休むな、働け
済(2022.08.10)
◇ ツナギ
やらかした。完全にやらかした。痛恨のミスだ。
『どうぞ、お嬢様(キリッ』
「『アッハッハッハッハ」』
正直自分でも何を話したのかあんまり覚えていない。多分眠たくて頭が回ってなかったのだろう。それはそれとして、バカがうるさい。
「あんた、分かってるじゃない」
『いやぁ、ここまで話が話が合うとは思わなかったぜ』
現在俺たちは『聖都』の路地裏から直結した広場で話をしている。日も昇り始めたが、薄暗いここではその恩恵をあまり感じづらい。
普段からの人通りも少なく、『聖都』の中でも寂れた場所だ。地理的な位置はいうと、『大聖堂』から北西、円形に広がる『聖都』の端に位置する。もう何百年も仕事をしていない『聖都』を覆う外壁を見ながら、俺はため息をつく。
今日の早朝、それがこの現状の原因だ。鼻歌に誘われるまま大聖堂の頂上に行ったのが運のつき。自分ではまともなつもりでも正常な判断ができなかったのかもしれない。流れに身を任せて少女を追いかけ、こんな端っこまで来てしまった。確かに俺の判断が悪かったかもしれないが、それを鬼の首を取ったかように煽ってくるこのクソ野郎は一度地獄を見た方がいい。
『ククク腹痛ぇ……キメゼリフとその後の盛大な腹の音まで合わせて芸術点高すぎんだろ』
うん、弁明をさせて欲しい。よく考えたら昨日から何も食べてないのだ。ただ腹が減っていることと、腹が減っているのを自覚することはかなり大きな違いなのだ。
◇
「私のことはソフィアと呼ぶといいわ!」
俺が『聖都』を舞台に追いかけっこを繰り広げた少女がそう言った。ひとしきり笑い終わった後でだ。
「ところであなたは誰なの?」
「体のいい護衛だよ」
「?」
<聖託>様が何を考えているのかは知らないが、俺の明日の仕事はこの少女の護衛で間違いないらしい。実に今後が不安になる出会い方ではあったが。
「ふーん?……ま、いいわ。ところであなた、五年前にも『聖都』に来たかしら?」
「ッ……何のことかな?」
『おぉっとこれは?』
「五年前にレイさんが襲い掛かられたって聞いたの。『聖都』で子供に。返り討ちにしたらしいけど。何か知らない?」
にんまりと顔を緩ませて、ソフィアは確信を持った表情で俺に詰め寄る。
「その子、髪の毛が薄いピンクだったんだって。あなたと同じね」
「不思議なこともあるもんだ」
『おまわりさんこいつがやりました!』
「いや、あれはどっちかって言うとお前の方が悪い!」
俺はリュウゴの口車に乗せられただけだ。よって何もかもこいつが悪い。
「そう。じゃああなたがあの子なのね」
『自白させられてやーんの』
「原因お前だよなぁ?」
もっとも、『聖都』に住む人の大半に知られる事実ではある。さすがに変装すればバレないだろうが、じいちゃんの同伴もしくは代理としてここにくれば生暖かい目線を受けることになる。若気の至りだなぁ……15年しか生きてないけど。
「フフッ、一度お話してみたかったのよ。あなたすぐ帰っちゃうから――――って!私今誰と話してるの!?」
『気付いてしまったか。この俺の存在に……』
俺とソフィアともう一人。街灯の上にとまってこちらを見守るグレンでないなら、自ずと答えは導かれる。要するにバカである。
「あー……今の俺がツナギで、こっちがリュウゴ」
『いえーい』
俺は首から提げたペンダントを指差し、それと同時にリュウゴがそこから声を出す。ソフィアには見えていないが、俺の横でダブルピースしている。滅べ。
「雑に言うとな……俺たちは二重人格だ」
「な……なんですってぇ―――!……って言えばよかったかしら?」
『かわいくねえなぁ!』
