無垢の施し
済(2022.08.23)
◇ リュウゴ
顔を上に向けると、そこには炎がいた。いや、炎のような鳥と言った方がいいだろう。
橙色の羽毛で身を包み、首もとではマフラーのように炎が燃えていた。
「誰……?」
日本のサブカルチャーに触れていないツナギにとって、このような事態への対処は心得ていないだろう。かと言う俺も予測できたわけではないのだが。
鳥は依然としてこちらを鋭い目で見つめている。このままでは状況は動かないと感じたのか、ツナギが口を開いた。そもそも先に質問したのは向こうからだ。
「僕はツナギ。ねえ鳥さん、ここがどこかわかる?僕たち『聖都』に行きたいんだ」
辺りが静まりかえった。風が吹き、木々が揺れ、葉が擦れる音しか聞こえない。その間は一瞬だったのだろうが、かなり長く感じた。
シカトこいてんじゃねぇぞコラ。
「すまんな。我は生まれてから日が浅い。力にはなれん」
俺の心の中での暴言が届いたのかそうでないのか、とにかく鳥が声を上げた。さっきは気にも留めなかったが、嘴は動かしていない。声が、と言うより音が直接届くといった具合だ。かといって頭の中に直接、というわけではない。
「そうなんだ……ねえ、君に名前はある?あったら教えて」
「……今の我にはない」
『じゃあ俺がつけてやるよ。焼き鳥で』
炎属性の鳥の名前は焼き鳥と相場は決まっているんだよ。もしくは不死鳥。全然不死じゃなくてもそうなってしまうんだ。……取り敢えずこの二つが鉄板かな?
「……」
焼き鳥は俺と言うよりツナギを見ている。自分に失礼なことを抜かしたのは目の前のガキなのか……とでも思っていそうだ。残念、俺だよ。
「ヒト……人間か。魂が二つだな。初めて見る」
どうやらネタがバレてしまったらしい。依然として俺の方を見てはいないが、なかなかに勘は鋭いのかもしれない。
「じゃあ……グレン!そうしよう!」
ツナギが急に声を上げた。さっきまで値踏みされていたとは思ってもいなさそうだ。
「名前だよ、名前。ないと不便だろ?」
『だから焼き鳥だって……』
おかしい。まるで俺の姿を認識していないみたいだ。さっきからツナギと目が合わない。
「……好きに呼ぶといい」
「フフッ」
まあ、ツナギの満面の笑みを見ると別にどうでもいいのだが。無垢って怖いね。天然の人たらしだ。いや、この場合は鳥たらしか?
ツナギが焼き鳥をたれでおいしくいただいているところに、どうやら俺の居場所はないようだ。この人たらしならぬ鳥たらしめ。一人と一羽は仲良く会話している。と言っても、ツナギが一方的に質問をするだけなのだが。
「ねえ、何でここにいるの?」
「ここで生まれ、役割を与えられたからだ」
「それって何のこと?」
「来るべき時まであの祠を見守ることだ」
「ふーん?」
グレンの目線に促されて向いた方向には、確かに古びた祠があった。苔むした様子から、相当な年月が経っていることが窺い知れる。
「大事なものなんだ」
「そういうことにはなるな」
『なあ、開けてみようぜ?』
「チッ」
『な……おま、舌打ちしたのかさっき!?』
このままだとうちのツナギが不良に育ってしまう!それだけは何としてでも阻止せねば!
◇
森は、にわかにざわついている。ツナギたちのいるところからさほど離れていない場所にある、ある魔物の巣が、その渦中だ。
その魔物、ゲイオウと呼ばれるそれらは、怒りを募らせる。
彼らの子をさらった人間に対して。
◇ リュウゴ
和やかな空気は一転、緊張感に支配された。目の前に一体、魔物が現れたのだ。
「ゲイオウか……」
グレンがそう言ったのは、鋭い爪を持った大きな猿のような生き物だ。
ゲイオウ……単体でもそれなりに強いが、とにかく群れる魔物だ。近くに他の個体もいるだろう。厄介な相手だ。
『どうする?ツナギ。奴さん、なんだか怒ってるぞ?』
「逃げないよ?」
そう言うと思った。グレンと話して、ここに大事なものがあるって聞いていたから。小さな祠のことだ。
「ねえリュウゴ。お前はいつだって出来ないことはやるなって言うよね?」
『ああ。顔も名前も知らないような奴らのために傷つくようなら、嗤ってやる』
「でも、グレンは友達だ。顔も名前も知ってる」
『ハハッ、好きにやれ』
我が子の成長が嬉しいねぇ。
腰に差した剣を抜き、ツナギは守るために立ち上がった。




