって!』
「悪いな。これは譲れない」
ああそうか。もう好きにしてくれ。……いややっぱりやめろ。お前が好きにやったら絶対にろくなことにならない。さっきの聞かれてないよな?言質取ったとか言われないよな?よし、大丈夫。
「フッ」
捻りを入れながら、リュウゴが水面に対して平行に飛んだ。水面すれすれを通ったため、服の端が少し濡れてしまった。もっとも、少年が水を立てているところに向かうので否が応でも濡れるのだが。
「こんなところで水遊びとは感心しねえなぁ。もっと浅瀬でやりなさい」
少年の手を掴み、一気に引き上げる。目が合ったような気がした。いや、もし合っていたとしてもそれはリュウゴとだろうが。その緑色の瞳が……ブレた。
「へっ?」
うん、そりゃね?だってこいつおもいっきり回転しながら飛んでいくんだもの。そういうのをジャイロ回転って言うんだって。リュウゴが言ってた。何でも、安定して進むんだと。あとは三半規管がどうのこうの……
まあ要するに……いきなり思い切り振り回されたらびっくりするよね?お前はもう少し思いやりを身に付けろ。
「イエーイ救出成功~」
ソフィアから見た対岸には、ピースサインをするツナギの姿と、その脇で抱えられてぐったりとしている子供の姿がいた。
水面に広がった波紋は二つがぶつかり、されど形が歪むことはなかった。




