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7話 義姉さんと彼女


 これは多分ある種の修羅場、あるいは試練だ。

 夕食時、リビング。

 四人掛けのテーブルの向かい側に座っている義姉さんと波留がバチバチに火花を散らし合っている。


「ねえ、新ちゃん。私のを食べてくれるよね~」


 とんかつをずいっと差し出してくる義姉さん。


「いや、新くん。お姉ちゃんより私のを食べたいよね?」


 ずいずいと。

 同じくとんかつを差し出してくる波留。


 二人は今、どっちの方が先に俺に「あ~ん」をできるか──その順番をめぐって修羅バトっていた。

 要するに俺は今完全にからかわれている。


「普通に食べる、って選択肢はないの?」

「ありませ~ん」

「そうだぞ~」

「さあ、新ちゃんはどっちの女の子を選ぶのかなぁ~」


 きゃいきゃいと、随分楽しそうだ。

 波留が俺のことを家まで送ってくれた流れで一緒に夕食を食べることになったのだが、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。

 人生とは何が起こるか分からないから面白い──とは言うが限度がある。


「……」


 悩んだ。

 悩みに悩んだ末──パクリ。


 俺は波留の差し出してくれたとんかつを頂戴したのだった。


──さらっとやってのけたけどこれって間接キスだよな?


 どうも感覚が麻痺してしまっていて、照れや喜びの感情が浮かんでこないらしい。

 色んな意味で胃もたれしそうだ。


「やった! 私の勝ち~」

「あ~ん、負けちゃった~」

「食べ物で遊んじゃダメって習わなかった……?」

「どっちかって言うと新くんで遊んでるからセーフ」

「余計にダメだよ!?」


 俺のツッコミなんてどこ吹く風。

 義姉さんも波留も楽しそうだ。


 波留は義姉さんといる時、俺には決して見せてくれない等身大の表情をする。

 余裕のある大人な女性の──ではなく年相応の女の子の表情を。


 ああ、波留もこんな顔するんだ──

 義姉さんと話している時の波留の横顔が好きだ。

 俺はその横顔に惚れたのだから。


 今はまだ年下の彼氏、でもいつかはその横顔をこっちに向けて見せる──。


 ……なんて俺が決意している間にも、俺を置いてけぼりにした女子トークは続く。

 正直女子会のノリを男がいる場でやるのは勘弁してほしい。


「あ、そうだ」

「なぁに?」

「私が新くんと結婚したらさ」

「……!?」

「霞のことお義姉さんって呼ばないといけないのかな?」

「あらら~、じゃあ波留ちゃんが義妹ってこと~?」

「お義姉さん、弟くんをボクにください」

「そんな結婚、お義姉ちゃんは許しませんからね!」

「みたいな~」


 キャハハハハ。

 本当に勘弁してくれ……。心臓が止まるかと思った。

 そんな、け、け、結婚とかを軽々しくジョークで言うものじゃないと思う。

 しかも当の本人の目の前で。


「でも実際……そう簡単に新ちゃんは渡さないわよ~」

「あはっ、でも新くんはもう私にメロメロなんですけど? ね~」

「え、あ、うん」

「うん、だって! カワイイ~」


 唐突に話を振ってきたと思ったらこれである。

 確かに俺は波留に惚れているけど……やっぱりそれを口にだして言うのは恥じらいがあるわけで……。

 そう、まだ素直になり切れない、蛹が蝶になる直前、蕾が花開く直前みたいな繊細なお年頃。

 英語で言えばfragile──壊れやすくて脆いお年頃。


「それにしても霞ってば本当にブラコンなんだから~」

「え~、だって私新ちゃんのことが大好きなんだも~ん」


 そんな俺の葛藤などガン無視である。

 お酒が入ってなくてこれなのだからこれから先、家で飲み会とかをやられた日には本格的に自室に引きこもる必要がありそうだ。


 その後も二人の気の済むまで、俺は散々に年上の二人に弄ばれた。






 宴もたけなわ。

 気付けば時刻は二十一時を過ぎていた。


「あ、私そろそろ帰んないと」

「今日は泊って行かないの?」

「いやね、私が霞の家に入り浸ってるのをお父さんは『男の家に行ってるんだ……』って思ってるらしくて……」


 ケラケラと笑う波留。

 複雑な気持ち。


「一応俺もいるんだけど……」

「あはっ、そうだった。でも何て言えばいいのかな……まだ私たち付き合って短いじゃん?」

「それはそうだけど……でも俺は波留の彼氏だし」

「うんうん、私は新くんの彼女です。でもそれと同時にまだ友達の弟……って気持ちも抜けなくてさ~」


 何気なしに出た一言が俺のガラスのハートを傷つける。

 そっか……俺はまだ百パーセント彼氏って思われていないのか……。


「でもちゃんと男の子として意識してるから、段々慣れていくからそれで勘弁して、ね?」

「約束して」

「うん、指切りしようか?」

「そういうとこだよ」

「あはっ、いけない。ついクセで」


 ぷつん。

 俺の中で何かが弾けた。

 燻っていた火種が燃え上がるように言葉を紡ぐ。


「俺、もっと波留をドキドキさせられるようなカッコよくて頼りがいのある男になるから! だから俺のことをちゃんと男として見てよ!」


 不退転の決心。

 波留の目を真っすぐ情熱的に見据えながら。


 ぱちくりと目を丸くする波留。

 そして一瞬の間の後、かつてないほど柔らかで優しい笑みを浮かべた。


「うん、今のはちょっとドキドキした」

「ほんと?」

「ほんとだよ」


 あ、いい雰囲気。

 今俺は波留と対等な目線で喋れている。

 初めて会話のペースも掴んだ。

 ここで一気に畳みかければ波留だって平常心じゃいられないはず──。


「波留ちゃん、お風呂沸いたけど入っていかな~い?」


 そんな空気を台無しにするぽやんとした義姉さんの声。

 恋人らしい空気感が一気に消失する。

 なんて間の悪さだ……狙ってやってるんじゃないかとすら思える。


 くすくすと波留が笑う。

 ……もういつも通りの波留だった。


「残念、この先はお預け……ね?」

「っ~~!?」


 優しくぴとりと、人差し指を唇に当ててきた。

 余裕溢れるオトナの対応。


「じゃあ、遠慮なく入らせてもらうねー」


 波留が風呂場にいる義姉さんに向けて声を張る。

 それから義姉さんには聞こえないような小さな声で呟くのだ。


「ね、一緒にお風呂入る?」

「……!?」

「ふふっ、冗談。顔、赤くなってるよ。カワイイ♡」


 俺はまだ男として不十分なんだと、嫌という程思い知らされた。


これにて一章は完結です。

人間関係の構築は終わったので、これから本格的に不純なラブコメが始まっていきます。

ドキドキで、ちょっぴりえっちな、彼女には言えない──内緒のラブコメをお送りしていきたいと思います。


【章末のお願い】


章末ということでここまでの評価を広告下の★★★★★からしていただけると嬉しいです。

また一言でも感想をいただけると作者の強力なモチベになりますので、何卒よろしくお願いします。


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