メロスの異世界転生
メロスは異世界転生した。
メロスには異世界転生がわからぬ。しかし異世界転生適正だけは人一倍あった。メロスは街についた。王の異世界転生に憤怒し肩を怒らせて歩くメロスだが、どうも街が静まり返っている。メロスはひげをまだらに生やした死にかけの老人を捕まえて尋問した。
「やい、これはどうしたことだ。この街はもっと異世界転生するべきだったろう」
すると老人は急に穴を掘りはじめてこう言った。
「私は穴を掘るスキルを付与された異世界転生者です」
メロスは驚きのあまり尻もちをついた。
「では、あなたは穴を掘るというのか」
「へえ、ブラジルに通じるまで」
メロスはとても感心し、王のことなどどうでもよくなった。そこで穴の横で伏せて待ち構えることにした。ブラジル人が飛び出して来たら、拳を食らわせてやるのだ。
そこにセリヌンティウスが通りかかり、見知った顔を見かけて「やあ、メロス」と声をかけたが無視を食らった。
「おい、メロス。私を忘れたか」
「しっ。覚えているが、いまは黙れ。ブラジル人に気付かれる」
セリヌンティウスは地に伏せてじっと穴を伺うメロスと、老人の掘る穴とを交互に見比べた。
「気が触れたのか?」
メロスはその言葉に心を痛めた。言って良いことと、悪いことがある。これは言って良いことだ。正しいことは言ってもいい。持論だった。
「よし、わかった、やめよう。セリヌンティウス、僕は君に会いに来たのだ」
「そうか、家に泊まっていくなら歓迎しよう」
「いや、やめておく」
そういってメロスはかつて親友もみたことのないような満面の笑みを浮かべた。
「二日後、妹の結婚式があるのだ。そのための道具を買って、日が落ちる前に帰るつもりだ。むろん、君にも顔をみせたかったのだが、こうして君から姿をみせたので時間が余っている。余った時間で数人ブラジル人を殴るつもりだったが、気が変わった。王様を殴りに行く」
セリヌンティウスは顔面蒼白にして必死にメロスの肩を掴んだ。
「やめておけ、メロス。気が触れたか」
メロスはその手を振りほどき、まっすぐに王のいる城へ向かった。メロスの足は速く、とてもセリヌンティウスの追いつけるものではない。メロスは門番をちぎって投げ、駆け付けた兵士もちぎって投げ、とうとう王様に相対した。
「貴様がメロスか」
「その通りだ、悪しき王よ。今すぐ殴り殺してくれる」
「まあ、まて」
王は静止した。メロスは黙って、王の言い分を聞こうと思った。
「私が何をしたというのだ。欲深い家臣を制止し、善政を敷き、民の暮らしはずっとよくなった。ここ数か月は貧しさによる犯罪もなく、とにかく平和だ。民は暇のあまり無意味に穴を掘るしまつ。なのにお前は私の兵を全てちぎって投げたから、城内は血の湖となってしまった。私が何をしたというのだ」
「何も。ただ、私の気にくわないのだ」
「お前は気が触れているのか?」
王は号泣した。メロスの理不尽さに、悲しみと恐れを抱き、善政をしいてもなお訪れる不幸に涙を流した。王の政治は悪くなかった。だが、それは王と民にとってであり、メロスには悪く映ったのだ。
メロスは城に爆薬を仕掛け、脱出した。そして城から遠い花屋を訪れた。
「やあ、花をくれないか。妹の結婚式なんだ」
その時、爆弾が起爆して、あっという間に遠くにみえる城が粉みじんになった。花屋は驚いたが、まあ、驚いても花が売れるわけではないし、処理は兵士らの仕事だろう。
「この美しい花などはいかがです。昨日入荷したのです」
「花の名はなんというのだ?」
「フォスフォレッセンス」
メロスが帰宅すると、妹はとても喜んだ。
「まあ、美しい花ね。なんという名前なの?」
メロスは得意に思って、微笑んで答えた。
「フォスフォレッセンス」