要するに催促されている
済(2022.08.07)
◇
マーク村周辺の魔物は、もういないだろう。
太陽はすっかり上りきり、ツナギたちの頭上にある。
夜通しの殲滅はさすがに疲れた、早く村に帰って寝たい、というのがツナギの本音だ。
現在のツナギの格好は、かなり際どい。何せ全身に返り血を浴びているのだ。緊張の高まっている村々に見つかると、余計な恐怖を煽りかねない。
そんな事情と、後は単純に気持ち悪いという理由から、ツナギは血で汚れて駄目になってしまった旅装束から普段着に着替える。着替える前には近くの川で体を洗った。臭い消しを併用するのも忘れずに。
さて、そんなものをいったいどこから取り出したのかと言うと――――
「しっかし、ホントに便利だな。コレ」
『そう珍しいものでもないだろ。アイテムボックスは異世界もののテンプレだ』
リュウゴの話は、時々すごく分かりにくくなる。ツナギにとって言語が根本的に違うような感覚だ。そういう時は深く考えてはいけない。気付いたらリュウゴのペースに乗せられていた、なんてことも少なくない。
ツナギが聞いたのは、今自分が首から掛けているペンダントのことだ。これはツナギが老人に拾われた時にはすでに持っていたらしい。二つの輪っかが重なり合い、その中心には透明な結晶がはまっている。
ツナギもしくはリュウゴにしか扱えず、裏側にいる時の周りとの会話手段で、物を収納することができて――――
『ロック機能ぐらいついてんじゃね?』
ツナギは考えるのをやめた。
◇
昨晩、ホート村からマーク村へとやってきたニュートは夜だというのに村のあちこちで光る明かりを見て、確かに襲撃があったのだと理解した。それと同時に、もうずっと続く慢性的なけだるさがいっそう強まったのも感じた。厄介事はここでも起こっていた、というわけだ。
(なぜ私がこんな目に……『聖都』の方は十分な戦力があるとは言え村の護衛に参加するんじゃなかった。……いや、じゃないと親父とお袋も死んでた可能性がある。だからこれでよかったはずです)
ニュートの出身はほかでもないホート村だ。『聖誕祭』にあたり『聖都』の警備を強化するところだったが、『魔の森』の近況がきな臭くなったとのことで、村々への護衛戦力を増やすこととなった。ニュートはこれに志願したのだ。
(さて、問題は彼ですが……数えられてるんだよなぁ……勝手に『聖都』側の戦力に)
現在、『聖都』には主に三つの戦力がある。
まず、『聖都』に残っている騎士団団員。数で言えば最も多い。
次に、各国重鎮たちが連れてきている護衛。
そして、『聖託』の個人的な友人たち。
この後ろ二つは精鋭が多い。この分類にツナギとリュウゴを当てはめようとするならば、三つ目が妥当だろう。彼らに『聖託』との面識はないに等しいが。この辺りに、ニュートが『聖託』を毛嫌いする理由がある。
(森に入ったとのことですが追うのは面倒ですね。『聖誕祭』まであとまる二日あるのでそれなりには余裕もある。馬車でも一日あれば間に合うでしょう。【転移】はとてもとてもクソ疲れるし……)
「あ……あの……ニューさん……?」
(そう考えるとやる気なくなってきたなー。馬車の用意だけして少し寝るかぁ)
ニュートの口調が定まらないのは疲れからというものもあるが、普段からもこんな調子だ。
「パナールさん。彼が戻ってきたら起こしてください。私は少し仮眠します」
「え……ひゃ……はぃ……」
「ああそうだ。胃薬持ってます?」
「は……?持って……ないです……」
「そうですか……」
◇
グレンを頭の上に乗せたツナギは村へと歩いていた。体は重く、顔色も悪い。
「そういやグレン、お前どうしてこんなところに?」
「む、そうだな……まあいいではないか」
『げぇ……何企んでんだよ』
曖昧なグレンの受け答えにリュウゴがかみつく。
『まあ……これでサボれるな。野郎の顔を見なくてすむ!』
「ああとにかく……寝たい!」
ツナギがマーク村まで駆けつけた理由のほんの一部である「『聖都』に行きたくない」が叶いそうで、それがツナギの足取りを少しだけ軽くする。
『ククク……後は寝て起きたらもう取り返しのつかない時間帯……任せろ、寝坊はお手の物だ』
悪だくみはリュウゴの得意分野だ。このまま何事もなければその企み通りになっただろう。しかし――――
見えてきた村の外壁の傍に、パナールが立っていた。周囲に散乱していたゴブリンの死体は片づけられている。
「あ……えっと……あの……ニュ…隊長が呼んでます。よければ付いて来てくれたらな……と……」
「え?……やだ」
『よし、逃げるぞ』
「やらせません。逃がしませんよ!」
体を反転させて逃げようとするツナギをニュートが後ろから羽交い絞めにする。ツナギがジタバタともがくも、抜け出せそうではない。
「随分と久しぶりですねぇ……さあ!『聖都』に来てもらいますよ!」
「誰だ!?俺はあんたを知らな……うっ、頭が……」
ツナギは黒歴史を忘れようと記憶が飛んでいる。それでも記憶に引っかかるところがあるのか、動きを鈍らせたところを抑えこまれた。
「あの……隊長。少々やりすぎでは?」
馬車を引いてやってきた騎士団団員に諫められるも、ニュートは力を緩めない。強引に持ち上げたツナギを馬車の中に投げ入れた。
「くっそ……」
「で、どうするのだ?」
『あー……もう好きにしてくれ……』
疲労のたまった体は思うように動かない。ツナギとリュウゴはもういろいろ諦めた。
「え?ツナギさん!?」
偶然スピルクの様子を見に来ていたイルは、この拉致現場を見てしまった。誤解を起こさないためにツナギがイルに声をかける。
「えーっと、イルちゃん。今からちょっと『聖都』に行ってくるから。スピルクさんによろしく」
「え?」
「はい。それじゃ私たちはもう行きます」
「え?」
急激に移り変わる展開にイルは理解が追い付かない。御者台に乗り込んだニュートはさっさと出発している。
「じゃあ、また帰りにでも寄るよ。あ、そうそう。騎士団ってのはろくでもないから気を付けてねー!」
馬車と言うにはあまりにも雑な造りの、もはや荷台と言うべき場所でツナギが手を振る。屋根などない。
「あ……」
イルはまだ子供だ。難しい言葉など知らない。それでも、こんな時に言う言葉は知っている。
「ありがとうーーー!!!」
荷台の上ではツナギが手を振り返す。
雲の裂け目から日の光が差し込み、彼らを照らしていた。
村の事は騎士団に任せればいい。襲撃を受けて、警戒はいっそう強まることとなるだろう。騎士団員もさらに派遣されることとなる。
これは人々にとっては安心を享受できる。ただし、ツナギとリュウゴにとって、これは別の意味を持つ。
要するに、後はお任せ下さい、と。
乗り心地の悪い荷台に乗せられ、いざ『聖都』へ。運命からは逃げられないようだ。




