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18話 空き教室と聖女①

 惨敗だ。

 敗因、波留が強すぎること。

 俺は多分悪くない。

 反省点があるとしたら……プランBを用意していなかったことだ。

 

 不意をついて手を繋ごうとする、ここまでは良かった。

 問題なのは、ここで波留が恋人繋ぎを──より積極的な行動を起こしてくると予想できていなかったことだ。


 恋人繋ぎでがっつりとホールドされた俺は、その後も玩具のように弄ばれた。


「ねえ、これ美味しいよ。食べてみて」

「え、でもこれって……」

「ん~、間接キス」

「っ~~! 分かってて……」

「ほら……」


 あ~ん、とふれあい広場で兎に餌付けするかのように。

 さしずめ俺は小動物。

 キュンとはさせられるかもしれないが、オスとして見られていない。


 それでも俺は主導権を取り戻そうとした。

 何とかして波留に男として見てもらおうと。


「ねえ、あっちの高台で富士山見えるんだって、行こうよ」

「あはっ、ちょっと早いってば」


 グイグイと波留を引っ張って見晴らしのいい高台へ。

 ここだ、と閃いた。


「ねえ、波留。ツーショット撮ろうよ」

「いいね、霞にも送ってあげようか」

「義姉さんに送るのはやめて……」

「まあそれは冗談として」


 あれ、気付けば会話の主導権が波留に移っている──と気付いたところでもう遅い。

 こうなれば、俺に主導権を奪い返す術はない。

 経験値の絶対的不足。

 レベル1とレベル99みたいな、どうあがいても覆せない感じ。


「それじゃ、撮るね」

「撮るって?」

「ほら、もうちょっと寄って」


 スマホのカメラを構えた波留が、俺に顔を近づけてきた。

 息がかかりそうな距離、ちょっと首を傾ければ頬と頬がくっつく距離。


「……!?」

「ほら、まだ足りないから……ね?」


 腕を腕に絡めてくる波留。

 逃がさないぞ、と言うように。

 肘の辺りに一際柔らかい感触。

 ギューッと。

 プロレス技みたいに強く、胸を押し付けてきた。


「ほら、こうすれば富士山も入るでしょ?」

「う、うん」


 景色なんて目に入らない。

 感覚の大半が肘の辺りに集中する。

 半ば無意識的に手をどかそうとするのだが、柔らかでいて確かな弾力を持つそれは吸い付くように俺の腕から離れてくれない。


「あんまり動かしちゃだーめ」

「ひゃい」

「はい、取るからね~」


 そうして撮られた写真。

 顔を赤くして目線が泳いだ無様な俺が映っていた。


「ねえ、これSNSにあげてもいい?」

「絶対ダメ!」

「あはっ、冗談。この顔は私だけのモノだから♪」


 この時の俺の気持ちを漢字二文字で表しなさい。

 答えは屈と辱、屈辱。


 波留は目に涙を浮かべるくらい笑っていた。

 その後も波留は上機嫌だったから……デート自体は上手くいった。

 それは間違いないのだが……。


「はぁ~」


 思い出しただけで恥ずかしい。

 金曜日の朝。

 明日からGWが始まるというのに。

 頭の底へと押しつぶした記憶が再び蘇ってきた。


「元気がないようですね」

「うぅ……俺はもうダメだぁ」

「……重症ですね」


 呆れたように新田。

 深い海のように蒼い瞳を濁らせて俺を見つめてくる。


「GWならもうすぐですよ」

「それは楽しみだけど、そうじゃなくて……」

「……彼女さんのことですか?」

「そうなんだよぉ……」


 あの俺にだけ毒舌な新田でさえ毒を吐いてこないレベルだ。

 今の俺がどれだけ重症か、それだけで分かるだろう。


「全く、仕方のない人ですね。私で良ければ聞きますよ」

「本当か?」

「こんな辛気臭い顔をした人が横にいては授業に差し支えますから」

「いい奴だなぁ……新田は……」


 しみじみと。

 ヘラってる俺のことなど放置しておけばいいのにわざわざ話を聞いてくれるのだと言う。

 俺は甘えてありがたく事情を話すことにした。


──どう頑張っても、背伸びしても彼女を赤面させるようなことができる気がしない。


 伏せるべきところは伏せて(具体的には胸のことだとか)要点をかいつまんで話した。

 新田は呆れながら困ったような笑みを浮かべながらも最後まで話を聞いてくれた。


「手強いのですね……彼女さんは」

「そうなんだよ……」


 波留とはタイプが違うが、クラスの中でも特に大人びている新田なら何かアイデアをくれるかもしれない。

 そう思って気軽な気持ちでに聞いてみた。


「なあ新田……なんか良い案ない?」


 困ったような顔をする新田。

 当然だ、そんなの一朝一夕でどうにかなるわけ──


「……ありますよ」

「そうだよな、やっぱりないよな……って、え!?」

「ありますと、そう言ったんです」

「マジで?」

「……マジ、です」


 ほのかに新田の顔が赤い気がする。

 そんなに言うのが憚られることなのか?


「きっと、とても現実的で……それでいて良い話だと思います」

「頼む、新田! ストバでも何でも奢るから」

「……私のこと、飲み物で釣れる安い女だと思ってませんか?」

「そんなことは決して……!」

「じゃあ」


 わずかな逡巡。

 ゴクリと喉を鳴らす新田。

 何かを決意したような、凛とした表情。


「放課後時間ありますか?」

「……おう」


 その極めて真剣な表情に飲まれて、俺は背筋をシャキっと伸ばすのだった。


「では、そうですね。確か資料室なら誰もいなくて都合がいいでしょう」

「ああ、あの埃臭い空き教室ね」

「放課後、そこで」

「ああ、分かった」


 それにしても今日の新田は少し変だ。

 言葉にいつものキレがない。

 

──バカですね、そんなのだったら愛想つかされますよ。


 とか、そのくらいの言葉の刃を向けてきそうなものだけど。


 チラリと新田を盗み見る。

 新田は珍しく目を瞑って──瞑想しているようだった。


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