5話 発情期の男子ども
「あー彼女欲しいわー」
男子高校生の鳴き声。
春は発情期、猫なんかもニャーニャーとうるさい。
猫なんかはまだカワイイものだ。
男子高校生は年がら年中発情期なのだから。
「分かるわー」
「な、鳥羽もそう思うよな?」
体育の授業後、着替え中。
女子には更衣室があるのだが、男子にはない。
ゆえに丸見えの教室で着替えることになっている。
この時間帯は無礼講。
女子がいないから下世話な話もし放題。
秘密を打ち明けるにはちょうどいい時間か。
「俺、実は彼女いるから」
「……!?」
「マジで?」
唐突なカミングアウト。騒然とする教室。
視線と意識が一瞬にして、俺一人に向けられる。
「誰? 誰だよ?」
「もしかして……新田さんとか」
「うわ、それなら俺泣くんだけど」
飛び交う邪推。
目の色を変えたクラスメイトたちに俺は更に爆弾を放り込む。
「違うって、そもそも俺の彼女高校生じゃないし」
「まさか……中学生か!?」
「鳥羽……お前そっちの趣味があったのか」
あらぬ誤解を招きかけたので、その誤解を早々に解いておくことにする。
「年下じゃないって。三つ年上の大学二年生」
「……えっろ」
瞬間。
騒がしかった教室が一気に静まり返る。
誰かがごくりと生唾を飲む音が聞こえた。
一瞬の静寂は嵐の前触れ。
次の瞬間には雑多な質問が投げつけられる。
「なぁ、どうやって堕としたんだよ?」
「もうヤったのか?」
「どんな人なんだよ?」
「なあ、もうヤったのか?」
「てか、三つも上!? どうやって知り合ったんだよ!?」
「ヤったんだな!?」
若干一名猿がいる。
他に気になることとかあるだろ。
とはいえ自分で蒔いた種、時間の許す限り答えていくことにする。
義姉の友人であること──綺麗系のオトナな女性であること──三月にお付き合いを開始して昨日初デートに行ったばかりであること。
着替えを終えた女子たちが入ってきて、訝し気な目線を送ってきても一向に止む気配のない追及。
まるで蜂球のように取り囲んでくる野郎どもは、俺が何か質問に答えるために「お~!」と歓声を上げる。
猛攻はチャイムが鳴るまで続いた……。
「ねえ、さっきは何を話していたのですか?」
昼休み、日直の仕事をこなそうとしていると新田が声をかけてきた。
あれだけの騒ぎだ、女子の間でも話題に上がったに違いない。
ふわり。
風に乗って爽やかな柑橘系の香り。制汗剤の香りだろうか。
体育の後、新田はプラチナの髪を結んでポニーテールにしていた。
男子に話したんだから女子に話しても問題ないよな、ということで事の顛末を簡単に伝えると……。
「え……」
瞬間。
新田の顔に影が落ちる、目から青々とした光が消える。
予想外の反応。俺はどう言葉を続けようか戸惑ったのだが……幸いなことにすぐに新田の表情は元に戻った。
「……すいません。取り乱してしまいました。あまりにも意外で」
「失礼な」
「そんな奇特な方がいらっしゃったとは思っていなかったもので」
「新田ってさ。皆には優しいのに俺にだけ当たり強くない?」
「気のせいです」
「……そうかぁ?」
新田に常々感じていた不自然さ。
皆からは「聖女」と呼ばれるくらいには誰にでも優しいのに、俺にだけ何故か時たま当たりがきつい。
俺が色々だらしないから……と言われれば反論はできないのだが……。
それでも少し、他の男子と対応が違う気がする。
それにそもそも新田はあまり男子とは話さない女子グループに所属していたはずだ。
「その話は置いておくとして。このノート……今から運ぶのですよね?」
「ああ、忘れてないよ。ちょうど今から職員室に持っていく所だった」
「どうして私にも声をかけてくれなかったのですか?」
「うっ……それは」
なんと答えようか。
頼れる大人の男になるための第一歩として、一人で日直の仕事をこなそうとしていたが……バレてしまっては台無しだ。
「ちょっと……頼りがいのある大人な所を出そうとカッコつけようとして……」
「っ~~」
「……?」
ぷいっと新田が顔を逸らす。
選択肢を間違えたのかもしれない。
流れる気まずい沈黙。それを破ったのは新田だった。
「真に大人、というなら個人の責任は個人で果たすべきです。何でも一人でやろうとすることが頼りがいがある、というわけではないのですよ。それではただの都合のいい人です」
「……確かに」
「ですので、私は私の責任を果たします。ほら、半分貸してください」
「分かったよ……」
言いくるめられた俺はノートの三分の一ほどを取って新田に渡した。
それにしても新田の考え方は本当に大人だな……悔しいが完敗だ。