嫌なことは嫌
済(2022.08.15)
◇ ツナギ
炎はすでに消えたが、まだ辺りは熱気に包まれている。額から汗を流しながら、俺はローゼンと剣戟を繰り広げる。時折襲いかかってくるゴリに意識を割きながら。
「素晴らしい。これ程の剣技とは……彼に匹敵する。特にしっかりと固められた基礎が……」
「別にあんたに褒められてもなぁ!」
ローゼンは常に攻め方を変えてきている。今ではもはやフェイントの方が多いくらいだ。それと組み合わせて、純粋な暴力が襲ってくる。
「嬉しくないなぁ!」
勢い余ったゴリをローゼンのいる方向に受け流しながら、俺は叫んだ。
しかし、こいつがパワーだけの脳筋でよかった。頭を使った攻め方をされるとどうなったか分からない。俺は今すごく体調が悪い。そして眠い。
エルムが来るまで、あと30秒ほどかな……
そう、俺は油断していたと言っても過言ではない。いや、実際していたのだろうが。
だからこそ、ローゼンにしてやられた。
『バカお前……どこ向いてんだ!』
「え?」
俺の剣とローゼンの剣がぶつかり……すり抜けた。眼前では煙のように姿を揺らめかせるローゼンがいる。
ゴリの姿もブレた。正確には、気配と姿が別のところに現れた。それも無数に。
『おい、この詐欺師が……てめえも持ってんじゃねえか。【アーク】を……』
ローゼンの口元が歪む。正面にはゴリがいる。拳はもうすでに振られ、顔の目の前にある。
「くそっ!」
一瞬で位置が変わったとしか言い様がない。それと、状態も。
ついさっきまで認識していたこいつらと、今目の前にいるこいつらは別物と思った方がいい。
いったいいつからだ?
俺はゴリと自分の間に剣を差し込む。刃を立てるも、ゴリはお構い無しのようだ。
「グッ」
「ツナギ!!」
後ろに飛んで衝撃を殺すも、その勢いは止まらない。骨も何本か折れた。
吹っ飛ばされた俺は建物の壁を突き破る。俺が通ったあとには土煙が残った。足で踏ん張ったからだ。ついでに靴底が擦りきれ、足裏が痛い。
「嫉妬はしていますよ、あなたに。私のはそこまで万能ではない」
ローゼンがそう呟く。ツナギに敬意を払うように。
「もっとも、人を殺すのは簡単なんです。……あなたは死んでないようですが」
ローゼンはツナギに背を向け、ソフィアの方ヘ歩み寄る。ゴリも右手から血をたらしながらそれに続く。痛みは感じていないようだ。
「あなたは私の手のひらの上だった、というわけです。得意なんですよ、そういうの」
ローゼンは振り向き、そう言った。
◇ ソフィア
ツナギがやられた。何があったのかは、見たままからしか分からない。
ツナギが見当違いの方向を見たと思ったら、殴られて飛んで行った。
「では、ゴリさん。改めて……」
ローゼンがおどけた調子でそう言った。両手を上げて空を仰ぎ見ながら。
「仕事をしましょうか」
その顔は、嗤っていた。
「ッ【聖域】!」
とっさの行動だった。ついさっき破られたばかりだというのに、同じことをした。
ローゼンが、ゆっくりと歩み寄ってくる。その一歩一歩が……怖い。反響した声が、まるで全方位から迫る悪意のように感じられる。ローゼンが何人もいるように感じるのは気のせいだろうか。
目に写るのは短剣だ。
「実はこれ、かなり高価なものでしてねぇ。今回のために特別にお借りしたのですよ」
心底楽しそうな声音だ。
「マナを分解するのです」
………………………………。
「一つ、聞いてもいいかしら?」
「なんです?」
ローゼンはもう壁の目の前に迫っている。やろうと思えばいつでも私の作った壁を破れるはずだ。
「どうして私を狙うの?」
「それは先ほど……」
「そうじゃない」
意味が分からない。なぜ、今こうなっているのか。せめて理由を知りたい。
私が邪魔をするかもしれない、仮定の、彼らの目的を。
「……いいえ、私は何も知りません。言われただけでして。あなたが生きていようが死のうが正直どちらでもいい」
「そう」
私は空を仰ぐ。諦めたから?いいえ、まさか。そもそも私は、そこまでお行儀が良くない。
それに……まだやりたいことはたくさんある。
「分かったわよ!やってやるわよ!」
ツナギは、気持ちが大切だと言った。
リュウゴは、よく分からないことを言っていた。
壁が光を伴う。それは、ソフィアの【聖域】。彼女が拒むものを拒絶する、不可侵領域。
「私だって!やりたいことはたくさんある!」
「……ふーむゴリさん」
ローゼンがゴリを促す。自身も短剣を突き立てるも、壁の消滅は遅い。ゴリが殴りかかるも、薄くひびが入るだけだ。
「もっと笑って、もっと話して、恋だってして、冒険もしてみたい!」
それは、ソフィアの夢。幼い頃から恋い焦がれていたもの。一度からっぽになった自分を埋めてくれたもの。ツナギやリュウゴと話す内に、さらにその思いは強くなった。
だからこそ……
「こんなところで!死んでたまるか!!!」
「これは残念ですね」
ローゼンにとって、想定外の抵抗だった。血も知らない小娘一人程度ならいつでもどうとでもできると考えていたからだ。だから、ソフィアには自らの【眩惑】を使っていない。ツナギに余計な情報を与えて悟られるのを嫌ったのだ。
ソフィアの【聖域】は輝きを増している。これを破るのは骨が折れそうだ、と同時に今日の朝食は何にしようかと考えながら……
炎が這ってきた。雷を添えて。
ローゼンとゴリはその場を離れる。そして辺りは再び炎に包まれるも、ソフィアは無事だ。
「よく吠えたなぁ、ソフィア。後は任せろ。こいつらは俺が苛めてやる」
「……何か心境の変化でも?獰猛ですね」
ツナギがやってきた。その背後には、波紋が広がっている。
「さあ、世界に【叛逆】しようか」




