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19話 空き教室と聖女②

 暮れなずむ人気の無い廊下。

 タンタンと、反響する二つの足音。


 放課後、新田に連れられて資料室に向かうことになったのはいいのだが……。

 新田の様子がどうもおかしい。


「もしもーし、新田アリサさーん?」

「……ちょっと、黙っててください。それなりに心の準備がいるのです」

「そうなのか……」


 鈍感ぶるつもりはない。

 分かったうえで先を行く俺はズルいやつだ。


 新田が纏う期待と不安、相反する空気。

 俺にも覚えがあった。

 それもちょうど一月ほど前に。


 資料室の扉を開ける。

 残照が舞い上がる埃を照らしてキラキラと輝いていた。

 紙と埃の匂い。

 人のいる形跡のない場所。


 きっと新田は今から──


 ぽふん。

 背中に柔らかな衝撃。

 新田の腕が両肩に回される。

 

 ハンドクリームの香りだろうか。

 甘ったるい香りが理性を麻痺させる。


「新田……?」

「振り向かないでください。振りほどかないでください。どうかそのまま……ただ聞くだけでいいのです。私の話を聞いてください」

「分かった」


 腹をくくれ。


「好きです」

「……」

「私は鳥羽くんのことが……好きなんです」

「そうか」

「悩んでるって言いましたよね」

「ああ」

「私なら大丈夫です。鳥羽くんのことを男の人としてかっこいいと、心から思っています。あなたが不器用で、それでいてさりげなく優しい人だと私は知っています」


 答えは決まっている。

 辛い。

 新田の気持ちに答えられないのが。


「鳥羽くん、背伸びして彼女と付き合っているんですよね」

「そうだ、そうでもしないと波留は俺のことを男として見てくれないと思うから」

「背伸びをする辛さなら私も知ってます。私、『聖女』なんて言う大層なあだ名をつけられているんです」

「知ってる、言いすぎだよな」

「その『聖女』という言葉に、称号に私はがんじがらめにされているのです。皆は私のことを聖女だと思って見てきます。それは無意識のうちに私に『聖女であれ』とそう強制するようなものです。そして──弱い私はそれを裏切れない」

「新田は強いよ、俺は尊敬してる」


 最近になって分かった。

 新田が背伸びしていることも、背伸びする辛さも。

 でも背伸びをしなければいけない理由が俺にはあるから。

 足にマメができて潰れても見栄を張りたい相手がいるから。


「でも鳥羽くんは違います。あなたはありのままの私を見てくれています」

「言い過ぎだよ」

「私には分かります。だから鳥羽くん、あなたの前でなら私は本当の私でいられるのです」

「だから俺にだけ毒舌なんだな」


 どうやら「聖女」の本性はちょっぴり口の悪い女の子らしい。


「鳥羽くん、あなたは彼女に、波留さんに憧れているんです」

「そうだな、俺は波留に憧れてる。大人な波留に強く憧れてる」

「……憧れは理解から最も遠い感情です。彼女に憧れて大人になりたいという鳥羽くんの気持ちは分かります。だけれどもその感情は必ずしもいい結果に繋がるとは私は思いません」

「分かった上でそうしてるんだ」

「ねえ、新くん。手の届かない高嶺の花を愛でるより、あなたの手の届く高さにある名もなき花に想いを馳せてはくれませんか? あなたのことを見上げて恋焦がれる私を選んでくれませんか?」


 耳元で懇願するように囁く新田。

 絞りだすような声は震えていて、それがとても艶っぽかった。

 心を直に揺さぶってくるような声。

 俺の中で答えは決まっているのに、それすら震わせてくるような声。


 歯を食いしばる。

 下唇に血が滲むほど。


 そしてそっと。

 そっと、両肩にまわされた新田の腕を振りほどいた。


 振り返って返事をしなければ。

 新田の顔を見て返事をした俺は言葉を失った。


 縋るような目で、必死に笑顔を作ろうとしている新田に──ほんの一瞬ではあるが、俺は確かに見惚れてしまっていた。


 それでも俺は埃まみれの空気をめいっぱい吸い込んで、ゆっくりと頭を下げる。


「ごめん」

「……」

「俺は、新田の気持ちには答えられないっ」


 だって俺には波留という彼女がいるから。

 だから新田とは付き合えない。


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[一言] 新田さん鏡〇水月使ってそう
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