15話 ドライブデートと波留①
三日かかった。義姉さんといつも通り話ができるようになるまでに。
顔を合わせる度に唇と右手がうずくような気がしたから。
言い方だけ見れば厨二病だが、実際はもっと深刻な問題だ。
相手は家族。家にいれば絶対に顔を合わせる間柄。
異性として見ていなかった相手の異性たる部分を急激に実感することになる。
それがどれほど気まずいことか。
しかもその相手が義姉さんと来た。
家族だけど血のつながりのない相手。法的には結婚もできる相手。
今まで意識して意識しないようにしていたのに……嫌でも意識せざるを得なくなってしまった。
──義姉さんも一人の女である。
と。
一度意識の表層に浮上してしまえば、再び沈めることはできない。
不可逆的な感情。
俺は義姉さんのことが好きだ。
恋愛感情ではない、家族として好きだ。
それでも初恋の相手だ──という事実は変わらない。
成長するにつれて折り合いをつけたはずの気持ちが、消火したはずの気持ちが、まだ胸の奥底でかすかに燻っていることに俺は気付いてしまった。
──波留という彼女がいるにも関わらず。
この感情は俺を破滅させる感情だ。
もう一度、念入りに消火しなければ……。
俺が好きなのは波留だ。間違いない。
だからこそ待ち合わせ時刻よりも早く準備を終えて、鏡の前でにらめっこしている。
前髪よし、眉毛よし、鼻毛よし……?
よしではない。
急いで専用のピンセットを取り出して、一本ぴょこんと顔を出していた鼻毛を引っこ抜く。
鼻毛って不思議だ。
昨日まで何ともなかったのに、今日になって突然飛び出してくるんだから。
今日は波留とのデートの日だぞ? わざとか? 狙ってやってるのか?
暖簾に腕押し。糠に釘。鼻毛に恨み言。
いくら言っても意味がない。
一安心したところで、家の前に車が止まる音がした。
波留が来たらしい。
もう一度前髪をチェックしたら準備はOK。
急いで玄関に向かう。
「お待たせ~」
玄関先で手を振っていた波留と合流。
背後には家族共用の車だと言うシルバーのセダン。
「おはよう、波留」
「お、いいね。今日は一段と気合い入った格好してるね~」
「なんたってデートだからね。それに波留だっていつもより……綺麗だよ」
「あはっ、照れながら褒めてくれるのカワイイー」
「もう、またそうやって!」
今のは俺が未熟だったせいだ。
女性の恰好一つ何でもないことのようにサラリと褒められるようになりたい……。
だが言い訳させて欲しい。
波留は本当に綺麗なのだ。
今日もドライブデート、というのを意識してか動きやすそうなミリタリーテイストで統一されたファッション。
中性的な印象を与えながらも、長い手足を強調してボディーラインがくっきりと浮かび上がり女性としての魅力が、色香が押し出されている。
知ってはいるが相手はファッション上級者。
一歩間違えば野暮ったさを感じさせそうなファッションを簡単に着こなすのだから尊敬する。
「ねえ波留」
「ん~?」
「今度さ、俺の服を買いにいくのを手伝って欲しいんだけど」
「それってデートのお誘い?」
「もちろん! だって波留めちゃくちゃオシャレだし、色々教えて欲しいなって」
「そういうことなら全然OK。私人の服選ぶの好きだし」
ポイントを稼ぎつつ、早速次のデートの予定を取り付けたところで車の助手席に乗り込む。
他所の家の車の香り。
相性が悪いと気持ち悪くなることもあるが、俺は波留の家の車の匂いが好きだった。
「それじゃ、行っくよぉ~」
波留がアクセルを踏み込む。
わずかにカラダが後ろに引っ張られる感覚。
二度目のデートが始まる。
住宅街を抜けて国道へ。
まだ休日の早い時間ということで道はそれほど混みあっていない。
「私さ、憧れてたんだよね~」
「何が?」
「ドライブデート」
運転している時の波留はいつも上機嫌だ。
車に乗ると性格が変わる人もいると言うが波留もその類なのだろう。
いつもより楽しそうで声も弾んでいる。
ふとした時に鼻唄を歌ってたりなんかもする。
「運転するってだけでも楽しいのに、隣には新くんもいるんだよ? 楽しさ二倍って感じでお得じゃん」
「俺としては助手席にちょこんと座ってるだけで申し訳ないんだけど……」
「あはっ、それじゃあ新くんが十八歳になって免許取ったら二人で運転交代しながらすっごい遠くまでいこうよ。高速乗って、夜通し運転してさ」
「それめっちゃいい。俺、絶対に免許取るから」
そう聞くと俄然楽しみになってくる。
十八歳……あと二年の辛抱。
こういう時も三月生まれは損だな、と思う。
ギリギリ背伸びして本来より一つ前の学年に滑り込んだような気がするから。
だから常に同学年の連中が一歩先に行っているような気がして焦りを覚える。
「そんなに張り切ってるなら合宿免許とかでパパっと取っちゃう感じ?」
「そっちの方が短いんでしょ? 教習所にダラダラ通うよりは絶対いいって」
「でもそうなると心配だなー」
「何が?」
「だって合宿免許って知らない人たちと寝食を共にするわけでしょ? 当然女の子もいたりするわけじゃない。いい雰囲気になってそのまま……みたいな」
「俺が浮気するって思ってるの?」
「まさか、でも彼女的には心配だなーってだけ」
「俺は波留一筋だから」
「あはっ、知ってる♡」
少しは妬いてくれるのか、と思ったらいつもの軽い冗談だったらしい。
俺が浮気するわけ──
ふと義姉さんの顔が浮かんだ。
「……? どしたの?」
「いや、なんでもないよ?」
「あ、もしかして眠くなってきちゃった~? 眠いなら別に寝ててもいいよ」
「せっかくのデートなのに、そんなもったいないことしないよ」
「残念、せっかく新くんの寝顔をスマホで撮ろうと思ってたんだけどな~」
ケラケラと笑う波留。
「もう、冗談ばっか」なんて言いながら俺は背中に一筋の汗をかいていた。
そう、あれは浮気なんかじゃない。
ただの事故なんだから。
でも……あのことは波留には絶対に秘密にしなくちゃいけないな。
口の中に苦い感情が逆流してくる。
「そういえばさ、波留って大学で──」
俺は別の話題を振って話の流れを断ち切ることにした。
カクヨムコンの準備のため、しばらくは不定期連載になります。