17話 ドライブデートと波留③
最近できたPAはただの休憩所ではなくてちょっとした観光スポットになっている──と知ってはいたが想像以上だった。
言うなればちょっとした総合商業施設。
今やPAは通過点ではなく、そこ自体が目的地にもなっているようだ、と楽しそうにはしゃぐ家族連れや手を繋ぐカップルを見て思った。
「ん~、きゅーけー」
「お疲れ、波留。運転ありがと」
「はーい、どういたしまして」
エンジンを切ったと同時に脱力する波留の様子が可愛らしい。
疲れたところに付け込むのは男としてどうなんだ、とは思うが四の五の言っている場合ではない。
今日の目標。
波留をリードする、積極的に行く。
この目標を果たすためなら今のこの状況はチャンスだ。
「結局新くんは寝なかったんだね」
「波留が運転してるのに寝るのは悪いよ、それにせっかく波留と一緒に居られるんだから寝るなんてもったいないって」
「嬉しいこと言ってくれるね、この~」
ついつい、と。
シートベルトを外した波留が助手席にいる俺の方に身を乗り出して俺の肩をつついてくる。
流れで頭を撫でようとしてくるが、そっちはきっちりガード。
せっかく整えてきた髪形が崩れてしまうから。
それに頭を撫でられるのは子供扱いされているみたいで気恥ずかしい。
相手は三つも年上の彼女だ。
並び立つために背伸びしたいお年頃、子供扱いはご法度。
ありのままの自分でなんて居られない。
「あー、エンジン切ったら急にお腹空いてきちゃった」
「じゃ、今日はガッツリ系?」
「うーん、どうしよっかな」
「見た感じ結構屋台みたいなお店も出てたよ」
「PAって言えばやっぱりB級グルメ……って言いたいところなんだけど、カロリーがねー」
「波留はむしろ細すぎると思うんだけど」
運転している時何度も思った。
そんなに華奢で細長い腕でハンドルを操縦できるのか。
長くて伸びやかな足でアクセルやブレーキを踏み続けられるのか。
波留はそこらのモデルより綺麗だ──と思っている。
恋愛感情という巨大なフィルターを通して見ているせいもあるだろうが、それを抜きにしても、だ。
きっとその美しさを維持するために細心の注意を払っているのだろう。
それが俺のためではないことくらい理解している。
そこまで自惚れていない。
波留は出会った時からずっと綺麗だった。
波留は多分自分自身が美しくありたいから美しいのだ。
「じゃあさ、色々頼んでシェアしようよ。そうすれば波留も色々食べられるでしょ?」
「お、気が利くねぇ~。じゃ、ありがたくそうさせてもらおうかな」
「任せて、こうなることを見越して朝飯抜いてきてるから」
「あはっ、めっちゃ気合入れてるじゃん」
ここまでは波留に会話のペースを握られることもあったが、大方は計算通り。
真の策士は相手の力量を計算に入れた上で計画を立てる。
局地戦で負けたところで怯んでなんかいられない。
俺は始めから大局を見ている。
ここからが──車を降りてからが本番。
俺はさりげなくハンカチを取り出して、じんわりと汗をかき始めた手を拭った。
「よし、決まったところで降りますか」
「そうだね、行こっか」
隣の車にぶつけないように慎重にドアを開けて降りる。
四月の風が心地いい。
雲もない絶好のデート日和。
晴れやかな気分で決意を固める。
──大丈夫、やることは簡単。
そう、俺の真なる目標は波留と手を繋ぐこと。
一回目のデートでは不甲斐ない結果に終わったが今度こそ。
「それじゃ、波留。行こうよ」
さりげなく、あくまで紳士的に手を差し出す。
練習した通りに。
どうだ、波留。
さすがにこれには面食らったはずだろう。
俺だって男だ。
積極的に行く時は行くんだからな。
「うん、そうだね」
……?
一瞬波留の表情がにんまりと、不敵な笑みを浮かべた気がするのだが……気のせいか。
波留の右手がすっと伸びてくる。
俺はその手を掴もうとしたのだが……。
するりと。
俺が波留の手を握るより先に波留の指が俺の指の隙間に滑り込んでくる。
「……!?」
指の隙間をくすぐられたような気分になる。
驚きで跳ねそうになってしまった体をすんでの所で押さえつける。
あの、これって……恋人つなぎってやつでは。
「どうかした?」
今度こそ、何もかも見透かしたような不敵な笑みを浮かべて波留がからかうように尋ねてくる。
それと同時に滑り込んだ指がぎゅっと俺の手をホールドしてきた。
「いや、何でも?」
平静を装ったが声は上ずっていた。
指摘こそしてこないが、表情で俺の狼狽した様子を楽しんでいるのが伝わってくる。
そっと。
既に握られた手に手を重ねる。
男のゴツゴツとした手とは違う、絹のように滑らかですべすべの感触。
どくんと心臓が跳ねた。
策士策に溺れる。
策を用意した分だけ、策が崩壊した時の絵を描けない。
つまり俺は今テンパっている。
カーッと体温が上昇していくのを感じる。
鼓動が早くなり、体温が上昇すればどうなるか。
当然手を繋いでいる波留にも伝わってしまう。
「ふふっ」
波留が笑う。
「カワイイ♡」
「っ~~!」
戦線は崩壊。敗走も許されない状況。
要するに完敗。
どうすれば波留に勝てるんだ……。
日に日に男としての自信が削り取られていく、そんな気がした。




