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アーク・ロスト・ワールド  作者: 江本平
第一章 繋ぎ紡ぐは継承の証
31/89

風の音と戯れて

済(2022.08.23)



「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」


 森を抜けた場所で、ある集団が一息ついていた。あらかじめ用意しておいた馬車の中からはか細い声が聞こえてくる。ゲイオウの子供だ。彼らは痛めつけられ、その全てがおとなしくうずくまっている。


「クソッ。何人死んだ!?」


 ゲイオウの報復により、ここにいる人の過半数が重傷を負っている。それとは別に森の中で倒れた者たちもいる。彼らは森の養分となっただろう。


「……まあいい。こいつらを売り捌けば当分は遊んで暮らせる」


「そうかそうか。で、誰に売り飛ばすんだ?」


 頭上から声が響いた。その声は、今この場にいた十数人の意識を一瞬にして釘付けにした。仲間を何人も襲われ、気が立っていたのも要因の一つだろう。


「それはここ(マノガスト)では禁止のはずだが?」


 つば付き帽子を目深にかぶった男が、ローブを風にはためかせながら眼下の集団―――密売人に疑問を投げ掛ける。右手では、自らの身長程もあるような杖を弄びながら。


 ゲイオウは協調性の高い魔物だ。魔境と言って差し支えないこの『魔の森(ベンマトル大森林)』を群れで生き抜く、どちらかと言えば強者に位置する。また、他の本当に危険な生物には極力近づかない臆病な性質も持つ。

 今回特筆すべきは、協調性が高いこと。子供の頃から調教したゲイオウは人間に懐く。ペットとしての扱いなら犬や猫と大差ないが、なまじ戦闘能力がある分、連れ歩くのに国からの許可が必要になる魔物もいる。ゲイオウもその一種だ。しかしそもそも、群れから外れたゲイオウに価値はない(・・・・・)


「チッ。殺せ!」


 リーダー格とみられる人物が仲間たちに号令をかけた。彼らは一斉に奮起する。こんなところまで来て、豪遊生活を諦められるか、と。目撃者は消すに限る、と。しかし……


「《ボルテクス》」


 雷が落ちた。いや、実際には落ちていない。そう錯覚しただけだ。実際には地面スレスレを電撃が走り、辺り一面に光り輝く雷電が迸った。


「ぐあっ!」


 それはまるで蛇のように、逃げる者たちを喰らう。呑まれた者は皆一様に気絶してしまった。


「あ?優しすぎだって?んなわけねぇだろ」


 死屍累々とした地面を眺めながら、魔術師が独り言(・・・)を呟く。まるで誰かと話しているように。そして口元に笑みを浮かべて……


「あいつらに尋問される方がかわいそうだろ」


 平然と、ここで死んでいた方がまだましだと抜かした。生来の畜生はそう簡単には治らない。


 そうして魔術師――――エルムは、密売人が用意した馬車へと近づく。その中には、捕らえられたゲイオウの子供たちがいるままだ。

 縛った縄を風の刃で斬り裂き、彼らを解放する。一匹、また一匹と森の奥へと消えていくのを見ながら、エルムは代わりに密売人たちを馬車へと詰める。思いやりのへったくれもない雑な詰め方だ。


「おい、退けよ。来るなら殺すぞ」


 エルムが唐突にそう呟くと、少し遅れてガサガサと草木が揺れる音がした。草むらの中から現れたのは、ゲイオウの成体が一匹。しばらく視線を交わした後、ゲイオウは背を向けて去って行った。


「獣畜生でも理解は出来てるようだな」


 向かって来るならまだしも、そうでないならあまり殺さない方がいい。この森でのゲイオウの立ち位置を考えると。


 最後の一人を風で浮かせて詰め込むと、エルムは馬車の上に乗った。馬は最初の魔術を使った時に逃げ出してしまった。追おうと思えば追えるが、わざわざそのようなことをしなくてもいい。足は自分で用意できる。あと、馬にいい思い出がない。鞍など、鉄製の物を身に付けていれば役満だ。


「さてガキ共は……面白そうなことになってるな……」


 距離としては遥か遠くの、まだ小さな子供たちを視認(・・)する。若干一名は年齢だけ見ると立派な大人なのだが、言動が子供とそう大差ない。

 渦巻く風が作る繭の中で、エルムは胡座をかいた。その下には馬車の荷台があり、それごと包み込む形だ。徐々に高度を上げながら、エルムは空を飛んで『聖都』へと向かった。






「エルムよ。何をにやけておる」


「別にぃ?」


 森で捕らえた密売人共は、すでに自分の友人トリアスに任せてしまった。開催の準備で忙しいのだろうが、奴ならなんとかするだろう、というのがエルムの考えだ。

 そんな事より、これからの出来事を想像する方がエルムにとってよっぽど楽しい。


「おい、あいつらが来たらしっかりと出迎えてやれよ」


「なんじゃい。そのくらいは分かっておるよ」


 『聖都』にある大聖堂。そこにはすでに大勢の人だかりができている。本日の『聖誕祭』は、間もなく開催される。それを『大聖堂』のバルコニーから見下ろしながら……




 エルムの眼に、死角を縫いながら接近する小さな影が写る。随分とユニークな格好で。


 人混みをまるで何もないかのように駆け抜け、エルムたちとの距離はもう僅かにしか無い。跳躍しながら剣を掲げ、見上げると太陽と重なっている。後ろに見える翼は幻視だろうかそれとも……


 逆光で影が差した顔に、それでもなお分かる程の笑みが刻まれる。そして少年は口を開き……


「シャオラ死ねクソジジイィィーーー!!!」


 その声は、『大聖堂』全域に響き渡った。

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