純粋の介在
済(2022.08.23)
◇ リュウゴ
辺りを巨大な猿が埋め尽くす。成人男性とさほど変わらない大きさだ。子供の低い目線からでは余計に大きく見えるように感じる。
「おっと……危ない」
ツナギのすぐ目の前を、猿の―――ゲイオウの長い爪が切り裂く。食らったらひとたまりもないだろう。
一対一なら遅れを取るようなことはないが、いかんせん数が多い。ならば当然暇をもて余した奴も出てくるわけで……一匹のゲイオウがツナギの背後の祠へと歩みを進める。
「させないっ」
何があったのやら、ゲイオウは怒っている。手あたり次第の破壊行動に出ている。視線を傾けるとなぎ倒された木々が目に入る。おそらく、その長い爪でごっそりえぐられたのだろう。
「グギャァッ!」
ツナギが振るった剣がゲイオウを仕留めるも、一向に減る気配はない。ツナギが守る祠―――グレンの大切なものを守るためには泥沼の戦いを繰り広げなければならないのだろうか。
当のグレンはと言うと、木の枝に留まり、戦いを上から見下ろしている。降りて来いよ。ウチの子が体張ってんだろうが。
「ハァ……ハァ……」
乱れた息を整え、ツナギが駆け出す。岩や倒木を足場に、ゲイオウたちを屠っていく。しかし……
「あっ……」
ツナギが、岩に生えていた苔に足を滑らせた。それを好機と考えたのだろうか、ゲイオウが攻めに転じる。近くにいた三体が、ツナギに襲いかかる。足の爪は岩にしっかりと食い込み、奴らが倒れる様子はない。
『チッ、代われ!』
最悪、腕の一本は覚悟しなければならないだろうか。生憎この体は傷の治りが早い。うまく受ければ裂傷で済むだろう。もっとも、ガキが痛みを受けていい理由にはならないが。
体の主導権を握った時に意識のズレがないよう、状況をシミュレートする。特に、体勢の変化による認識の齟齬―――あの何とも言えない気持ち悪さは覚悟しておかねば。
今ある腕の位置から、剣をどう動かすかを考えながら俺は……
眼前に広がる炎を見ていた。
炎はゲイオウを包み込み、ツナギが握った剣の先もまた、炎に包まれた。すぐ目の前でゲイオウが塵となる姿がありありと目に焼き付いた。
「これは……って!剣が燃えてる!?」
『うわっほんとだ……どうなってんだよ……』
鉄の塊である剣が発火している。よくよく見てみると、わずかにだが熔けているようだ。だが、ツナギは不思議と熱さを感じていなさそうだ。
『取り敢えず水をさがせー!』
たしかすぐ傍にさっき落ちた滝があったんだっけ?
◇
最初はただ、傍観しているつもりだった。
ツナギが守る祠、それは確かに自分の大切なものだが、壊れることはない。それを伝える前に突っ走ってしまったので、少し面倒臭かっただけだ。
そもそも、グレンは精霊だ。精霊とは、何らかの役割を与えられた、自我を持った生物であるとされている。自我、とは言っても、本能と理性を備えたおよそ人間のような精神構造だ。一部例外もいるが、精霊は何しろ数が少ない。
それに加え、精霊はこの世界の成り立ちから存在し、死せども消滅することはない。
グレンにとってその祠、と言うより、中にあるものの管理こそが存在意義だ。だからこそ、永い時を越えて回帰した。前世のことはあまり知らないし、別に知りたくもない。生まれたて、というのも間違いではない。
眼下では、ツナギがゲイオウの群れを相手に立ち向かっている。小さな背中だ。木の上から俯瞰するように見ている影響か、随分小さく見える。
ツナギが駆け出し、そして、岩の上で足を滑らせた。
気づいた時には、もう開いていた。
己の中に灯る紅い焔が世界へと解き放たれる。




