いつもの景色
済(2022.08.15)
◇
『大聖堂』の一室で、二人の男が座って向き合っていた。一人はローブを着て、もう一人は上着に腕を通さずに羽織っている。
「で、昨日の夜来たみたいじゃないか。ツナギ君。会いに行かなくていいのか?」
「そんな必要はねえよ」
ツナギももうだいぶ大人になってきている。一人で……いや、二人いるのだから心配はしなくていい。もう一人の方がめんどくさいから会いたくないなんて理由ではないのだ。
「薄情だねぇ、ニア」
対面に座った男はニヤニヤとこちらを嗤っている。それを見ていると嫌な奴を思い出してしまう。顔ににやけ面が張り付いたような、事あるごとに嫌がらせを敢行するあの悪霊を……
「お、襲われた。ハハッあいつら頑張ってるなぁ」
「ハッハッハ、行ってやれよ」
「ん~まぁいいか。機嫌もいいし、トリアスのためにも一肌脱ごうか」
ローブの男が立ち上がり、窓枠に手をかけて開く。しばらく城下を眺めた後、視線を空へ移す。
見据えた先には炎……いや、橙色の羽毛に身を包んだ鳥だ。
「エルムか。ツナギが呼んでいる。」
「リュウゴは?」
「知ったことか」
状況は見えている。リュウゴのことを聞いたのは振りだけ。そもそもツナギがいるのならば大抵の事態には対応できる。それでもツナギが応援を頼んだのは……
「面白いことになってんじゃねぇか」
片目を瞑ったエルムは、先ほどまで視ていた城下の光景と自分のところへとやって来たグレンを結びつける。
エルムが視たのは、炎を纏った剣を振るう少年。それに守られるような位置取りの少女。そして相対する大男と、消えては現れてを繰り返す魔物のような生き物。
……それともう一つ。街中に散らばった似たような気配。その中でも一際大きなものが、少年と対峙しているようだ。
「おいロン。俺は出る」
壁に立て掛けてあった杖を取り、エルムは窓に足をかける。
「好きにしなよ。『無限』のニア様?」
それは、少しの間だけ『大聖堂』の警備を任せるという意味。これが罠であり、本命が『大聖堂』を襲う、もしくは潜入するという可能性もあるが、警戒をしているのならば問題ない。エルムにはその悉くを捻じ伏せる自信がある。
目の前の、ロンと呼んだ男になら警備を任せられる。それに、他の頼れる友人たちもまだいる。
「あそこだな……」
エルムが見据える先は、ついさっき視た場所。人気のない、薄暗い広場だ。たしかあの辺りはもう人がほとんど住んでいなかった気がする。ソフィアの逃げ込む場所の有力候補だ。
そんなことを思いながら、エルムは窓から身を放り出す。別に投身自殺をするためではない。
「《カストルマ》」
エルムが呟くのは、魔術の名だ。
足元に風が吹き、だんだんと強くなったそれは、エルムの体を浮かせる。
「先に行ってろ」
ソフィアのように物理的に宙に立つのではなく、身を浮かせる風によって宙に浮く。グレンはそれを見ながらエルムに先に行くように促す。
エルムは足に力を込め、空中を滑るように飛翔する。グレンよりも何倍も速いスピードで。
「まあ、エルムがいればそれでいいか」
『聖徒』の空を駆ける影一つ。それに続くように羽ばたく影がもう一つ。
エルムは一つだけの懸念を残して。
◇ リュウゴ
「おい、そこまでだな。お前ら。」
タイムオーバーだ。エルムが来た。ならば今、俺がするべきことは……
「重役出勤のエルムパイセン、ちーっす!ねえ、今どんな気持ちだよお前。なあ?答えてくれよ」
盛大に煽ることだ!むしろそのためだけに呼んだのだ。どうせ警備責任者とかなんだろ?観念して罵倒されろ。
あれ?ソフィアさん?なんでそんな目で俺を見るの?
ソフィアは呆れた顔をし、エルムの唯一の懸念は見事的中した。その返答は……
「……死ね」
殺意の込もった魔術だった。上空からの落雷を回避するも、すぐに後続がやって来る。
「自業自得ね……」
『平和だなぁ』
「のわあぁぁぁぁ!!!」
どこが平和だバカやろう。どちらかと言うとかなり危険な様相を醸し出してきた広場には、いくつもの破壊された跡がある。その内の大半はついさっきエルムが刻んだものだ。
「少年が口にしたエルムとはやはりあなたのことでしたか、『無限』のニア。関係性をお聞きしても?」
「てめえは……『百相』だな。聞いてた通りの気配の希薄さだ」
「『百相』?なんだそ……」
危険が危ない!やはりエルムは潜在的な敵だと考えた方が良さそうだ。
ノールックでこちらへと魔術を放って来たエルムに、俺は戦慄する。当たれば死んでいたような魔術だ。て言うかこっちが負傷しているのが見えないのだろうか。
「あなたが相手では少々荷が重い。では、私はこれで……」
「思ってもねぇことを……」
「いえいえまさか。あなたも十分天敵ですよ。抜け目ない」
非常に不本意だが、ローゼンの姿がブレるのもエルムなら惑わされないだろう。コイツにはそういう【アーク】がある。非常に不本意だが。
「そんなあなたを見込んでお願いです。コレ、片付けておいてください。本来なら私の主義に反する」
そう言い残したローゼンの姿がブレた。俺たちがローゼンを見失った時と原理は同じなのだろうが……これらの方が何倍も幻想的だ。
端から細かな粒子となったローゼンは、その場から気配を消した。ただし、不穏な気配を残して。
「逃…げた……?」
ソフィアが呟く。うん、俺もそう思う。
「チッ」
『どうした?エルム』
「置き土産だ」
けだるそうなエルムの突然の舌打ちに、ツナギが質問する。置き土産とはいったい……おや?あそこに見えているのはローゼンが使ってたキモい即席魔物……
いくつかの路地へ目を向けてみれば、今にも生まれ出しそうに蠢く魔物が多数見受けられる。
え?これどうするの?……エルムに丸投げでいっかぁ。
要約
リュウゴ「や~い遅刻遅刻~」
エルム「○ね」(魔術ドーン!)
ツナギ『なんだいつもの光景かぁ』
ソフィア「え?この人たち何してるの?」
グレン「エルムはもう着いたな」
ローゼン「今のうちに最終準備を……さっさと逃げよう」
ゴリ「……(あれ?見捨てられた?)」




