6話 余裕のオトナ 波留
放課後。
ホームルームが終わってガヤガヤと。
質問攻勢もだいぶ落ち着いてきた。放課後まで質問攻めにされるのはさすがに勘弁。
教科書を鞄に詰めていると、
「鳥羽くん、ちょっといいですか?」
「ん、なに?」
改まった様子の新田。目を合わせて話してくる新田だが、今は珍しく目が泳いでいる。
「……一緒に帰りませんか?」
「え……」
予期せぬお誘い。
確かに俺は普段ボッチで下校している。
相手がいないから、とかじゃなくて単純に気分の問題。
一緒に帰ること自体は別に構わないのだが……。
「新田、帰りは駅の方でしょ? 俺とは逆方向じゃなかったっけ?」
そう、俺は徒歩通学、新田は電車通学。
一緒に帰る、というのは物理的に不可能だ。
──そのくらい知ってそうなものだけどな?
ふとした疑問が頭をよぎる。
「いえ、ですから校門まででいいんです。その、えっと……そうです。日直のことでお話があるので……」
「ああ、そういうこと。なら全然問題ないよ」
「本当ですか?」
ぱあっと新田の表情が華やぐ。
夕陽より眩しい。直視できない。
誰彼構わずこの顔を見せたりしてないだろうな、と心配になる。
俺は……彼女持ちだから耐えることができた。
しかし、耐性のない男子高校生なら一撃必殺の威力だった。今のは。
「じゃ、帰ろうか」
「はい!」
元気よく頷く新田。
いい笑顔だ、百点をあげたい。
用事自体はすぐに済んだ。日直の引継ぎに関するちょっとしたお小言。
並んで話しているうちに昇降口。
ここから別々に帰る理由もない。
他愛ない話をしながら校門までいくと……。
ざわざわと。
何やら校門前が騒がしい。
視線の交点の探すと一台の車とサングラスをかけた女性が一人。
果たしてその女性は──波留だった。
「なんで波留がここに!?」
新田が隣にいることも忘れて波留の元へ。
連絡は……来ていない。
「どう、驚いた?」
「それはもちろん……」
「実は今日霞と遊ぶ予定があって家にお邪魔してたんだよね~」
「そうなんだ……」
「だからサプライズで迎えにきてみました♪」
サングラスを外してニっと笑う。
注目を集めているのに余裕すら感じる笑み。
高校生とは次元が一つ違う大人の雰囲気を感じた。
「ねえ……鳥羽くん。もしかして……」
「あ、クラスメイトの子? やだ、めっちゃかわいい」
「は、はぁ」
「初めまして♪ 新くんの彼女の波留って言います」
よろしくね、と軽くウインク。
その表情がまた絵になるのだ。
「私は……新田アリサです」
「アリサちゃんって言うんだ~、いつも新くんがお世話になってます♪」
「はい。では、私はこれで……」
「あ、うん。じゃあ新田、また明日な」
「……うん、また明日」
年上の──しかもフランクな態度の波留に緊張したのだろうか。
新田は苦い顔をしながら手を振って、そのまま振り返ることなく駅の方へと歩いていった。
「……それじゃ、私たちもいこっか」
「あ、うん」
「一回やってみたかったのよね~、サプライズで高校に迎えにくるってシチュエーション」
「普通男女逆だと思うんだけど」
「あはっ、確かにそうかもね~」
促されるまま助手席に乗って、波留が車を走らせる。
やっぱこれ……男女逆のシチュエーションだよなぁ……。
「ねえ、新くん」
交差点、信号は赤。
いつもより少し低い声で波留が話しかけてきた。
「うん?」
「あの子、かわいかったわね~」
「ああ、新田のこと?」
「新くんの周りには幼馴染の由奈ちゃん? とかカワイイ女の子がたくさんいるんだね~」
「あいつはそんなんじゃないって……」
「でも嫉妬しちゃうな~、私の知らない新くんを知ってる子がこんなにたくさんいるなんて」
「嫉妬……?」
意外だ。
クールビューティーを地で行く波留に嫉妬なんて縁のない言葉だと思ってたんだけど。
でもそうか、嫉妬か……。
「妬いてくれるくらいには男として見てくれてるってこと?」
普段握られっぱなしの会話の主導権を取り戻せる──
そう思った俺は少し強気に出ることにした。
これで波留の新しい一面を見ることができたなら……。
「当たり前でしょ?」
あっけらかんと。恥ずかしがる様子もなく答える。
「彼氏が他の女の子に人気で嫉妬しない彼女なんていないんだから」
「へへ……」
そうか……やっぱり波留は波留でちゃんと俺のことを男として見て──
「ふふ、やっぱりカワイイ」
「……」
見てくれてるのか? 本当に……。
「あ、浮気なんてしちゃダメよ?」
「……しないよ。俺、一途だから」
「『一途だから』だって~。カッワイイ~」
ケラケラと豪快に笑う波留。
浮気をすることなんて──というより他の女子たちなど眼中にない、と言わんばかりの余裕。
絶対的強者はいつだって自然体。
今の言葉が冗談だ──と聞かずとも分かった。
ああ、本当に。
せめて波留を赤面させるような──クールな仮面の奥にある可愛らしい部分が見たい。
そのためには……もっと、波留に並び立つくらいカッコよくならないとダメだ。
車の助手席にちょこんと座りながらそう思った。
……車はまだ無理として……バイクの免許、取ろうかな。
少女漫画だと稀によくあるやつです。