二重人格は別に隠しているわけでも言いふらしているわけでもない。だが俺たちの人と成りを知る人は必然的に少なくなるだろう。別に引きこもりというわけではないのだが、森から出ることは少ない。おおかたエルムから<聖託>へ、そしてソフィアへと語られたのだろう。
「……さて、おなかもすいてきたしごはんでも食べましょうか!」
それはありがたい。つい先ほども腹が鳴ったばかりだ。
「この近くにいい店があるのよ。開店にはまだだけど……私が行ったら開けてくれるわ」
「そりゃいいね。グレン、行こっか」
「ああ」
俺たちはソフィアの案内で近くの飲食店に向かうことにした。まだどこの店も開いていないはずなのだが……これが常連客というものなのか。
なぜ『大聖堂』の中の食堂で食べないのか、それはソフィアの気分の問題だ。何でも次期<聖託>がほぼ決定している彼女にはいろいろとしがらみがあるようで……要するに上層部とはあまり会いたくないらしい。何かと嫌味を言ってくるような人物もいるらしい。
これは後で騎士団から聞いたことだが、ソフィアは一日の大半を『大聖堂』の外で過ごし、それを何年も繰り返す内に街の構造を知り尽くして隠れ、行方不明になることも多かったらしい。軽い家出のようなものだ。その度に捜索に駆り出された騎士団は、ついにお付きの護衛という名のスケープゴートに後を任せた。
しかしその人物も今は自分の出身村を守るために『聖都』にはいない。……その代わりに俺に白羽の矢が立ったことに何も言いたいことがないわけではないが、聞けば聞くほど素晴らしい人物だな。ぜひ一度お会いしたい。
「あ、あの時の赤い鳥……もしかしてずっと見られてた?」
『いやらしい作戦思いつくだろ?こいつ。まったく誰に似たのやら……』
「お前とじいちゃんとモフとエルムとオーパークと、さあいったい誰に似たんでしょうか」
『エルム一択』
嫌われすぎだろあいつ。ちなみに俺のすぐ隣には人を貶めるのが大好きな悪魔がいるんだが……多分そのせいだな。
「ねえ、あなたお名前は?……と言っても答えてくれるわけ……」
「グレンだ」
「喋った!?」
俺たちが二重人格だと話したとき以上の驚きだ。グレンはソフィアの手の中で遊ばれている。そんなソフィアに、実にだらしない状態のリュウゴが声をかける。このにやけ面は俺にしか見えないので別にどんな姿勢でもいいが、目障りだ。
『こいつは焼き鳥。俺たちのダチ兼非常食で……エマージェンシーッ!!!』
◇
俺はソフィアを抱き寄せていた。右手で彼女の腰を抱え、左手は剣を逆手で引き抜いていた。
エマージェンシー――――それは、分かりやすく敵襲という意味だ。リュウゴの意味不明な短い言葉でも伝わった。
「キャッ!」
「クッ」
敵の姿は見えない。しかし、リュウゴの姿は俺にだけは見える。リュウゴの視線から意図を汲み取ってそれでも剣を突き出し、剣が何かに当たる手応えを感じた。
「おや?」
体勢を崩しながらなんとか攻撃を受けるも、さすがに次を防ぎきる余力は残っていない。最悪追撃によるダメージを覚悟するが、目の前を炎が覆った。ソフィアの手の中のグレンが炎を出したのだ。
「見えました?見えないはずなんですが……」
炎のカーテンの向こう側で声がした。寸前まで接近に気付かなかったことから、相当な手練れだと予想できる。
『二人……だな』
リュウゴもまた、緊張が高まるこの場で警戒を怠らない。
「興味深いですね……別の目がある……?『無限』と似たようなものか……?」
炎の向こう側から、人の姿がやって来た。ブツブツと何かを呟きながらも、手に持つ物は――――剣。
「さてこれ以上の推測は不要ですね。もう手っ取り早くいきましょうか。ソフィアルーク・クランド、あなたの命を貰いに来ました」




