もちろん自分本意
済(2022.08.16)
◇
暗い店内に灯りが灯る。そこから現れたのは……ローゼンだ。
モノクルの奥で目を細めながら椅子に座って優雅に紅茶を飲む。と言っても、振りだけだ。
「では、私は先に帰らせてもらいますよ」
ローゼンの他には誰一人いない店内で、そう呟く。店員はいない。しかし、彼の言葉は確かにある人物に伝わる。
「しかし、ゴリさんも不憫ですねぇ。自意識はないのでしょう?」
その質問の回答は殺気で返される。知らなくてもいい事があるのだ、という意味で。それと、何故置き去りにしたか、と責めるような念も感じる。
「何、ただのゲームですよ。挑戦状です。人生は楽しまなくては」
わざと残した自分へのヒント。いったい誰がたどり着くのやら。本命は師匠である。エルムから師にも話は伝わるだろうと、ローゼンは考える。
「では、お先に」
カップを置いて立ち上がり軽く会釈をすると、ローゼンは店を出て、『聖都』の外へと向かう。
先ほどの襲撃は人気のない場所だったとは言え、それなりに敏感な人間はいる。そうでなくとも辺りは明るくなり、街行く人の数も増えてくる。
「おっと失礼」
街道には多くの人間が行き来しており、ローゼンもその煽りを受けて人とわずかにぶつかる。人に当たらずに進むことは造作でもないが、それだと自然ではない。より、この街に溶け込むように。せっかく一度外れたエルムの目から逃れるために。なぜなら――――
街中を歩く彼の姿は……可憐な女性の姿だった。
◇ リュウゴ
「ほら、起きなさい」
まだ……もうちょっと……
「早く……!」
「痛え!」
耳を引っ張られて無理やり起こされた俺は、一瞬ここがどこか分からなかった。しかし、自分が寝る前に何をしていたかを順番に思いだし、奴への怒りを募らせるのにそう時間はかからなかった。
まだ焦点の定まらない目を擦りながら、今さっき自分を起こしたソフィアを見る。
「で、何?」
無理やり起こされるのなら美少女がいい、とはいつの日か言ったことがある気がするが、痛みを伴うとは聞いていない。しかし、いったい何事だというのだろうか。空は赤く染まり、日ももうすっかり傾いて……夕方だ。
「さっさと行くわよ。あなた達がいないとどうしようもないんだから」
あーなんかツナギが夕方まで寝させてとか言ってたような……
「おいこら起きろバカやろう。てめえが約束したんだろうが」
『……』
ツナギはまだ寝ているようだ。起きる気配は全くない。約束をしたのはツナギだ。俺じゃない。つまり……
「諦めろソフィア。起きないこいつが悪い。俺は厄介事が嫌いなんだ」
「待って、お願い。ねえ、お願いだから一緒に来て」
これは……本気で怯えている。いったい何があったんだよ。
「あの人たち、怖いのよ……お姉ちゃんがいなかったらと思うと……」
ソフィアが目に涙を浮かべて懇願する。さっきまでの偉そうな態度はどこへやら。
だがしかし、そんな程度では俺は動かない。この世界は弱肉強食だ。転生して約15年。俺が学んだ事は、他者を容赦なく切り捨てること。そして――――
ぐうぅぅぅぅぅぅ
俺の腹が鳴った。そういえば途中で襲撃されたから何も食べてなかったっけなぁ。
……うん、仕方ない。このリュウゴさんが一肌脱いであげましょうか。
◇
「くれぐれも失礼のないようにね」
大きな扉の前で、ソフィアが小声で注意する。随分と凝った装飾だ。雰囲気がある。
対する俺は、サンドイッチを頬張っている。地球産のものとは少し違いハンバーガーのような形状だが、パンの食感が完全にサンドイッチだ。しっとりしている。異論は認めない。『大聖堂』の食堂からかっぱらってきたものだ。
グレンは置いてきた。寝たいのだそうだ。まったくうらやましい。
しかし、俺の腹が鳴った時のソフィアの顔と来たら。あれは自分のために他者を生け贄にすることが出来る奴の顔だ。
それは俺も同じなのだが……少し嫌がらせしてやろう。恨むのなら俺を生贄に選んだお前自身を恨むといい。
扉越しから部屋の中を探り、その中にいるのはおそらく8人。思ったより少なかった。エルムは既に扉の前にいる俺に気付いているだろう。いや、エルムだけじゃない。エルムを始めとして戦闘強者が……3、いや4人。殺る気で来られたら死ぬな。
もっとも、
「オラオラツナギ様のお通りだ!ひれ伏せ無能ども!」
それは俺を止める理由にはなり得ない。
俺はソフィアの忠告を無視して勢いよく足で扉をブチ開けた。そして現れたのは左手に食べかけのサンドイッチを持ち、ふてぶてしい顔の俺。何なら今ももう一口頬張る。今のが最後の一口だ。
ツナギの名を名乗ったのには特に理由はない。ただ社会的に死ぬのがツナギなだけだ。もっとも、同じ体を共有しているのでそう大差ないのだが。
自然に、コイツを敵にすればどうやって倒そうか、と戦力分析をしながら、俺はこれからの立ち回りを考える。さて、どうやって引っ掻き回してやろうか。




