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2話 全肯定の義姉さん


「──って事があってさ……」

「そっかぁ、新ちゃんは頑張ってるのにね~」

「義姉さん、どうすればもっと頼りがいのある大人の男になれるのかな?」


 夕食後、リビングにて。

 俺は義姉さん──鳥羽霞(とばかすみ)に今日の顛末を話した。

 義姉さんはお皿を洗いながら「ん~」と曖昧に返事をする。


 義姉さん──というからには血のつながりはない。

 だけど義姉さんが義姉さんになってからもう十年が経つ。

 今更血のつながりなんて気にならない、本当の意味での家族だと俺は思っていた。


「私は新ちゃんはそのままでも充分かっこいいと思うんだけどなぁ~」


 こっちは真剣だというのに、考えているのか考えていないのか分からないような返事が返ってくる。


 義姉さんはいつもこうだ。

 黒髪ロングに眠たそうな目。見た目の通りぽやんと、おっとりしていてマイペース。

 清楚系の美人……というより美少女という言葉が似合いそうなカワイイ系。


 そして俺の言うことを何でも肯定してくれる。

 落ち込んでいる時には包み込んでくれるような母性が嬉しいのだが、こういう真剣な悩み事を相談するのにはあまり向いていない。


 今も俺のことを全肯定するばかりだった。


「じゃあ、新ちゃんが悩んでたよ~、って。波留ちゃんに伝えておくのはどうかな?」

「それじゃダメだよ……ていうか義姉さん、今の話……絶対波留にはしちゃダメだからね」

「話したら?」

「嫌いになる」

「がーん」


 そう言うと義姉さんはこの世の終わりのような顔をした。

手に持っていたお皿が落ちてガチャリと派手な音が響く。

 ……割れてないよな?


 孫可愛がり、と言えばいいのだろうか。

 家を空けがちな両親に代わって昔から俺の世話をしてくれていた義姉さんは俺のことを過剰に可愛がってくる傾向にあった。


 男として見られてない……。

もちろん異性とはいえ家族に男として見て欲しいなんて欲求は俺にはないが、それでもまるでコワレモノに接するかのように扱われるとやはり傷つく。

多分義姉さんはまだ俺のことを小学生か何かだと思っているんじゃないだろうか?


「嫌いになるっていうのは冗談」

「ほっ」

「でもぜっったいに話したらダメだからね」

「うぅ……気を付けます」


 ヒヤヒヤさせられたが多分これで大丈夫。

 さすがにここまで釘をさせば、いくらうっかり屋な義姉さんと言えども口を滑らせたりはしないだろう。


「……ところで新ちゃん」

「なに?」

「波留ちゃんのこと波留って呼び捨てにしてるんだぁ~」


 これは恰好の餌を与えてしまったのかもしれない、と後悔したところでもう遅かった。

 ぽやぽやしているようで義姉さんは、こういうネタには必ずと言っていいほど喰いつく。


「……波留に呼べって言われたから……仕方なく」

「きゃ~、青春って感じぃ~~」


 体をくねくねとさせながら、にんまりと満面の笑みをこぼす義姉さん。

 義弟と友人の色恋話なんて聞いてて気まずくならないのかね……。


 俺と波留を引き合わせたのは義姉さんだった。

 同じ大学に通う二人。

 タイプは違うが妙に波長が合うようで、入学してすぐ──ちょうど今から一年前くらいにはもう意気投合したらしい。


 家から義姉さんが通っている大学のキャンパスまでは徒歩圏内。

 波留の家が少し離れた場所にあることもあって、自然と家に遊びにきたり泊りにきたりするようになった。

 そうなれば当然俺とも面識が生まれるわけで……。


 義姉さんとも同学年の女子とも違う『大人の女性』って感じの波留に憧れて……そしてそれが恋心に変わるまでは時間がかからなかった。


 とはいえ三つも年上の相手だ。

 当時十五歳だった俺にとって波留は高嶺の花も花だった。

 それでも今年の三月に十六歳になった俺は玉砕覚悟で告白して──そして見事波留との交際をスタートさせたのだ。

 今でも夢じゃないかと思う。

 それくらい俺にとって波留は近くて遠い存在だったのだ。


「でも波留ちゃんだけ呼び捨てにされるのはなんか嫉妬しちゃうなぁ~」


 唇を突き出しながら義姉さん。

 どうやらお気に召さなかったらしい。


「ねえ、私のことも昔みたいにかすみちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」

「義姉さんは義姉さんだよ。それにその呼び方をしてたのって何年前だよ……」

「う~ん……この前まで、かな?」

「時間の感覚がズレ過ぎてる……中学に上がる頃にはもう義姉さんって呼ぶようになってたでしょ?」

「あは~、そうだった?」


 思春期ってやつだ。

 同学年の男子に義姉のことを「ちゃん」呼びしてるなんてシスコンだ~ってからかわれて、それから「義姉さん」と呼ぶようになった。


「あの時は嬉しかったような、悲しかったような……」


 ぽやんと虚空を見つめる義姉さん。

 きっと当時のことを思い出しているのだろう。

 その辺りの時代は色々思い出したくない黒歴史があるからやめてほしい。


「そう言えば……新ちゃん」

「なに?」


 急に改まった態度の義姉さんが柔和な笑みを浮かべて俺を見つめてきた。

 その大人っぽい表情に思わずドキリとしてしまう。

 そんな顔ができるなんて……知らない。


「新ちゃんはもっと頼りがいのある男の子になりたいんだよね?」

「そうだよ。頼りがいがあって男らしい大人の男になりたい」

「なら、もうなってるじゃない。心配しなくても大丈夫よ、ずっと見てきた私は知ってるわ。新ちゃんは頼りがいがあって男らしい、それにとってもかっこいい自慢の義弟なんだから」

「っ~~!?」


 またそうやって俺のことを全肯定してきて……。

 でもそっか、一番俺のことを身近で見てきた義姉さんがそう言ってくれているんだ。

 少しは自信を持っていいのかもしれない。


「……ありがとう、義姉さん」

「当たり前のことを言っただけだよ、新ちゃん」


 高校時代は『聖母』と呼ばれていたという義姉さん。

 その片鱗を垣間見た気がした。



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